四日前
不気味な赤い空の下、
前日の地震で損壊した建築物の被害状況を調査している最中に、また大きな地震が起こった。
しかも昨日と同じ時刻に。
結果、
<余震警報>は解除できない。
日本中の、いや世界中の学校は
少なくとも明日も<休校>なのだ。
昨日から今朝にかけて、世界中のSNSは地震に続く、赤い空と稲妻
一色だった。
(地球滅亡じゃ、ないよね、)
(怖いよー)
(神様、助けて)
(異常現象の説明、わけわからん)
(気象庁、クズ)
(NASAのホームページ、フリーズだって)
(使えねえヤツばっか)
自然が与えてくれた予想外の大イベントに
世界中がハイテンション状態だった。
日本では地震の被害で負傷者は多数有ったが、死者は出なかった。
<120万の人が犠牲となった、超地震に比べれば、この地震も赤い空も稲妻も騒ぐほどの事では無い>
と、世界中で日本人が、まだ一番冷静な反応だった。
しかし、
日が変わっても青い空が拝めないどころか
同時刻にまた地震。
はしゃいでいた人々の中にも、さすがに不安と恐怖が芽生えた。
だが、気象庁が昨日の余震と発表したので、安心する。
テレビのワイドショーは昨日と全く同じように
全国の赤い空を映した。
赤い海も、赤い湖も、映した。
専門家は
「肉眼では分かりませんが、昨日に比べて、赤い色が若干薄くなっています」
そう語った。
青い空に戻っていると。
その夜も激しい稲妻が南の空に走った。
翌朝
六月三日。
青い空は戻ってこなかった。
「コレは……田坂翔太ですね」
前川は水槽の前で足を止めた。
二メートル四方のクリアケース。
ミュータントは翼を広げ
頭から落下している瞬間の姿で固定されていた。
<聖カストロ学園>の職員達は
本館地下のラボに集合していた。
「死体には見えません。それに、とても……なんて言ったらいいか」
前川は魅入っていた。
「美しいでしょう。西洋の宗教画の天使さながらに。
中は粘度の高いゼラチンなんですよ」
白衣にマスクの男は誇らしげに説明する。
「前川先生、はよ、席についてください」
ラボの奥から教頭が呼ぶ。
二十二人の職員がパイプ椅子に座っていた。
彼らの前には車いすの学園長。
教頭は、落ち着かない様子で皆のまわりをウロついていた。
「国から、さっき申し渡しが届きました」
と、手にした書類を手にする。
「あさっての、六月五日、夜の九時に米国、ロシア、中国が声明を発表するとの事です。
今後予測される大パニックを鎮圧するが為に……
つまりですな、世界を三国の連合軍が統治すると宣言しますんや」
「今後、という事は、異常現象が、まだ続くという事ですか?」
若い地学の教師が質問する。
「そうです」
「つまり異常現象の理由が分かったって事だ。そ、それを早く教えてください。
太陽の黒点の異常か海底火山?……いや、隕石ですね。
……地球じゃ無い。月に隕石が落ちたんですか?」
立ち上がり、今にも教頭に掴みかかりそうな勢いだ。
さっと、矢沢建一教諭の大きな身体が止めに入る。
「それがな、地軸が動いたらしいんです」
教頭は人差し指を顔の前に立て、傾けて見せる。
「へっ?」
地学教師は一瞬呆けた表情を見せ、その次にケタケタ笑い出した。
「そんな馬鹿な。地球の自転軸が動くのはね、七万億年先の話なんですよ。あり得ない」
「七万億年は我々人類にとっては気の遠くなる程長い時間だが、宇宙にとっては僅かな時間だと鷹志は言っていました」
学園長が皆を見渡し、語る。
(正確には言っていたのでは無く、大きな紙に書いた)
「予言ですか。馬鹿馬鹿しい。地軸が動いたら、もっと大きな衝撃があるでしょう。
あの程度の地震で済むものですか」
「もっと大きな衝撃があったら、今こうして話もできませんがな。
何万億年前にも地軸は動いてるんです。でも太陽の周りを回ってる軌道はぶれなかった。
地球にとってはたいした事では無い。
ただちょっと、表面に被さってる部分のバランスが崩れるだけです。
と、私は理解しましたけどね」
「……じゃあ、一時的な現象で、やがて安定するって事じゃ無いですか」
地学教師は、安堵した表情になる。
彼の思考能力は恐怖心が強すぎて、正常に機能していなかった。
地震や台風のように、今の異常現象が、時が来れば去るのだと、どうしても思いたい。
「確かに理屈では、いつかは安定するそうです。しかし、それはね、それこそ何万年先のことなんですわ。アンタが生きてる間には間に合いませんな」
「……そんな、ばかな」
二度と青空は拝めない。
毎日、大地震。
遅かれ早かれ、建物は全て崩壊する。道路も、鉄道も。
若い教師は「きい」とネズミが鳴くような声を出し、白目をむいてガタガタ震えだした。
絶望的な未来を想像し、心が壊れてしまったのだ。
「見苦しい。矢沢先生、つまみ出してくださいな」
彼は矢沢に抱えられ、会議の席からはじき出された。
「ここからが、本題です。わが国は三国の声明を受理しません。拒否します」
会場がざわめいた。
「この国は先の超地震のときにミュータントを授かった。
いや、その前に……鷹志様が、黒い神が天から、降臨された」
教頭のなかで鷹志が<化け物>から<神>に変わっていた。
鷹志の予言が当たったのと
強大化した姿を
さっき、初めて見たからだ。
学園長を自ら迎えにゆき、
想像を遙かに超えた大きさに変化した姿に瞬間、
本当に息が止まってしまった。
……少しも恐ろしくは無かった。
……翼の隙間から覗く大きな目玉は美しかった。
……白目が青みがかって……二度と見れない青空のようだった。
「ああ、もうこんな時間や。余計な時間とってしまった」
教頭は腕時計を見て舌打ちし、
早口で話を続ける、
「それでな、六月六日に、陛下が、ここにいらっしゃいますんや」
また会場がざわめく。
「<黒い神>は六日の朝に、飛び立たれます。
それを陛下が見送られ、国民にメッセージを下さるそうです」
『我が国が、
数々の震災に見舞われたのは意味があった。
<くろい神>を
お迎えする準備であった。
日本国は
天地創造の起源の地。
<神>がおられるかぎり
他国は壊滅するであろうが
日本は
神を守る選ばれた地
地球上の
唯一無二の
中心となる
国である』
「あの、これ変ですよ。……ミュータントは随分違いがあるが、人間、ですよ。
突然変異の新人類です。黒い翼の、あの子も新人類だ。
どれだけ大きくなってるか知りませんが、人間です。……神じゃない」
前川の反論に、多くの教師も同意し、拍手した。
「前川先生、では神は、どこにいるのですか?」
学園長が車いすを動かし、前川のところまで行く。
「……それはなんとも。私はキリスト教徒ではありませんから」
と、答える。
「成る程。キリスト教ですか。あなたは日本人なのに、この国の神を考えないのですね」
「……どういう意味でしょうか?」
「あなたは、神社で手を合わせたことは無いのですか?」
「はあ? ありますよ。もちろん。初詣に毎年行ってます」
「では、何に手を合わせ、願いをかけているのか、考えてみられることですね」
「……。」
前川が言葉に詰まると、すかさず教頭が、
「時間が無いんや。前川さん、無駄話はそこまでにしてや。私は忙しいんや。
今後は政府筋のお偉方と、事を進めていかなアカン。学園は今をもって閉鎖ですわ。
皆さんは、携帯電話を椅子に置いて、一人づつ退出願います」
と乱暴な口調で言い飛ばし、さっさと部屋から出て行った。
「横暴だ」
「説明不足です」
「我々はどうしたらいいんですか?」
教師達は口々に異議を唱える。
「申し訳ありません」
山田礼子が前へ出て頭を下げる。
「どうか落ち着いてください。……私から、必要事項を補足致します。
まず今後の皆様の待遇ですが、すでに学園内に避難されているご家族と共に、各自与えられた体育館のブースを、お使い下さい。当分の間、食料は一日二回支給いたします。シャワーはプールのを使っていただいて結構です。なお体育館から出られる時は自衛隊員が付き添いますので了承ください」
「……まるで、避難所生活じゃないですか。我々に、外に出る自由はないのですか? 監禁するつもりですか?」
悲しげに眉をひそめ前川が質問する。
「前川先生、先ほど教頭が言われた、地軸が動いたという観測結果を米国は今日中にでも発表するのです。世界中が、どれ程のパニック状態に陥るか予想も出来ません。恐怖と絶望が人を狂わせて恐ろしいことが起こるでしょう。学園はシェルターです。先生方は学園の関係者だから、特別に、ご家族共々日本で一番安全な場所に居られるのですよ。学園から出て行かれるのは自由です。しかし今教頭から聞いたことは、六月六日まで他言しないで下さい。極秘機密ですから。念のため携帯電話も六日まで預からせて頂きます」
礼子が話し終わると同時に、二人の武装した自衛官が会議スペースに姿を現した。
そして退出を促すように無言で出口を指差すのだった。
13時40分、またしても世界中が揺れる。
21時、ホワイトハウスから大統領が緊急記者会見。
<地軸が動いた>と発表した。
「つまりだ、じわじわと人間社会が崩壊していくわけだな」
来夏は笑っている。
ミュータント達は
今夜も屋上で稲妻を見物していた。
「毎日地震じゃ、復興できない。危なくて外に出れない。ガキは学校に行けない。道路がやられたら、運送会社は潰れるし……」
青司は、この先おこる不具合を並べてみる。
視線は本館最上階にある。
鷹志が居る広い学園長室の照明はOFF。
蝋燭の黄色い明かりが見えていた。
「セイジ、お前が言ってた、もう変化しちゃってる、ていうの大当たりだったな。俺たちにとっては、毎日地震に津波でも、どおって事無いが、飛べない人間にはキツいな。ずーっと続くってのがヤバイよな」
「そうなんだけどさ、今の状態じゃ、俺たち自由に跳べない」
青司は首のチョーカーを指で弾く。
「でも、タナトスが出してる磁気でセンサーがぶっ壊れてるかも」
「そうなのか?」
来夏に答えず、青司は真上に、飛んだ。




