八日前
田坂翔太は一旦救急病院に運ばれ、
極秘に、深夜聖カストロ学園に戻された。
本館地下のラボで、サンプルナンバー3の小さなプレートを足首に掛けられ、全裸で横たわっている。
青司と来夏は、二人きりのテーブルで向き合っていた。
来夏は、救急病院に運ばれ、
一泊入院して、帰ってきた。
打撲は軽傷で骨折は無かった。
同じく救急車に乗せられた里奈は肘の骨が折れていた。
ギブスを装着して、今日学校に来ていた。
「映研部は罠だったな。入学式に消えたカイのように、お前を、サンプルにするための」
「うん」
来夏は、ハンバーグを口に入れ、
「そう。俺をバルコニーから墜落させる計画だ、」
と軽く言う。
「俺たち、間抜けだったのさ。騙されて、飛べないように重たい衣装着せられてさ」
笑っている。
殺されかけたのに、機嫌がいい。
「青司、平川はな、何にも知らなかったみたいだ。でも、責任を感じでる。自分が、飛翔シーンを撮りたいから、校内で唯一、チョーカーで制御されない体育館を使わせて欲しいと頼んだ。きっかけをつくってしまったと泣いてた」
落ちたバルコニーの残骸は警察が回収した。
事故原因の調査の為に。
何らかの細工が見つかれば、事故では無く<殺人未遂>になるのか?
それとも……。
青司は、当然の話題をふるが、来夏は曖昧に頷くだけ。
……コイツ、ナンカ、ヘンダ。
「お前の身代わりに、翔太がサンプルになっちまったんだな。スカーフェイスに殺されて」
嫌みな言葉をぶつけてみる。
来夏はフォークを置いた。
大きな目は少し充血してる。
「青司、スカーフェイスが翔太を殺したんじゃないだろ。あれは完全に事故。翔太と矢は同時に跳んだ。映像に証拠が残ってる。お前、見てないの?」
馬鹿にしたように言う。
青司は、
もちろん事故だと知ってる。
しかし、あの事故は学園の策略が招いたのだ。
来夏を<サンプル>にする計画が
翔太を<サンプル>にしたのだ。
「お前、翔太が俺の身代わりで死んだと言いたい訳か?」
問われて、頷く。
「違うだろ。バルコニー計画は失敗だった。お前が助けてくれたから。翔太は体育館の壁を狙ったスカーフェイスの矢に、自分から当たったんだ。……翔太を体育館によんだのは、俺と、お前だよな?」
翔太が死んだのは、
お前のせいでもあるんだ。
突きつけられた言葉に青司は黙るしか無い。
翔太が何故スカーフェイスーの放った矢の方へと飛んだのかわからない。
けれど、
あの矢は、実は自分を狙って放たれたのだと、確信していた。
香川幸も計画に加わっていて不思議では無い。
謎なのは、
当然、来夏も感づいてるだろうに、
知らぬフリをしている事だ。
来夏はあの時、スカーフェイスも翔太も見る余裕は無かった。
だが、コイツもミュータント。
馬鹿じゃない。
ちょっと推測すれば見える事実を、わざと無視してる。
なぜか?
「青司、食えよ。冷めたらマズイじゃんか。ハハ、お前、もしかして旧人類並にナーバスになってんのか? 食える時に食っとかないとな。この先何が起こるか、わからんからな」
……この先、何が起こるかわからない。
翔太の死、学園の陰謀などと次元の違う大きな異変。
青司が数日前から感じている気配を来夏も感じている。
ふと、妙な感じに捕らわれる。
……ここは、静かすぎる。
辺りを見る。
他の二つの丸テーブルには、それぞれ四人、居る。
八人のミュータントは皆食事を終えている。
だが席を立たずに、
口もきかずに、
青司と来夏のやりとりを聞いているのだ。
「青司、みんな、お前を見てるんだ。何でだか、わかるか? ……その時がくれば、俺たちは、お前が選択した行動を真似るからだ。タワーに長く居られないことは本能で判ってる。ミュータントは来たるべき惨事に備えて相談なんかしない。無駄だからな。一番大きな翼を持つ奴に従う。元々そういうふうに生まれついてるのさ。翼のデカさと脳ミソのレベルが比例してると誰に教えられるでも無く知ってる」
「なんだ、それ? マジか?」
思いも寄らぬ来夏の言葉に
驚きすぎて、笑ってしまう。
「俺がボスだってか? 確かにデカイが強くは無い。……翔太はデカくないが、俺はアイツには敵わなかったぞ」
青司が言うと、今度は皆が笑った。
「お前、翔太とやる気なんか、一度だって無かったくせに」
「やれば負けると、わかってるからな」
「嘘つけ。お前は翔太だけじゃ無い、他のミュータントと殴り合う気はないくせに。確かに翔太は強かった。だけど、お前の相手じゃ無い。お前が翔太を自分より上に見てるのは知ってた。ずっと妙だと思ってた。青司は自分の力を知らないのだと、ある時気づいた。なんで知らないのか? 必要ないからだ。お前は他のミュータントとレベルが違う。どいつも敵ですら無いからな、比べる必要がないんだ」
「……。」
青司は反論の言葉を探す。
見つからない。
まわりに助けを求める。
すると、来夏を含めた九人のミュータントは
黙って片手を上げ、
一つの窓を指差す。
「こんどは何だよ? なんか居るのか」
青司は顎を窓に向ける。
何もない。
星の無い曇った夜空が見えるだけ。
……いや、目に見えるモノでは無い。
あっちに、窓のある方角に、
強い力を感じる。
「やっと気づいたか。翔太に同情してる、余裕はないんだよ」
「そう、らしいな」
<異変>が始まっている。
自分だけ気づかないでいたのが恥ずかしい。
「こいつは、本館から流れてきてるな……自然ではあり得ない磁気だ」
」
感じたままを喋ると、何故か皆が驚く。
(本館からか)
(磁気だったのか)
と口々に言っている。
そこまでは、誰も分からなかったから。
「お前ら、今、聞いたな」
来夏は他の八人に向かって微笑んだ。
「青司は、特別なミュータントで、間違いない」
磁気は鷹志から発生していた。
学園長室の時計は今朝から狂っている。
「早く、俺をこの部屋から出さないと、そのうちにスマホもぶっ壊すと思うよ」
本館最上階の学園長室。
鷹志は巨大化した身体を翼で隠すように座っている。
「鷹志様、あと一週間程、辛抱してください」
山田礼子が言う。
「一週間程? 曖昧だなあ。はっきり日を決めて欲しいんだけど。俺の希望は六月六日」
「八日後、ですね……六月六日。予報では晴天です」
「それで、決まりな。朝六時に、俺は飛び立つことにする」
「六月六日の六時。お前はキリスト教徒にケンカを売るつもりか?」
父は咎めては居ない。
笑ってる。
鷹志も笑う。
リカルド・カストロは車いすを操り、
緊張した面持ちで突っ立っている礼子に近づく。
「礼子君、一週間で大丈夫なのかね?」
「急がせています。問題ありません。鷹志様が長野へ飛ばれるのが六月六日と決定なら、前日に記者会見を開くと、マスコミに早々に通達いたします」
「いよいよですね」
矢沢浩一は鷹志を見上げた。
「これ以上窮屈な思いは気の毒です」
里奈は鷹志の太い指に触れた。
「そうだな。限界かも。また急にデカくなったから。パンツ無し。オマルも小さいだろ。毎日大量の肉とクソの世話するアンタらも大変だが、食ってクソするのに、遠慮する俺もキツい。もう限界。こうやって、息をころして喋るのもね」
巨大化した鷹志が
普通に発声すれば窓ガラスが震える。
人間の鼓膜を破る恐れもある。
「俺の、お別れ会なのに、幸は居ないんだな」
一同が答えに困る。
「幸は、いま警察で事情聴取を受けているんです」
礼子が答えた。
「警察? あいつ何やらかしたの?」
鷹志は面白そうに聞く。
「それが、サンプル採取プランに手違いがありまして……」
礼子は、体育館で起こった一部始終を話した。
「今、田坂翔太がサンプルになったって、言った?」
父と礼子は鷹志が翔太と親密なのを知っていた。
だからこそ、言いそびれていたのだ。
「事故だったんです。彼にとっては悪い偶然が重なったんです。私のミスです。申し訳ありません」
礼子は膝をつき、頭を深く下げた。




