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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
36/50

儀式

六月六日午前5時、天皇陛下は、

宮内庁の職員らと共に、瀬戸内海に浮かぶ島に着いた。

東京から神戸までは陸路を使い、

神戸港からは神戸海上保安部の巡視艇を使った。


夜が明け、

しだいに空は赤く染まっていく。

聖カストロ学園の校庭は、白い光が満ちていた。

陛下到着と同時に、ありったけの蛍光灯投光器を点したのだ。

陛下は、純白の着物と袴といういでたちだった。

腰までの漆黒の髪と

陶器のような窪みも皺も無い顔。

自衛官らも、教頭はじめ学園の職員も、頭を下げながらも、盗み見た。

そして皆

「あ、」

と思った。

天皇なのだ、と。

軍隊に囲まれ、

巨大化した黒い羽根のミュータントを目の当たりにしても

その佇まいにも表情にも僅かな動揺は見られない。

穏やかな笑みと涼しい澄んだ目は、

あたかも美しい花を眺めているかのように、慈愛に満ちている。


鷹志は本館校舎にもたれて座っていた。

跪き翼で身体を隠している。

磁気を押さえる為に、体積を最小限にしていた。


「お供は少ないんだな。総理大臣とか防衛大臣とか、来なくていいのか?」

幸は、学園長に聞いた。

鷹志は夜明けと共に屋上から校庭に降りた。

本館屋上には学園長と幸の、二人だけが残っていた。

来夏が幸を襲った不測の事態で、鷹志は予定より早く学園長室から出てしまった。

学園長は息子と最後の時間を共にしたくて屋上にあがっていた。



「これから始まるのは、神と天皇のマツリゴトだからね」

「マツリゴト?」

「政治ではなく神事だと印象づけたいんだ」

「誰が?」

「国のお偉方だ」

「そんで、東京から遠隔操作してるのか?」

「東京じゃ無い。長野だ。巨大なシェルターがあるんだ。日本で一番安全な場所だ。総理大臣も閣僚も、昨日から長野にいる」

 山田礼子と矢沢兄弟も、昨夜のうちに長野へ行った。

「マツリゴトを世界中の人が見たら鷹志を、神様だと思ってくれるのかな?」

「……少なくとも、この国にとって<神>だと宣言すれば、攻撃を抑制する効果はある筈だ」

この言葉に、幸は安心したように深く頷いた。

「鷹志が飛び立ち、天皇のメッセージが終了するまで、アイツらに邪魔はさせない」

幸は、タワーの屋上に集まっているミュータント達へ向けて

弓を構えた。


午前五時五十七分。

聖カストロ学園のチャイムが鳴った。

予め鷹志と取り交わした、時を知らせる合図だった。

鷹志は翼で隠していた頭を上げる。

薄目を開け、辺りを眺める。

天皇は百メートル離れた位置に立っていた。

お供の宮内庁職員、自衛官はその後ろ十メートル空けて固まっている。

鷹志と天皇だけの絵が必要だったので、そういう配置にしていた。

この瞬間から、鷹志の姿はリアルタイムで動画配信された。

(昨夜と同じように世界中の携帯電話にメール配信された)


飛び立つ<黒い神>と

見送る天皇を世界中に見せるプランだった。


……まさか、

チャイムと同時に

天皇が鷹志の側へ駆けていくなどと、誰が考えただろうか?


若い天皇は、とても、速く走った。

黒髪がなびいた。

白い袖も袴もひらひらと。

ひどく、美しかったので、

何者も制止できない。


天皇は、翼に隠れた鷹志の指を探して、両手で触れた。

鷹志は、そうしなさいと言われたかのように、

手のひらを上に向けた。

天皇は軽やかな動きで、大きな手のひらに載った。


……そこから先はあっという間の出来事だった。

鷹志は手のひらを目の高さまで上げ、

口を開けた。

天皇はスルリと、自ら、鷹志の口の中に

飛び込んだ。

同時に鷹志は立ち上がった。

突風が校庭の砂を舞上げる。

丁度六時、

鷹志は翼を広げ、垂直に飛んだ。

余りに早く静かな動きだったので、

皆は忽然と消えてしまったと錯覚した。


「き、消えた、ということは、定刻に飛んで行かはったんで、しょうな」

教頭は自分の腕時計に呟く。

六時一分を差していた。

「早すぎて、全く私には見えませんでしたけどな」

誰にともなく言った後、

 不意に

「あかん」

と大声を出した。

そして、宮内庁職員達の元へ走った。

彼らは、自失呆然として赤い空を見上げていた。

「天皇陛下から、お預りしてる、そのメッセージを、替わりにアンタらが読むんや」

教頭の頭は混乱していたが、

「メッセージ無しではな、具合が悪いんちゃいますか」

と、只一人現実的な問題に気がついたのだ。


天皇が、<くろい神>の口中に投身された(なんでだか分からないが)ので、

メッセージは読んでおられない。これはマズイと。


職員の一人が、ぶるっと一回身震いして、縦に折りたたまれた白い紙を開いた。

どうしようも無く指が震えてたいそう時間がかかった。

撮影スタッフが声を拾うために寄ってくる。


『<くろい神>が

お生まれになりました。

<青い使者>と共に

お生まれになりました。

この国に

お生まれになりました』


メッセージは、短かった。

政府が用意した文章と、違っていた。



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