翔太死す
聖カストロ学園映研部の公開撮影で起こった事故は
リアルタイムで動画が配信されていた。
田坂翔太の喉に
香川幸の放ったアーチェリーの矢が刺さる瞬間はもちろん、
翔太が落下し、
おびただしい血が喉から吹き出て、
青い羽根を赤紫に染めるのを……。
世界中の多くの人が見た。
青司は……。
落下する来夏と里奈めがけて跳んだと同時に、
翼を広げた翔太を見た。
「大丈夫、俺が何とか出来る……って、ショウタなら分かる」
と、気にとめなかった。
それだけに、体育館に響き渡る悲鳴を辿り、
倒れている翔太を見たときの驚きは
凄まじかった。
「な、なんで、翔太が、ああなってんの?」
自分が抱き起こしてる、
来夏に聞いていた。
来夏は
青司に助けられとはいえ、全身打撲のダメージを受けた直後だ。
何が起こったか知らない。
「翔太がどうしたって? 跳んできたのは見たけどさ」
来夏の胸に顔を埋めていた里奈が、
ゆっくりと上体を起こし、
青司の肩越しに、床に広がる青い翼を見た。
「ショウタ君だ……、首に、矢が刺さってる」
目にした状況を説明した。
想定外の出来事に
顎が震えて普通に発声できなかった。
立ち上がり、山田礼子の姿を探す。
目前の事故でハイテンションになり、奇声を上げている人垣の一番前に居た。
礼子はスマホで誰かと話している。
目が合う。
微かに首を横に振る。
手違いがあったのだと、理解した。
背中で「はやく、救急車を」
と複数の声を聞く。
」
吉川来夏を事故死させる計画が
田坂翔太を殺す結果になった。
頭では現状を分かっていたが、
翔太の、
細かく痙攣している指先は
まだ死に切れていない。
断末魔の苦しみの最中なのだ。
……痛々しくて見ていられない。
来夏は命に別状はなさそうだ。
サンプル捕獲プランは、失敗だ。
不測の事態に頭がついていかない。
自分が無傷なのも、予想外だ。
身体が熱い。
来夏が必死で抱きかかえた、その力が熱を纏っているからだ。
<サンプル候補の危険な>ミュータントが、
我が身を犠牲にして他者を自分を助けた。
こんな結果になるなんて、信じられない。
不意に、得体の知れない涙がこぼれる。
何が悲しいのか?
里奈自身にも、理解不能の生理的反応に
制御不能の情動は行き場も無く渦になり
目眩が襲う。
立っていられない。
うずくまり、膝を抱え泣いた。
山田礼子は、
想定外のアクシデントへの対応として、
里奈のパフォーマンスは、適切で完璧だと
電話の相手に報告する。
香川幸は、
田坂翔太が死ぬと
誰より早く分かった。
放った矢の先に、わざわざ飛んで入ってきた姿を目にした瞬間に。
「ばか、おまえ、なんで、こっちに来るんだ」
退屈な仕事(本館屋上での威嚇)
に付き合ってくれた、変わり者のミュータント。
少々傷つけて打ち落とす予定が、殺してしまった。
ゆっくり側に寄る。
喉から血をトクトクとあふれ出し、
翼は弛緩した状態で広げられ、
細長い手足は小刻みに痙攣しているが、やがて一切の動きは静止し
力なく投げ出された。
だが、まだ生きている。
薄目を開けて、幸を見ていた。
……ごめんな
……お前、もう無理っぽいな
せめて、髪でも頬でもどこかに触れてやりたいが、
堪えた。
視界の右側に、山田礼子がいる。
スマホを持つ右手に左手をクロスさせているのは、
自分へのメッセージに違いない。
<何もするな>と指示している。
やがて翔太の瞳から光が消えた。
身体全体から生気が消失した。
思いも寄らぬ結果が悔しい、
幸は、
肩に掛けた武器を床に放り投げた。
すると、礼子が寄ってきた。
肩を抱いて耳元で囁く。
「サンプル候補の捕獲は失敗よ。でもね、学園が必要なのは、あと一体のミュータントなのよ。幸が、別のを確保してくれたから問題は無いのよ。よくやった。無事終了よ」
礼子の言葉に
「そうか、コイツでも、いいのか」
と、安堵した。
サンプルの選別が<前科>と知らないし。
鷹志と翔太の関係も全く聞いてはいなかった。
翔太に特別な親近感は無かった。
翔太は、
助けようとした幸が、矢を放ったのを知って、
バルコニーが崩れたのは謀で、
来夏を助ける動きを封じるために
幸が自分の翼を狙ったと、瞬時に理解した。
結局……手遅れだったのだが。
喉が熱い。
呼吸が出来ない。
脳が機能するのは数秒と悟る。
仰向けに落下して、
視界には体育館の天井しかない。
最後の力を振り絞り、顎を上げれば
誰かが側に立って見下ろしてる。
黒いニカーブを頭からすっぽり被ってる。
顔ははっきり見えないが、
隻眼が、香川幸だと教えてくれる。
幸は、驚き、困っている。
翔太は
幸の大きく見開かれた片目を見つめる。
(そっか、もうコレで、コイツの母親を殺したとバレる心配を、しなくて、いいんだ)
忌の際での明確な思考だった。
最後に
幸の目が祐子に似ていると発見した時点で、
脳の機能は止まった。
翔太の最後の思考に、<鷹志>の存在は無かった。
田坂祐子は、
金沢市の自宅で
息子が死んでいくのを、見た。
翔太の妹二人(中学一年と三年)が
「お兄ちゃんの学校がテレビで生中継だよ、リアルタイムでちゃんとみなくちゃ駄目だよ。ミュータントの母なんだから」
数日前からしつこく言っていた。
娘達は、ミュータントの兄を誇りにしていた。
幼い頃は、二階に閉じこもり接触する事の滅多にない異形の兄を怖がっていたが、
やがて成長し、ミュータントの希少価値を知ると、
<兄がミュータント>なのは、
彼女たちに絶対的な優越感を抱かせる事実となった。
「映研の撮影を生中継するんでしょ。お兄ちゃんは映らないわよ。ママは、映画研究部に所属してるって聞いてないから」
と答えたが、どこの部に所属してるかは知らない。
それなら、映研部の可能性はゼロでは無いと反論された。
祐子は、翔太の姿が見れなくても、同じミュータントが、普通の子と一緒に高校生活を過ごしている様子を見たいと思い、パートを昼から休んでテレビの前に座っていたのだ。
そして、
予め決められた運命のように
息子の<死>を
見た。
流された画像は、青い翼で碧い髪のミュータントが
矢に射られ、落下し
照明のせいで水色に見える翼が血で染まっていく過程まで
クリアに映し出した。
翔太だとはっきりわかる鮮度で。
息をするのも
瞬きも忘れ、見入った。
……ワタシノ、ムスコハ、コロサレタ。
受け入れがたい事実を目の当たりにして、
祐子の心は崩れた。




