七日前
「鷹志、お前は田坂翔太と親しかった。私は、配慮はしていた。あの子の犯罪歴からいえば、本来なら、一番のサンプル候補が妥当だった。しかし、私は彼の身体能力の高さを理由に、他の使い道があると考案したんだ。予想される他国軍との戦いに役に立つとね」
二人だけになった広い部屋で
父は息子に語りかけた。
鷹志の身体から出ている磁気で、電気系統が作動不能。
山田礼子が用意したアルコールランプの黄色い光が五つ、
広い室内に灯っていた。
「う、……」
鷹志はなにか言いかけたが……押し黙った。
話せば、声高になってしまうのを危惧したかのように。
「つまり、少々あの子の最期を先延ばしにしたのだ。それが、お前の短い学園の僅かな慰みになれば良いと。……私は、あの子が香川幸の矢に倒れたのは、避けられない運命だったと捉えている」
「え?」
調整しきれなかった声量に、窓ガラスが震える。
鷹志はとっさに自分の手で口を塞ぎ、
大きな黒い瞳で(なぜ、運命?)と父に問いかけた。
リカルド・カストロは、
(友だちが、病院の屋上から女を落とした)と、
鷹志からラインで報告を受けていた。
息子は父に隠し事は一切無かった。
しかし、父は殺されたのが幸の母だと言いそびれた。
「実は、幸も知らないのだ。ミュータントの仕業だと、何らかの事情で気がついていたようだがね。犯人捜しの為に、彼らの羽根を集めていると、礼子君から聞いている」
「……?」
「香川幸は、そうとは知らずに母親の敵討ちを果たしたのだよ」
翔太の方は、自分が殺したのが幸の母親だったと知っていた。
リカルド・カストロは、多分そうだと思っている。
「それにしてもだ、翔太君の行動が理解できなくてね……どうして幸の方に飛んで行ったか不思議じゃないか」
何度も事故の動画を見たと話す。
そして、気がついた。
ひどく単純な理由に。
「幸は、体育館の壁に近い場所に立っていた。つまりバルコニーの下にだ。我々は、バルコニーが崩れる範囲を想定して、幸のポジションを決めた。しかしだ、細工を知らない者から見れば、被害が及びそうに見えるじゃないか。翔太君は……ただ幸を守ろうとしたんだ」
声を出すまいと堪えている
息子の悲しげな眼差しに、別の感情が宿ったのを……父は見た。
「人殺しのミュータントが人間を助けようとした。……我々にとっては、この事実は希望の光でもあるんだ」
鷹志が予言した、未曾有の<天変地異>が来る日は近い。
地球が、次の時代に移る時が迫っている。
唯一無二の、黒い翼のミュータント。
父と息子である時間は残り少ない。
新たな生態系の<源>となる身体は、どこまで巨大化するか予想不可能だ。
「お前の、<黒い神(国政内での名称)>の、出現を、他国がすんなり受け入れるなどと、政治家も有識 者も楽観していない。おそらく、お前の姿が露出すれば、最悪は武力行使で<巨大生物の奪い合い>だ と、予測し、秘密裏に対策を練り、戦闘準備も整っている。
<日本に在らせられる神>を他国に絶対に奪われてはならない。それが原則だ。
お前が幼いときに授けた予言の言葉を信じているんだ。起動したプロジェクトに揺るぎは無い。
お前も知っての通り、ミュータントは強制的に戦闘員として使う予定で、制御、支配の都合で首輪を付 けている。だが、もし彼らが、翔太君が幸を守ったように、我々を守る為に戦ってくれるのなら、制御 の為の首輪を外したっていいんじゃないかな?」
鷹志は僅かに顔を横に振る。
ミュータントが、何を考えているのか分からない。
はっきり分かっているのは、我が身を<守ってもらう>必要がある期間はとても短いという事だ。
巨大化が最大値になる前に、身体から発する強力な磁気が、攻撃してくる戦闘機もミサイルも無力にするだろうから。
「とうさん、窓の……ブラインドを上げてよ」
不意に、窓の外に、異変を感じて、
努力して極小の音量で喋る。
父は、少し迷った。
今はまだ、大きく変化した息子を、人目に晒すことはできない。
しかし、ブラインドの隙間から外を覗くと
朝焼けのオレンジの光が見えた。
午前五時半くらいかと推し量る。
本館を、誰かが見上げてる可能性は少ない。
車いすを動かし、手動でブラインドを上げる。
薄暗い部屋の中を、夜明けの光が満たした。
「あ」
父と息子は同時に声を出した。
二人の視線の先は
タワーの屋上だ。
寮生のミュータント達が
円形の屋上にたむろって
こっちを見ていた。




