最後の日
吉川来夏は、朝から上機嫌だった。
「平川の脚本は、笑える。異世界で王に君臨した元ニートを、現世に置いてきた、ダミーが抹消するんだ」
朝食のときから、ハイテンションで、
映研が撮っている映画のストーリーを翔太に語る。
「どっちがダミーなん?」
翔太も今朝は妙に機嫌がいい。
話にのってくる。
「ラナが主役。ダミーが俺なんだけど、人間界編では顧問の前川。抜け殻らしく、腑抜けになって二十年引きこもる。ショボい、おっさん」
横から青司。
「パラサイトだったんが、親も死んじゃう。元々貧乏で借家。ホームレスになるワケ。悲惨だろ? 頭空っぽだから、軽く鉄道自殺を計るんだ。ところがさ、駅のホームから飛び降りようとした、その時、天からの声に止められる『お前には天が与えた役目がある。最低限、稼いで生きろ』とな」
「そっからが、平川は、わかってないな」
来夏は喋りたくて仕方ない。
最後に殺される<主役>に、ご満悦なのだ。
「ダミーは、学歴、職歴無し。稼げる仕事は特殊清掃だった」
翔太は、
「なんじゃ、それ」
と仰け反って笑う。
三人、笑い合っての朝食は、楽しかった。
チーズ入りオムレツ、ガーリックトーストに、オレンジユース。
ありきたりのメニューが美味に感じる。
「ダミーはな、それから十年、孤独死部屋の掃除をして暮らすんだ。淡々と、毎日仕事以外は最低限生存に必要なコトしかしない。風呂は二日に一回。飯はコンビニの値下げ品。金のかかる遊びは一切しない」
「そこから、何で、異世界に唐突に飛ぶ?」
翔太は、来夏に聞く。
「平川の脚本は、とにかく凄い。ダミーは、ある日、仕事先で、屋根裏に人の気配を感じた。上がってみると、ひからびた老婆がいる。実は、ソイツも、ダミーだった。『自分が死ねば、異世界に行った、超美少女も消滅する』と言い出す。喋りながら、一瞬超美少女の姿になったりもする。そう。高橋七海は熱演してた」
来夏は(里奈の取り巻きの一般生)七海の迫真の演技力に一目置いていた。
翔太は、数秒考えて、ため息をつく。
「夢オチに、近いな」
「と、ダミーも思ったのさ。つまらなすぎる結末を、阻止したくなった。自分も異世界へ行くべきだと、熱く思った。ここから、津波の跡地が出てくる。……ダミーは、未だに骨を拾って貰っていない数万の死者のパワーを貰い、異世界に飛ぶ。日本と言えば、超津波。同情受けするからな。その点、平川は抜かりない。この映画は世界市場に出せると見込んでる。何はともあれ、ダミーも、異世界へ行く。異世界編から、ダミー役は前川から、格好いい俺に変わる」
続きは青司が説明を代わっていた。
「『三人の騎士』は、ダミーの手下か?」
翔太の関心はスカーフェイス、香川幸にあった。
「正解。俺の僕。いきさつは聞くな。ワケわかんないから」
と、聞いて、翔太は、また笑う。
「ショウタ、お前、今日は見に来いよ。俺が格好良く、ダミーのセイジと、矢沢さんらに殺される、クライマックスシーンなんだ。マスコミも山ほど、来るらしいぞ」
カストロ学園映研部制作の、ミュータント出演映画は、既に日本はおろか、世界中の関心を集めていた。
平川は、実写さえ校内で撮れば、アニメーション、CG制作を無料で請け負う企業は、いくらでもあると、計算していた。
事実、メジャーな企業以外にもフリーのプロ、アマチュアからも膨大なアプローチがあった。
彼らも、撮影の見学許可を取っていた。
午後、体育館には<関係者以外立ち入り禁止>の看板が立てられた。
警備員も立っていた。
生徒は映研部以外、入れない。
だが翔太は、映研に紛れて館内に入った。
警備員は
小道具や衣装を抱え楽しげに喋りながら入ってくる一団に、
ミュータントが一人多いと気がつかなかった。
「タサカ・ショウタが入ってしまいました。退場させますか?」
里奈は礼子にラインで指示を仰ぐ。
「彼は素直に従わない。今、騒ぎは起こせない」
「計画に、変更は無しですか?」
「彼はサチに制御させる。問題ない」
香川幸は体育館の中で、弓を構えたポーズで、静止した。
目の前で起こった<事故>に動転して、
指が滑ったと、言い逃れができると、考えて。
「了解」
山田礼子の新たな指示にラインで返したあと、
体育館の中を見渡した。
翔太は<大勢の大人達>の人垣の向こうに居る。
頭は見えないが、青い羽根がチラリと目に入った。
幸は、来夏と里奈が登り、落ちる、バルコニー(体育館内壁の通路・窓の開閉用途)の真下に居た。
撮影時には、壁から三メートル離れた位置に矢沢兄弟と青司が、横に並ぶ。
そして、自分の位置は、彼らの左に五メートル。
バルコニーが崩れたら、
今、右の端に居る翔太が、飛翔するのか?
人垣の上に落下させるのは、危険だ。
(どこで射落とす?)
幸は、翔太のダメージも考慮していた。
軽い打撲で済むようにと。
「みなさん、これから本番いきます。静かにしてください。音は後から編集で入れますが、役者の気が散りますから、おねがいします」
平川が緊張した声で撮影開始を伝える。
バルコニーに上がる階段は体育館の四隅にある。
里奈と来夏は、演技場所の、左端にスタンバイして居る。
二人がいる場所の高さは十四メートル。
予め決めてある立ち位置に、来夏が片足を踏み込んだとたん、薄い板は、壁から外れる仕掛が、施されていた。
来夏はまず、翼を広げようとし、その次に柵に捕まってしまうだろう。
その動作が、頭からの落下を助けると気づかずに……。
翔太は、こんなに笑った事がないほど、大口を開けて笑っていた。
来夏の金ピカの衣装(アオザイ風の裾の長い上着)が派手すぎ。
それに、ガラスまがいの赤いブーツ。
そこに真っ青な羽根が開いた形で針金で固定されてる。
(隣の里奈はシンプルな白いドレスで裸足だった)
地上の青司も、服の色が銀で、足が痛そうなブーツは同じ赤。
(赤いブーツは、魔法のアイテムかもな)
吹き出しながらも、何が始まるのか楽しみになってきた。
……幸は?
探せば、遠くにいた。
弓を構えてる。
柔らかい生地の黒の上下。機能性のある編み上げブーツ。太いベルトは青。
矢沢兄弟も同じコスチュームで姿勢良く立っている。
<三人の騎士>は黒いニカーブを頭からすっぽり被ってるから目玉しか見えない。
ガチンコが鳴った。
来夏が「逃げようとおもうな」
とセリフをいいながら里奈の腕を掴み、バルコニーを進む。
ガシャガシャ、ガラスまがいの靴と、床の鉄が大きな音を響かせる。
中央に到達すると、別の金属音が混じる。
次の瞬間……。
バルコニーの床板がべろりと、矧がれた。
来夏は反射的に飛び上がろうとするが、針金で固定された翼は役に立たない。
手すりを握ったが、落下。
青司は飛ぶ。
重い靴を脱いでる時間は無い。
窮屈な衣装のせいもあって、滑らかに飛翔できない。
地上近くで、なんとか里奈を掴む。
翔太は……来夏を助けようと飛ぶ。
だが(予め飛んでくる方向を計算していた)幸に羽根を射られて、緩やかに落下する。
山田礼子が想定した光景だ。
所詮<旧人類>の頭脳が考えたコトだった。
礼子は、ミュータントの脳が、どれ程の早さで機能しているか知らなかった。
実際に、約2秒の間に起こったのは……。
来夏は
足下が崩れるのを察知した瞬間、里奈を引き寄せた。
そうして、里奈を抱きかかえ、自分が下になり背中から落ちた。
針金で固定されているとはいえ、大きな翼は落下時の衝撃を緩和すると判断できた。
衝撃の緩和に、青司が力を貸せるのも瞬時に解っていた。
その判断は間違っていない。
青司は、
落下する二人に、逆の力を足すために飛翔した。
抜かりなく、来夏の翼の端を捕まえた。
翔太は、
バルコニーが崩れた瞬間、飛翔していた。
同時に来夏と青司の動きが目に入る。
里奈が来夏の上にいるのも。
三人は大丈夫と解る。
が、
幸が立っている位置が微妙なのも見えた。
崩れ落ちたバルコニーの金属部品が飛び散れば、傷つく。
それで、
(どうせ跳んだし)
幸を庇うために、
彼女の頭の上を目差し……
幸が放った矢を、
幸が想定していなかったポイントで、受けてしまった。
運悪く、顎の下、喉の柔らかいところに真っ直ぐに。




