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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
41/50

スカーフェイスの死

「お前、まだ生きてたんだ」

 面白げに言う声。

 

青司の気配に気づかなかった自分を

嘲けて、幸は「ハハ」と小さく笑う。

次に弓を足下に置く。

無防備な体勢で大きなミュータントの前に、

……大きな黒い影の前に立ったのだ。


学園に敵など存在しないが、

自分の命を狙うモノは居た。


屋上に明かりは無い。

が、

やがて

稲光が青司の顔を

碧い髪と瞳を照らす。


翔太を殺した自分を憎んでいるのは知っている。

次の瞬間殺されるだろうと、幸は、ぼんやり考える。


「これ、お前の矢だろ。いつか俺と翔太がタワーの屋上にいたとき、お前が、此処から、放ったんだ。……昼間何となくタワー周りを歩いていたら、見つけた」

 差し出す矢の先には

 翔太の羽根が一枚、刺さっている。


「そんな事もあったな」

幸は自分の矢を受け取る。

母親殺しの犯人、ミュータントを探し出そうと

羽根を集めていた頃を思い出す。


数ヶ月前なのに、随分遠い過去に感じる。

地球上の人類が、今は、環境不適応で半分、死んでいる。


母は殺されなかったとしても、

今、生存している確率は低い。


母は病院の屋上で、ミュータントに抱き上げられ

地上に落とされ死んだ。


それは不意の出来事で、<死>が間近に迫っている恐れは無かっただろう。

……赤い空

……夜の稲妻

……ぱたりぱたりと、数分苦しんで死んでいく人々。

幸は、

母は、この地獄を見る前に死んで良かったと、今では思っていた。


「お前、ミュータントの羽根を集めてたな……なんで、そんな事、してた?」

青司は聞く。

幸は、手短に、母がミュータントに殺された。そのカラダに羽根が付着していたと説明する。


「……そんな事情があったのか。親の仇を捜してたんだな。……言っとくけどソレは俺じゃ無い」


青司はその場にしゃがみ込んだ。


タワーのミュータント達は

カストロ学園の様子が気になっている。

地下のラボに保存されている翔太の、(里奈は死んでないと言う)様子を見たがっている。


校庭には未だ戦車が並び、自衛官が(数は減ったが)警戒態勢だ。

<警戒>の範囲にミュータントも含まれているのか? 

学園側(国側)から全く接触が無い。

ミュータントを管理出来ない状況下で、あえてコンタクトを取らないのか、

それとも(国)はもはや崩壊し、ミュータントは完全に自由なのか、

タワーの中では知る術が無い。


もし、完全に自由なら、

学園の敷地全部を自由に飛び、

被災者が居る体育館はどうなってるか

学園長は生きているのかも、確かめたい。


が、

スカーフェイス、香川幸は、今日も本館の屋上から

タワーを威嚇している。


もしも本館にむけて飛んでいき、

幸の矢に首を射貫かれたら

ミュータントは即死だ。

田坂翔太のように死ぬのだ。


(スカーフェイスをなんとか出来ないか?)

(アイツ、ほら、今も本館の屋上に居る)

(しぶといな、死んでないんだ)


タワーのミュータント達は

この国の空を自由に飛べるのに

すぐそこの、建物には行けない。

隻眼の旧人類、小柄で痩せた女一人のせいで。


青司は皆の不満は尤もだと受け止めた。

いや不満が出る前から

翔太を射落とした幸を

機会があれば抹殺したかった。

社会と学園が機能していた、安定した社会では

安易に<人殺し>は出来ない。

相当のリスクと引き替えにするほど

重要でも急ぐ事でも無い。

しかし

今や世界はカオス状態。

人殺しを裁く機関は消滅している。


(もっと早い時期に、コイツを始末できたんだ)

それなのに、行動に移さなかったのは何故か?

青司は自分に聞く。

(多分、里奈が、コイツを殺すのを反対すると、知ってたから、かな)


幸がありのままを語ったので、

青司も習って

正直に話した。

殺しに来たと。


里奈は二日前から、ずっとタワーに居る。

<旧人類>を、もう見たくないと言った。

ミュータントの<天使>は、学園を(旧人類を)見限ったのか?



「里奈は、旧人類に子供の時に世話になった。今まで恩返しに学園の仕事をしてた。……でも、ソレも終わった。充分働いて、本来自分がいるべきミュータントの仲間のところに帰ってきたんだ。アイツは、お前が死ねば悲しむ。でもそれは、平川の死と同じ重さだ。単なる同情。里奈の精神は大きなダメージは受けない。俺が今、お前の母親がミュータントに殺されたと聞いて、ちらっと可哀想になったのと同じレベルの、些細な感傷だと思う」


「里奈は、タワーに居るのか?」

 幸が、嬉しそうに、高い声をだす。


「……ああ、居るよ」

 殺す前に、礼儀として、語った言葉の……意外な箇所にだけ反応されて、

 戸惑う。


「そうか。……無事ならいいんだ。姿が見えないのが心配だった。自分の心残りはそれだけだった。……タワーに居るならいいんだ。てっきり、鷹志の側に行ったのかと思ってた。里奈はミュータントに産まれたけれど飛べない。島からボートで陸へ渡るとして、長野まで、どうやって行き着けるだろうかと、勝手に色々心配してたんだ」


「……なんで、里奈がタナトスのところに行くんだ?」


里奈の生い立ちは聞いている。

貧しい母のために羽根を売って金に換えた。

母は犯罪を犯し捕まった。

幼い里奈は<旧人類>に保護された。

学園の指示で動いているのも

早くから察しは付いていた。

しかし、

鷹志と交流があったと聞いていない

スカーフェイスと、とても親しいとも、聞いた覚えが無い。


「お前と、里奈と、タナトスは……どういう関係?」

青司がしゃがんだので、

今は幸も同じ体勢。

二つの

俯いた頭の

髪の毛が触れるほど近い位置に居る。


「関係?……幼なじみかな。三人とも別の事情で、国の長野の施設で訓練を受けたんだ」

「長野か。俺も、親殺して、長野の施設に収容されてたんだけど……会わなかったな」


青司は長野の施設にいる間、教官二人以外、接触していない。

……施設の記憶を辿る。

広大な敷地は、高い塀で囲まれていた。大きなドーム型の建物が中央にあった。

銀色に光る丸い屋根。

一度も、その中に入ったことはない。

青司が数年過ごした<寮>は

ドームの周りを囲むように建っている

校舎のような、五階建てのビルの一棟だった。


「別のビルに自分はいた。国の特殊児童保護施設だ。当時、政府は、超地震の孤児から身体能力の高い子供を選抜して、未来の戦闘員を育成していた。自分は孤児では無かった。でも、母子家庭で元々貧しいうえに祖母に介護が必要になり、母は働けなくなった。自分はテストを受け、父の才能を受け継いでいると判断された。自分が施設に入ることで母も十分な援助が受けられる。迷い無く入所した。……七才の時だ」

「そこに、里奈と鷹志がいたのか?」

「違う。鷹志と里奈は、それぞれ別の場所で隔離されていた。三人一緒になったのは10才の時かな」

幸は、顔の傷のせいで、施設の孤児達から疎外されていたという。

「黒いミュータント、翼の無いミュータント、醜い人間、他の子供と異質な三人を、ひとまとめに、したんだよ。面白いだろ?」

稲光が

幸の微笑む顔を青司に見せる

自虐の笑いでは無い。

楽しかった、幸せだった子供の頃を懐かしむ笑顔だった。

……スカーフェイスが笑ってる。

初めて見る<敵>の笑顔に、何故か、プラスの感情が沸いてくる。


「……なあ、ちょっと待てよ。俺も同じ施設に居たんだ。でも、教官以外、誰にも会わなかった。つまり、ひとりぼっち。なんで俺を、お前ら、はくれ者の中に入れてなかったんだろう?」

 ……もう少し、幸と、なんでもいいから喋りたい。

 ……殺す時間が数分後になっても問題ないじゃないか。


「お前が、一般タイプ、普通のミュータントだったからじゃないか? それか、青司は良い子じゃ無かった。凶暴で悪い子だったんだ」

 冗談めいて幸が言うから、

 思わず青司は笑ってしまった。

 幸も笑う。

 笑いながら、冗談の続きに


「死ぬ前に……、お前に知って欲しい事がある」

と早口で、接げ足した。

次の瞬間、

幸は立っていた。

矢を弓の前で構えている。


……うわ、油断させといて、俺を矢で突き刺す、つもりだったか?

幸の動作と同時に反射的に

青司の片翼は大きく開いていた。

(翼を一振りすれば、幸は後ろへ吹っ飛ぶ)

だが、

幸の矢の先は

青司にではなく

自分の喉に向いていた。


「成る程、おれに殺される位なら自決するというワケか?」

「……お前に殺されたくはないし、お前を殺したくもない。……自分は、さっき鷹志の血を食べたんで、頭の働きがクリアじゃ無い……ヘンになってるんだ。そんな自分が、もう嫌かも」

 幸の声が上ずっていて、か細い。

 喋り方に力がない。


「お前、ナニ言ってんだ? タナトスの血? なんの事だよ」

 青司は幸の肩に触れようとした。

 だが幸が避けたので

 指先は届かない。


「血が……増殖してるんだ。説明するから、自分を殺すのは……二分待って欲しい」

「……?」

幸は、ラボの異様な状況を語る。

鷹志の血が増殖した赤いゼリーは

麻薬のように人間の精神に作用するようだと。

そして、ゼリーを口にした者は全員、生き延びている事実を。


「翔太は生きてるのか?」

「それは、自分で確かめたらいいんじゃないか? ……あ、でも、ラボに行くなら、気をつけた方がいい。地下室では、翼は役に立たない。接近戦では不利だ。……カストロ学園長は里奈に、お前をラボに誘えと指示した。ラボにはミュータントを捕まえる罠があるんだ……報告はコレで終わり。じゃあ、な」


 幸は、矢を自分の喉に刺した。

「あ、バカ」

 青司は叫び、近寄り、

 倒れていく幸を、かき抱いた。


また稲妻が

妙にはっきりと

死にゆく幸の顔を

見せつける。


青司は長い間、幸の亡骸を抱いていた。

華奢な身体は柔らかく温かだ。

ふっくらした頬と細い顎。

まるで幼い子供のような顔。


翔太は、幸を愛していたのだと

青司は

初めて理解した。

自分の頬を今流れる

制御不能の涙が


<旧人類>の言う

愛かもしれないと。




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