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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
30/50

七日前

「鷹志、お前は田坂翔太と親しかった。私は、配慮はしていた。あの子の犯罪歴からいえば、本来なら、一番のサンプル候補が妥当だった。しかし、私は彼の身体能力の高さを理由に、他の使い道があると考案したんだ。予想される他国軍との戦いに役に立つとね」


  二人だけになった広い部屋で

 父は息子に語りかけた。

 鷹志の身体から出ている磁気で、電気系統が作動不能。

 山田礼子が用意したアルコールランプの黄色い光が五つ、

 広い室内に灯っていた。


「う、……」

 鷹志はなにか言いかけたが……押し黙った。

 話せば、声高になってしまうのを危惧したかのように。


「つまり、少々あの子の最期を先延ばしにしたのだ。それが、お前の短い学園の僅かな慰みになれば良いと。……私は、あの子が香川幸の矢に倒れたのは、避けられない運命だったと捉えている」

「え?」

 調整しきれなかった声量に、窓ガラスが震える。

 鷹志はとっさに自分の手で口を塞ぎ、

 大きな黒い瞳で(なぜ、運命?)と父に問いかけた。


 リカルド・カストロは、

(友だちが、病院の屋上から女を落とした)と、

 鷹志からラインで報告を受けていた。

 息子は父に隠し事は一切無かった。

 しかし、父は殺されたのが幸の母だと言いそびれた。


「実は、幸も知らないのだ。ミュータントの仕業だと、何らかの事情で気がついていたようだがね。犯人捜しの為に、彼らの羽根を集めていると、礼子君から聞いている」

「……?」

「香川幸は、そうとは知らずに母親の敵討ちを果たしたのだよ」

 翔太の方は、自分が殺したのが幸の母親だったと知っていた。

 リカルド・カストロは、多分そうだと思っている。


「それにしてもだ、翔太君の行動が理解できなくてね……どうして幸の方に飛んで行ったか不思議じゃないか」

 何度も事故の動画を見たと話す。

 そして、気がついた。

 ひどく単純な理由に。

「幸は、体育館の壁に近い場所に立っていた。つまりバルコニーの下にだ。我々は、バルコニーが崩れる範囲を想定して、幸のポジションを決めた。しかしだ、細工を知らない者から見れば、被害が及びそうに見えるじゃないか。翔太君は……ただ幸を守ろうとしたんだ」

 声を出すまいと堪えている

 息子の悲しげな眼差しに、別の感情が宿ったのを……父は見た。


「人殺しのミュータントが人間を助けようとした。……我々にとっては、この事実は希望の光でもあるんだ」

 鷹志が予言した、未曾有の<天変地異>が来る日は近い。

 地球が、次の時代に移る時が迫っている。


 唯一無二の、黒い翼のミュータント。

 父と息子である時間は残り少ない。


 新たな生態系の<源>となる身体は、どこまで巨大化するか予想不可能だ。


「お前の、<黒い神(国政内での名称)>の、出現を、他国がすんなり受け入れるなどと、政治家も有識 者も楽観していない。おそらく、お前の姿が露出すれば、最悪は武力行使で<巨大生物の奪い合い>だ と、予測し、秘密裏に対策を練り、戦闘準備も整っている。

 <日本に在らせられる神>を他国に絶対に奪われてはならない。それが原則だ。

 お前が幼いときに授けた予言の言葉を信じているんだ。起動したプロジェクトに揺るぎは無い。

 お前も知っての通り、ミュータントは強制的に戦闘員として使う予定で、制御、支配の都合で首輪を付 けている。だが、もし彼らが、翔太君が幸を守ったように、我々を守る為に戦ってくれるのなら、制御 の為の首輪を外したっていいんじゃないかな?」

 

 鷹志は僅かに顔を横に振る。

 ミュータントが、何を考えているのか分からない。

 はっきり分かっているのは、我が身を<守ってもらう>必要がある期間はとても短いという事だ。

 巨大化が最大値になる前に、身体から発する強力な磁気が、攻撃してくる戦闘機もミサイルも無力にするだろうから。


「とうさん、窓の……ブラインドを上げてよ」

 不意に、窓の外に、異変を感じて、

 努力して極小の音量で喋る。


 父は、少し迷った。

 今はまだ、大きく変化した息子を、人目に晒すことはできない。

 しかし、ブラインドの隙間から外を覗くと

 朝焼けのオレンジの光が見えた。

 午前五時半くらいかと推し量る。

 本館を、誰かが見上げてる可能性は少ない。


 車いすを動かし、手動でブラインドを上げる。

 薄暗い部屋の中を、夜明けの光が満たした。


「あ」

 父と息子は同時に声を出した。

 二人の視線の先は

 タワーの屋上だ。

 寮生のミュータント達が

 円形の屋上にたむろって

 こっちを見ていた。


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