表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
26/50

前夜

 青白い下弦の月が、雲一つ無い夜空に、あった。


「夜間飛行は、俺とお前だけか」

 タワーの屋上で、青司は翔太に声を掛けた。

「今日の体育はキツかったから、皆は、飛ぶ元気はないのかな」


「……」

 翔太は答えない。

 本館の屋上を見ている。

 

 香川幸を見ている。


「スカーフェイスは、サボらない。夜通し番をしてる。そいで、お前も、夜明けまで、ここで付き合うの? 」


 翔太はこのところ毎夜、ここで、本館屋上の幸を見ていた。

 青司も他の寮生も周知のことだ。


「お前が、寮生ミュータントの羽根を集めてるのも、スカーフェイスの為、らしいな」


 翔太が、ミュータントの羽根を毟ってると噂を聞いてから、1週間経っていた。

 校内の廊下や、タワーのエレベータのドアの前で。

 素早く羽根を引っこ抜かれたミュータント達は、

 翔太に抗議しなかった。

 争えば勝てないと分かっているから。

 だが、

(なんで、田坂翔太は、スカーフェイスの手下になった?)

 皆の疑問は、青司に寄せられていた。


 青司の外見(長身で、すっきりした顔立ち)はミュータントの中でも、

(全身が鋭利な刃物のように無駄の無い美しさの)翔太の次くらいに、目立っていた。

 そして、性格は温厚で明るい。

 本人は、全く自覚していないが、ミュータント、一般生、両方に人望があり、頼られていたのだ。


 入学式に姿を消した、伊藤甲斐の両親がテレビに出てから、

 ミュータント達は学園に対する不信感が募っている。

 特別な存在だから、優遇されて当然、と信じていたのが、

 揺らいでもいる。


 突然変異の奇形種として、研究対象にするために<聖カストロ学園>に集められたのかもと……。

 ミュータント達は、翼以外、旧人類に完全に勝る力は無いと、今では思い知らされてもいる。


 <天使>と特別扱いされて、飛べない身近な家族を見下して育ったのが、

 この世界、(翼の無い人間が造った世界)では、自分たちは、ただの<化け物>でしかないのではと。

 

 ミュータントは知能が高い。

 それ故に、

 同じ位の知能の<旧人類>が一般生の中に一握り存在するのが、

 聖カストロ学園で、毎日同じ空間で過ごした二ヶ月の間に、解っていた。


(入学式の日に、伊藤甲斐に何があった?)

(タナトスは何故消えた?)

(翔太に羽根を毟られたのは何で?)

(スカーフェイスは、学園の番犬、だよな)


 ミュータントの不安と疑問は、

 青司へと集中していたのだ。



「スカーフェイスは、何故羽根を集めてんだ? 噂どおり、売ってるのか?」

 青司がきいても、翔太は答えなかった。


 でも、側に来て、まっすぐに目を合わせる。

 話したいが、どう言っていいか分からないと、アプローチはしているらしい。


「まあ、いいさ。どうだっていいことさ」


 ……これから始まることに比べれば、

 と、

青司は海を見下ろし呟く。

 神戸の、

 繁華街のネオンが映る黒い海は美しい。

 が、とても、禍々しい気配を感じる。


 実際何が起こるのかは分からない。

 だけど、

このタワーが崩壊するビジョンは、

 はっきり見える。


 自分だけでは無いはずだ。

 ミュータントは皆、異変を予知してるはず。


 あとどれだけ、この学園に、タワーにいれるのかわからない。


「タナトスが消えて、お前、暗い顔してたけど、新しいお友達ができて楽しそうなのはいいことだ」

 青司は翔太の肩を軽く叩く。


 翔太は、

「ばか、お友達とかいうな」

 と少し怒ったが、照れてるようにも見えた。


「そうだ、明日な、体育館で撮るんだ。映研の、クソ映画。それにマスコミ呼んでるらしい。

 色々、学園のダークな噂が立ってるから、イメージアップの為だってさ。

 お前、どうせ暇なんだから来いよ。タナトスがいない音楽部には顔出してないんだろ。

 ……ラナが笑えるくらい濃い演技してる。

 あ、スカーフェイスも来るぞ。ええと、『三人の騎士』の、弓の達人の役だ。

 役名忘れたけど。そいでもって、あと二人の騎士は、矢沢兄弟だ」


「それ、マジか?」

 翔太は興味を示した。


「うん」

「三人の騎士って……お前ら、どんな映画だ、それ」

 翔太は、笑った。


(明日は、俺の衣装に、もっと笑え)


青司は翼を広げ、翔太の後ろに移動する。

そして、

羽根を一枚、毟り取った。


「イテ、めちゃ、痛いぞ。こらセイジ、い、いきなり何すんだ」

 翔太はぴょんと、一回飛び跳ねて、うずくまった。


「痛いだろ?……お前、スカーフェイスにやられてないな? 自分が代わりに集めるから勘弁してくださいって、頼んだのか。どうだ、どんだけ痛いか思い知ったか」

 青司は、取った羽根を、ひらひらさせる。


「おい、なんでそんなデカイの抜いた、この馬鹿、返せ」

「嫌だ、コレを売って金にする。この大きさなら、きっと高く売れる」


青司は羽根を摘まんだまま、腕を上に上げる。

翔太は背伸びして取ろうとするが、届かない。

もちろん、飛べば身長差など関係ないが、

本気で奪い返す気などないのだ。

二人、楽しげに、じゃれ合ってるだけだ。


「さあ、早く取れよ、」

青司は笑って、つま先立ちになった。

と、

次の瞬間、

風切り音と共に、

何かが飛んできた。

同時に、羽根が消えた。


「お、おおう」

翔太と青司は同時に叫び、

本館の屋上に、

これも同時に首を向けていた。


二人が今居る場所、タワーの屋上はサーチライトで腰から下は明るい。

でも、本館の屋上は、暗い。

時計台の文字盤を照らす黄色い照明が、闇に浮かび上がっている。

その陰になり、屋上の存在はおぼろげ。


肉眼で屋上辺りは、何にも見えないが、

翔太と清司は、

香川幸が、矢を放った直後の姿勢で、笑ってるとわかった。


「ア、アイツ、この距離で、俺の右手の、人差し指と親指の、三センチ上に、矢を飛ばしたんだ……どんだけの精度だよ。やっぱ、スカーフェイスは、怖いや」

 青司が大げさに身体を震わせると、


「そう、幸は、ただ者じゃないんだ」

 翔太は自慢げに言った。


 青司はなぜだか、ほっとする。

 鷹志が消えてから、見せたことの無い

 翔太の屈託の無い笑顔だったから。



同じ時刻、

香川幸の立ってる下、学園長室には、

山田礼子と矢沢兄弟、前川教諭が出向いていた。


 広い窓のブラインドは、全て降ろされている。

 光一筋漏れてはいない。


「お手元にある、明日の(三番目の)サンプル捕獲プランに、質問はございますか?」

 礼子は四人(学園長カストロ、矢沢建一、浩一兄弟、前川教諭)に聞く。


「成る程、映研の撮影現場で、マスコミ連中の見てる前で、吉川来夏は墜落死、するわけですね。

 素晴らしいプランだと感心しています。彼らにミュータントの事故死現場を撮らせる。

 これ以上の餌はない、と私もおもいます。当分はショッキングな動画に、マスコミも国民も、夢中に  なってくれるでしょうから。山田先生、完璧なプランだと了承させて頂きます」

 一番初めに答えたのは前川だ。


「前川先生、ご賛同頂きありがとうございます。実は、国が、鷹志様の形状変化が、当初の予測より早い のを知り、ミュータントの情報提出の前倒しを要請してきました。一刻も早く、ラボに三番目のサンプ ルを提供する必要に迫られて、切羽詰まっているのです。時間がありません。問題点はありますが、映 画研究部を利用するのが、一番、早く済ませられると考えました」


「プランの是非の議論は、省きましょう。具体的な確認を始めましょう。

 サンプルは、体育館側壁のバルコニーから転落死する。

 バルコニーの細工は、既に終了しているのですね。

 ……ポイントに到達した時点で、この資料、平川が書いた台本によると、サンプルは、飛翔不可能な衣装 を着衣し、阿部里奈を、後ろから、抱きかかえてる、」

 そこまで喋って矢沢建一は、深呼吸し、自分の靴に視線を落とした。


「……礼子さん、里奈も墜落死させるんですか?」

 礼子は、

「いいえ、大丈夫です」

 と即答する。


「この計画の、唯一の不安材料は、奥地青司です。

 里奈は、彼は、墜落するサンプルを助ける能力があると推測しました。

 ……それで、自分がサンプルと共に落下すると言ってくれたのです。

 里奈は、奥地青司は、サンプルで無く、リナを助ける事を選ぶと、予測しています」


「プラン成功させる為の、保険になるワケか」


矢沢建一の弟、浩一が、ぼそりと呟く。


矢沢兄弟は、<長野の施設>で数年、阿部里奈と一緒に訓練を受けていた。

里奈の悲惨な生い立ちは知っている。

けなげな性分も、良くわかっている。

誰も、何も疑わず、ただ与えられた役目を果たしてきたのを、ずっと、見てきた。

とても、サンプル捕獲のために、犠牲にできない。


「奥地青司も、サンプルと同じく、重い衣装で、飛翔力を制御しています。彼は、落ちてくる、サンプルと里奈の、二人を助けられません」



「映研部にミュータントは、サンプル候補と、背の高いあの子の、二人だけなんだね」

 カストロが礼子に確認する。

 彼も、里奈が心配なのだ。


「はい。明日、現場の体育館にミュータントは彼ら二人だけです」

 まさか、

 田坂翔太が居合わすと、考えもしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ