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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
31/50

六日前

「スカーフェイスは今日も学校に来ていない。それでな、替わりに矢沢センセが山田と入って行ったんだ」

清司は、食堂の調理場を指差す。

昼休みがまもなく終わる時間、

まだ食堂に残っていた。


里奈が、

「私たちを気にしながら入って行ったね。見られるのはマズいけど、どうしても行く必要があるんだね」

言って、ギブスで肘を固めた右手で、青司の腕に触れる。


バルコニーから落ちた傷跡が、痛々しい。

青司は里奈が<学園側>かもと今は疑っていない。

柔らかい感触の細い指が、昨晩は太い鷹志の手に触れていたとは

夢にも思っていない。


映研の部長平川と高橋七海は、向かいに座っている。

この二人にも、<巨大化したタナトス>を見たと話した。

秘密のエレベーターで、山田と香川幸が大量の肉を運んでいた事も

食堂のオバサンに聞いたと、説明済みだ。


「巨大化したタナトスは、校長室に身を隠してる。先生二人は彼の食料を運んでる。それに間違いない訳ですね」

 平川は、学生手帳になにやら書き込む。


「天井の高い校長室に、座って、尚且つ、頭を下げていた。……って、ことは、えっ?最低でも体長十五メートルって事か」

 とても信じられないというように首を横に振る。

「お前、俺たちを疑ってるのか?」

 来夏が片眉を下げる。

「疑ってはない、けどね、タナトスは、入学当時は、デカイといっても百八十五くらいだ。それが、二ヶ月で十倍近く背が伸びたって事だ。自然に反してる。そう考えても、あり得ない」

「それが、ミュータントの成長かも」

 高橋七海が口を挟む。


「おい、じゃあ俺たちもデカくなるのか?」

 来夏が大きな目を見開いて七海に問う。

「あ……違うかも」

 七海は、助けを求めるように里奈を上目遣いで見る。


「可能性はあるんじゃない? あんた達とタナトス、黒いか青いかの違いだけでしょ」

 里奈にさらりと言われて、

「その違いは大きいって」

 青司は反論した。

 だが、内心は動揺していた。

 自分も巨大化するとは、全く想定外だったから。


「セイジもラナも、大きくなるの、嫌なんだね」

 里奈が面白そうにいう。

「当たり前だろ。だってな、アレじゃあ、モンスターじゃないか」

 来夏の答えに、里奈は笑った。

「ミュータントは、元々異形でしょう。青い髪と青い翼。充分モンスターじゃない。巨大化もアリかなって、なんで思わないの?」


青司はミュータント達が、タナトスのごとく巨大化するとイメージできない。

何故か?


里奈の指摘は当たってる。

ミュータントの発生が科学的に解明されていない現状では、

巨大化が無いという根拠もない。

それなのに、

タナトスのようなモンスターになりたくないと思う。

どうしてか?

大きくなっても、困ることなど何もないのに。


「ねえ、ラナ。ミュータントは超地震の年に発生した、突然変異よね。成長過程も人間と同じでは無いかも。人間は二次成長で身体が完成するけど、ミュータントは違う。三次成長があってそれが巨大化だったりして」


「三次成長で巨大化か、」

 平川は納得して、また学生手帳に書き込む。

 七海も頷いている。

 しかし、

 青司とラナは<三次成長>を受け入れがたい。

 巨大化は、気味が悪い。


「それは、僕らの、人類の大きさがノーマルと、すでに刷り込まれてるからでしょうね」

 平川は嬉しげに言う。

「そう……かもな」

 <旧人類>と大きさまで違いたくない、その感情は確かに在る。


「私たちは、ミュータントが巨大化しても、怖くないよ。ファンタジーな存在だからね。大きくなっても、驚かないよ」

 七海が慰めるように言葉を掛ける。

「うん……」

 来夏も自分が巨大化する未来を憂いているのか、素直に頷いた。


「セイジさん、ラナさん、今、頭に浮かんだ事があるんだ。……聞いてください」

 平川は背筋を伸ばした。


「……僕らは常に世界の関心と視線を浴びるミュータントの陰にいた。同時に誰よりも近い場所でミュータントを見てきた。ずっと同級生だったから」

「ウザかっただろうな」

 ラナが呟く。

「そうじゃないけど、」

 と七海が真っ直ぐに来夏を見る。

「ミュータントは天使、救世主、希望の光とプラスイメージで呼ばれてた。しかし、一番近くにいた私たちは、それは違うと感づいてはいたの」


「そうか。突然変異の超奇形は、無愛想なクリーチャー、いや悪魔だって、バレてたんだな」

 来夏の眼が青く光っている。

 人間を殺したミュータントは、自分が何者か、わかってはいるようだ。


「そういう分類じゃ無いの。天使か悪魔かなんて、些細な事。私たちがあなたたちミュータントに見てきてのは……なんて表現したらいいかな」

 七海は言葉を探しあぐね、また里奈に助けを求める。

「里奈、アタシ巧くしゃべれないよ」

 自分の思いを里奈が代弁してくれると信じている。

 それほどに、同級生の<旧人類>の間では共有できて当然の

 感覚だという訳だ。


「うん」

 里奈は微笑んだ。

 でも、続けて言葉は出ない。

 ミュータントの里奈には、わかり得ないのだ。

 やがて若干上がっていた口角は下がり、今まで一度も見せた事の無い

 強ばった表情で平川へ顎を向けた。


「部長が、話してたんだよね」


「僕らは、<超地震>からの復興と共に育った。赤ん坊の頃から、繰り返し津波の映像を見せられた。僕らは、まず、ミュータントは飛べるから、津波も平気なんだって、羨ましく思った。その次に、翼があればと、人類が願望したから、突然変異でミュータントが産まれたんだと学習する。でもさ、気付いたんだ。……もっと大きな地震が来て人類の殆どは死んでしまうんだと。絶滅の回避するために新種が産まれた。逆を返せば絶滅は逃れられない運命だとね」


「新種なら、どんどん増えていくはずじゃ、ないのか? 俺たちのあと、ミュータントは一人も産まれてないぞ」

 来夏が反論する。

 それに青司が、

「<超地震>への反応だから、一回きりなのさ。予防注射と同じだな」

 と口を挟む。

「なんじゃ、そりゃ。俺たちは抗体か?」

 とミュータント二人笑う。

 青司は平川が、感傷モードになってる、と考える。

 短い間に、顔が痩せて骨張ってる。

 その替わり、目つきが柔らかくなってしまってる。


「で、お前は、ミュータントの発生理由を喋りたかったのか?」

「セイジさん、突然変異体以外は、絶滅する運命なんだ。そう遠い未来じゃ無い。人類の絶滅は、近いと、僕らは、知っている」

「はあ? なんでそんなの解るんだ? お前ら予知能力があるんか、すごいや」


<未曾有の天変地異>が迫っているのを旧人類も予感しているのだ。

青司は驚いたが、自分たちも感じていると言えなかった。

ミュータントが頭に描く未来予想図に、地上の荒廃はあっても、

自分たちの<死>はなかった。

折れたタワーを空から見下ろす未来は近い。

津波、崩壊するビル、火災、逃げ惑う人々……。

ミュータントは地上の地獄絵巻を、高い安全な場所で眺めるに違いない。


「幼い子供が、いつの間にか、自分がやがて大人になり老いて死ぬ存在だと知っているように、僕らは、大人には成れても老いるまでは生きられないと、知っていた。……多分、ミュータントが教えてくれたんだ」


「いや、でもな、」

青司は言いかけたが、次の言葉に出てこない。

隣で、来夏がわざとらしく笑う。

「はは。平川、俺はお前の言いたいことはわかったぞ。心配すんな。また大地震が来ても、お前と七海は俺が助けてやる。安全な高い場所に運んでやる。里奈は当然セイジが、何とかするさ。つまりそういう事だろ? 巨大地震で旧人類が絶滅しても、お前らだけは生き延びる。平川、お前は賢いよ。旧人類なんて虫けらにしか見えなかった俺を、手懐けたんだからな」

 青司は、来夏の冗談めいた言葉の裏に、平川達への気遣いを感じて驚く。


「助け無くていいんだよ。私たちは絶滅する運命なんだから。でもね、その言葉だけで、嬉しいよ。ね、里奈」

 七海の笑顔に、里奈はあいまいに頷く。

 同級生達に<早世の覚悟>という連帯感があったと全く知らなかった。


「絶対助けるって。お前、俺を見くびってるのか? お前らは、運が悪い。ちょっとの差で<超地震>からずれて発生した。可哀想だから助けてやる。」

 来夏はなんでだか、ムキになっている。


「あ、ソレなんですけどね、突然変異の原因は地震、そうなってるけど、違うかも知れないって、それが言いたかったんです」

 平川は人差し指を立て、天井を差した。


「タナトスの三次成長、まだ途中かもしれない。もっと大きくなるかも。そんで、生肉しか食べないかも。生でなくていいなら、広い調理場で料理してから持って行くでしょう?」

 平川は、巨大化したタナトスにとって、地上の哺乳類で食料として一番捕獲しやすいのは人間だという。


「そうなの? 私たちの最期は津波に流されるんじゃ無くて、黒い巨大生物の餌になるってことなの?」

 七海は身体を震わせた。

「タナトスの出生はミュータントより早い。超地震の三月十日には二ヶ月の胎児だった。二ヶ月だから胎芽かな、正確には。魚みたいなカタチだけど、中枢神経も臓器も出来てる。モンスターに育っていく身体の基礎が、あの日には出来上がっていたんだ。だから突然変異をもたらした脅威は、地震ではなく、タナトスの可能性もある」


「……俺たちはタナトスを、やっつける為に出てきたのか?」

 来夏は青司に聞いた。

 平川の仮説には説得力があったのだ。

「どうかな、タナトスはでっかいだけじゃなく、磁気飛ばしてやがるから、ややこしいヤツには違いないが」

 話の途中でチャイムが鳴った。


「鷹志・カストロは、敵じゃ無い。今のところはな」

 青司は教室へ移動しながら、来夏にだけ聞こえる声で呟いた。

 昨夜見た、大きな黒い瞳は悲しげに潤んでいた。

 大きな身体を窮屈に折り曲げて……なんだか哀れに見えた。


「俺たちも、巨大化したら仲間だもんな。一緒に人間喰うかもしれないんだ。平川は、それは、考えないんだ」

 来夏は笑う。

 面白くてしかたないというふうに。


 笑い声に、サイレンが被さる。

 直後に足下が大きく揺れ始めた。



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