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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
35/50

前夜

鷹志は震えていた。

「どっか、痛いのか?」

幸は鷹志の、漆黒の羽根に言葉をかける。

背を、向けて座っている。

そして小刻みに震えている。


「幸、鷹志は返事が出来ない。声を出せば、皆の鼓膜が破れるからね」

広い室内には学園長と幸の他に

数人の自衛隊員が居た。

彼らは窓辺で作業をしている。

明日の朝、鷹志が飛び立つ出口を造っている。

キーンと、

壁を(コンクリートと金属)切断する音が凄まじい。


「それと、作業の間邪魔にならぬよう、自分の力を押さえている」

鷹志は体内から発生する磁気をコントロールする術を

今は、備えていた。

「かなりの苦痛を伴うらしいが、鷹志は耐えている。長い時間では無い。夜が明ければ自由の身になるのだから」

幸はポケットに採血キッドを隠し持っていた。


「喋れないんだ。じゃあ、どうしたらいい? 」

悲しげな、一つの瞳に、学園長は首を横に振るしか無い。

最愛の息子が親しくしていた、数少ないトモダチのひとり。

短い別れの時を邪魔する気など無い。

車いすを操作し、背中を向けた。


幸は黒い巨大な塊となった鷹志を、遠慮無く観察し、速やかに鷹志の手を探し当てた。太い小指の先を掴む。

爪のカタチが異様に先細りだ。

短時間で巨大化した痕が、はっきりと有った。

ぴくんと、鷹志の指は反応する。

自分の二の腕より太い指の先に……採血キッドの針を刺した。

鷹志は反応しなかった。蚊に刺されたよりは弱い刺激であったに違いない。

あえて了解を得る程のコトでは無かった。

約束の仕事を終え、幸は鷹志の指に両手で触れた。

明日の朝、鷹志は長野の巣へ飛び立つ。

幸は学園に残る。

学園と……つまりは、この浮島と運命を共にする。

与えられた任務は、二度と鷹志に会えない可能性が高い。


「昨日、地下のラボに行ってきた。自分が、打ち落とした、ショウタがいたよ」

別れの言葉は口にしたくない。

だから何か話そうとして、とりあえず昨日の話をしていた。


鷹志の指がさっきより、大きく動く。

<ショウタ>に反応している。

どれ程の執着か幸は知らない。

でも、興味を持っているのは分かる。


「ゼラチン液の水槽にいた。…頭が下で、顔は上向いて、翼広げて。生きてるみたいに……綺麗だったよ」

今にも振り向きそうに、ガグンと鷹志の肩が動く。

「ラボのドクターは『パーツは死んでない』と言っていた。どういう意味かわからないけど」

言えば、鷹志の動きは止まり……続いて安堵のため息。


部屋の空気が大きく揺れて、幸の髪は乱れる。

鷹志は田坂翔太に特別な思いがあった。

薄々は解っていたが辛い。


鳴り響いていたチェーンソーの金属音がぴたりと止まる。


「今より撤去作業に入ります」

作業員が告げ、

窓枠ごと、学園長室から全ての窓を外していく。

午後8時半。

空は不気味な赤から、見慣れた夜の色に変わっている。


「鷹志、あいつら、来るかもしれない」

幸は、

剥き出しになった室内を、ミュータント達が好奇心に駆られて覗きにくるんじゃないかと懸念する。

彼らの首に取り付けられたチョーカー、制御装置は現在は無効。

自由に飛び回っている。

が、食事時にはタワーに皆戻ってくるらしい。


丁度皆の夕食が終わった時刻だった。

窓が外れたと知れば、見に来るかもしれない。


実際、

ミュータント達は、屋上から本館を眺めていた。

「今度は何が始まるんだ」

「カーテンを外した」

「中が見えるか?」

「いや、奥までは見えない」

と、ガヤガヤ喋り合ってもいた。


だが、

学園長室の中が露わになったとたん、皆、黙った。

暗い室内の一部を、作業用のハロゲンライトが照らした。

鷹志の黒い片翼が、はっきり見えた。


「あらら、またデカくなってる。どうする? 挨拶しにいくか?」

来夏が青司に聞いた。

「いや、今は、そっとしといてやろう。なんか衰弱してるみたいだぞ。ああして出口を造ってるんだから、近々、外へ出てくるだろうから。……待とう」


 鷹志の磁気が弱いのを青司は感じていた。

 鷹志自身がコントロールできるとは知らなかったが。


「タナトスは弱ってるだけか? 全然動いてないぞ。あれ?……スカーフェイスがいるぞ。アイツは学園の手先でショウタを殺した、刺客だ。ヤバイぞ。タナトスも抹殺されるんじゃないか?」


青司は、<旧人類>が鷹志を殺すだろうかと、考えてみる。

自分たちを自由にさせ、三食与えてくれてる(御馳走を)。

ミュータントに危害を加える気配は全然無い。


「<旧人類>にしたら、俺たちと、アイツでは決定的にリスクが違うだろ? この非常事態に大量の生肉を食わせるだけでも厄介だ。そもそも、青いミュータントは<天使>だけど、あいつはデカい化け物だ」

役に立たない、大きな荷物でしかない。もっと大きくなる可能性もある。


「今のうちに殺処分されても不思議じゃない。セイジ、俺はタナトスに同情はしないが、……ショウタを殺したあの女は、消したい」 


「おい、待てよ来夏」

 制止も聞かず、来夏は上へ飛んだ。

 闇に紛れて碧い翼は見えなくなる。


 数分後に、来夏は本館の屋上に着地した。

 学園長室から見えないルートで移動したのだ。


「アイツら、おとなしくしてるみたいだ。こっち見てるけど、飛んでこない」

 今、来夏が三メートル上の屋上に居るのも、

 自分襲うタイミングを伺ってるのも知らず、

 幸は<窓辺>に立った。

 丁度

 今夜最初の稲光が南の空に走った。

 遅れて響く雷鳴。

 その瞬間が来夏の襲撃のチャンスだった。

 ひらりと幸の前に出でて、

 左の二の腕をしっかり掴み、高く跳んだ。

 学園長室に残っていた作業員が「おお」と声を上げる。

 校庭に常駐している自衛官達もざわめく。


「馬鹿かお前は。さっと落としちまえばよかったのに」

 青司は届かぬとわかってはいたが、上空へ叫んだ。


 窓から入ろうとしたように装えば、事故だと言い逃れもできる。

(暗くて人が立っているのが見えなかったとか)

 すぐに引き返せばどのミュータントか特定されない。

 なのに、

 来夏は高い位置から幸を落とすつもりらしい。

 確実で残酷な殺し方をしたいらしい。

 

 公然と人殺しをやってのけたらどうなる?

 <旧人類>はミュータントを必要としているが、

 こんなに居るんだ、一人ぐらい減っても大きな損失では無い。

 来夏は殺人現行犯で打ち落とさないか?


 青司の足は屋上の床から浮いていた。

 ……やはり、阻止するべきだ。

 

 飛んだ。

 が、高くは飛べなかった。

 突然の、凄まじい強さの風に煽られ、

 タワーの外に出られない。


 「……あ、」

 黒い、巨大なモノが、本館の上に……いる。

 鷹志、だった。

 ゆっくりと翼を動かしている。

 バサリとも音を立てずに。

 突風と、強い磁気。

 

 青司は飛ぶのを諦めた。

 雷光が鷹志の姿を見せる。

 体長は20メートルを超えている。

 広げた翼は屋上の幅をはみ出している。


 青司は、巨大化した鷹志の姿を知ってしまい、

 抗えないと、瞬時に解った。

 

 鷹志の身体が屋上から浮いて垂直に移動する。

 羽ばたいているが音は無い。

 すぐに、また屋上に着地し、

 肘を伸ばし、両の手に何かを掴んだしぐさをする。

 ……来夏と幸を確保したのだ。

 右手を慎重に、屋上に降ろす。

 幸だ。

 ダメージは軽かったようで、歩行のカタチは健常だ。

 続いて鷹志は、左手の中で蠢いている青い翼を右手で摘まむ。


青司は、一秒後に、来夏は握り潰されると予測した。

鷹志の行動が幸を救うためだと、もう解っている。

来夏を許す筈は無い。


ところがだ、

鷹志は予想外の、行動に出た。

右手で捉えた来夏の羽根を、空いた右手の太い指で、毟っているではないか。

随分手間取る作業だ。

何の為にそうするのか?

青司には全く読めない。


全ての羽根を毟られ、飛行不可能になった身体で、来夏は鷹志の広い手のひらから解放された。

わりあい丁寧な、しぐさで、幸と同じように屋上に、そっと放たれた。


同時刻、日本時刻午後九時。

米国、ロシア、中国が声明を発表した。

今後予測される大パニックの被害を

最小限に抑えるために……

現時点より三国連合軍が世界を統治すると宣言した。


世界中の電波が凍結していると思われていたが、

この宣言はメールで一斉配信された。


五分遅れで日本政府からの、動画いりメールが同じ経路で発信された。

27分の長い動画だ。

聖カストロ学園地下ラボで録画と最初にテロップ。


ドクター相場が、(基本的な生活能力が未発達で、学園生活に適応できず事故死に至った)三体のミュータントを解剖した結果を、淡々と語る。

事後100日過ぎても腐敗しない、生きているスライスされた太ももの断面を見せる。

幸に見せた、ミュータントの血液が増殖した、色とりどりの生命体も。


「未だ経過観察の途中で、ミュータントの全貌解明には程遠いのです。今、我々人類は地球の変化を受け入れられず混乱しています。わからないから、想定外だから、赤い空に怯え、地震に震えるのです。つまり人類はまだ、自分たちの周りの環境の全てを知ってはいないのです、」

 そこまで喋って、画像は不意に途切れた。

 二つのメールは、世界中の携帯電話に送信された。





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