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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
25/50

翔太と幸

翔太は、教室に入ってきた香川幸を、目で追う。

始業チャイムが鳴って、十分以上過ぎていた。


教壇の前川は、遅れてきた理由は問わない。

それどころか、一瞬、幸に頭を下げるような仕草もあった。


(コイツには秘密があるな)

授業の間、幸を<監視>した。

学園側の人間なら、鷹志に何があったか、知ってる筈。


無傷の右目が、潤んでいるのはどうしてか?

それが、気になる。

正面から見れば、頬のふっくらした、鼻先の丸い、幼い顔立ちが、

横顔は印象が違う。

額も鼻も高い。細い顎に、引き締まった薄い唇が、シャープな輪郭を形取っている。

肩に掛かる長さの、髪は無造作に耳にかけていた。

天然パーマなのか、ふんわりして、毛先があちこちに向いている。


(綿飴みたいだ)

と思う。

幸が文句を言いそうな位、露骨に横顔を見つめた。


セイジやラナは、幸に羽根を毟られた。

自分は、隣に座ってるが、幸に触れられていない。

他の女は、ウザいくらい話しかけてくるのに、

幸は、一度も声を掛けない。見もしない。

存在を無視されてる。

そんなことで、

正体不明の、不安に似た不快感が膨らんでいる。


<恋>だと、翔太は、自覚していなかった。


続く六時限目も、黒板や教壇を一度も見ずに、

ただ幸だけを見ていた。


やがて終了のチャイムが鳴る。

クラスメイトは、それぞれの所属するクラブの部屋へ移動する。


鷹志の居ない音楽部へ行く気は無い。


ミュータントは、下校時間三十分後にタワーに戻らなければ、首のチョーカーが締め付ける。

それまでは、クラブをサボってどこに居ようが自由でもあった。


香川幸は、何部なのか?


アーチェリーの達人と聞いたが、

学園にアーチェリー部はない。


幸は、ゆったりとした動作で鞄を掴み、教室から出た。


後をつけた。


幸は、教室を出ると、階段を上がっていく。

他の生徒が昇降する間をゆっくりと。

屋上まで、行った。


入り口のドアを、ポケットから出した鍵で開ける。


屋上の中央には、青い屋根の、六角柱の大きな時計台があった。

時計台が目立ちすぎて、地上から見上げた限り、屋上の存在は全くわからない。


誰も居ない。

ぐるりと、柵がある。

安全性の無い、一メートル程の低い柵だ。

ここに生徒が上がってくると想定していない。

実際、屋上の存在は校内図に、記されていなかった。


幸は、南西の隅に置かれている、円形の平たい台へと、真っ直ぐ歩いて行く。

学園の正門を見下ろせる位置に、ソレは在った。


台へたどり着くと

上体を屈め、台の蓋を、開けた。

慣れた動作で、中から、細長い鞄を取り出す。

幸の武器、アーチェリーが入った鞄を。


翔太は

時計台に隠れて、盗み見ていた。


幸は、自分の仕事(ドローンを飛ばす輩を威嚇する)

を始めようとして……翔太の気配に気付く。


「隠れてないで、出てこいよ」

侵入者に声を掛ける。

すると、時計台の陰から、ミュータントが、姿を現した。


幸は、翔太を知らなかった。

クラスメイトの誰の顔も知らない。

全く興味が無いから。


翔太は

幸の側に、行こうとした。

早急にと、翼を広げ、飛翔した。

……結果、チョーカーが、強烈に締め付けた。


ばたついて、みっともない格好で、落下した。


幸は、意外な出来事に、笑う。

(なんて、間抜けなミュータント)


コンクリートに、翼半開でへばりついて、

「そんな、笑うな」

翔太は、生まれて初めて、<恥ずかしい>と感じた。


「悪い。ゴメン。もう笑わない。だけど、お前が何でココに、」

そこまで言って、

「そうか、ついてきたのか? 」

また、面白そうに笑う。


つられて、翔太も笑っていた。


「せっかく、来てくれたんだけど、此処は、何も面白いものはない。オレは、地味な仕事で、来てるだけ」


間抜けな、子供っぽい顔をしたミュータントに用はなかった。

幸は、台に片足を掛け、アーチェリーを正門に向けて構える。

正門より右側は水色の塀。

それは呆れるほど高く、

本館も、

ミュータント宿舎の三十階建ての青いタワーも隠している。

正門より左は五メートル。

ドローンは、この低い塀を乗り越えて飛んできた。

しかし、それも過去の事だ。

幸の存在が知れ渡ってから、小さな飛行物体は、飛んでこなくなった。


それで、今の幸は、かなり暇だった。

屋上で番をして時々弓を構えるのは

威嚇のためのパフォーマンスでしかない。


視線は、正門の向かい、七階建てのビルに落ちつく。

祖母が入院してる病院だ。

痴呆で孫娘の顔もわからない。

だが、只一人の血縁だった。


大津波は、父親を殺し、幸の顔に深い傷を付けた。

幼少時代に繰り返し手術を受けたせいで、学年が一年遅れてしまったが、

そういう子供は、被災地では珍しくもない。

子供に限らず多くの人が、障害や後遺症を抱えてしまった。


父親の事は、写真でしか知らない。

オリンピックに出場したときの晴れがましい写真。

母は父を国の誇りだと話していた。


「お前、どこ狙ってるんだ?」

翔太は幸の背後に立っていた。

矢の先が正門からズレてるのを発見して、

何でもいいから話したくて、聞いてみた。


「狙ってるんじゃ無い。どうしても、目がいっちゃうだけ」

 幸は素直に答えた。

 間抜けなミュータントに警戒心は無かった。


「なんか変わったモノがあるのか?」

「ないよ。あそこから母さんが飛び降りたんだ。だから見ちゃうだけ」

 幸は、そう言うと弓を下ろした。


「飛び降りたのか?」

(貧乏で母親が自殺、ミュータントの羽根を毟り、高値で売っている)

 聞いた噂を思い出す。


 幸は、武器を足下に置き、

 登っていた台に腰を掛けた。


「地味な仕事は終わりか?」

「ちょっと、休憩」

「そうか」

 翔太は

 幸の顔が見えるように、しゃがんだ。

 翼の先が触れるほど近くに。


「母親を思い出して、見てるのか?」

「まあ、そうなんだけど……。自殺ってことになってるけど、違うんだ」

 幸は誰にも話していない、自分の問題を、ふと喋りたくなった。

 多分、唯一人聞いて欲しい鷹志に、話せないからだ。

 母親が死んだことさえ、言ってない。

 山田礼子にも、全ては話していない。


 礼子は、母が<自殺>したのは知っている。

 ミュータントの羽根を集めてるのもバレている。

 何で? と聞かれ、トレーニングを兼ねた遊びだと、答えた。

 

「母さんは、ばあちゃんが入院してる、病院に来てた。屋上で洗濯物を干してた。介護に疲れて発作的に飛び降りたって、なったけど、違うんだ」


「えーと、……遺書は、なかったのか?」

 翔太は、幸と話せて、ただ嬉しい。

 もっと、話したい。

 それしか考えられなくて、

 状況に合った適切な言葉を必死で選び出す。


「うん、なかったんだよ」

「死ぬ理由も、無かったのか?」

「うん。お婆ちゃんが、やっと入院できて、喜んでいたんだ。そんで、入学式に出るつもりだった。スーツをクリーニングに出して、靴も磨いて用意してた」

 入学式?

「それって、最近の事なんだよな」

(母親が入学式の前日に自殺)

 と誰かが言っていた。

 なぜ、俺は確認してる?


 翔太は目の奥に、感じたことの無い強い痛みを覚えた。

 身を乗り出して喋ってくれている幸の顔が近い。

 このまま、もっと……。

 ずっと、こうしていたいのに……。

 なんでだか、話の続きを聞きたくない。


「入学式の前日だよ」


「あそこ、マンションの横、ほら、シーツが風で揺れてる」

 幸は立ち上がり、母親が最後に立っていた場所を指差す。


 翔太には、見覚えがあった。


「母さんは、自殺じゃ無い。殺されたんだよ。誰かに落とされたんだ。ミュータントの誰かにね」

「実は殺人事件、なんだ。で、でもさあ、何で、犯人をミュータントと限定するんだ? あ、わかった。屋上に柵があるからか? あの外まで人間一人運ぶのは厄介だな。確かに、ミュータントなら簡単そうだ。でも、人間の大男かも。いや、犯人は一人じゃ無かったとしたら、たとえば女でも可能じゃないか?」

 ぺらぺら喋りながらも、

 翔太にはわかっていた。

 幸がミュータントの羽根を集めてる、理由が。


「ミュータントに間違いないんだ。母さんの髪の中に、青い羽根があった」


「じゃあ、お前がミュータントの羽根を集めてるのは、犯人捜しか? しっかし、判るか? どれも同じ青い羽根なのに」


「最初は、そう思った。おそらく無駄だと。でもね、取った羽根を比べてみて分かった。一見同じ青に見えるけど、ちゃんと見たら違うんだ。コバルトブルー、シアン、セルリアンブルー、プルシャンブルー……全く同じのは今のところ、無いよ」

 幸は微笑む。


「そう、なんだ」

 

 コノ、オンナヲ、コロセ。

 

 頭の中で声がする。

 ミニクイ、キュウジンルイヲ、マタコロセ。


 入寮の日、気まぐれに殺したオバサンは、幸の母親だった。

 証拠の羽根を握られているのは、マズい。

 <殺人>がバレたら処罰される。

 サア、ソノウデヲ、ツカメ、バレナイヨウニ、ヒククトベ、


 声に従い、

 幸の右腕を掴む。

 柵は低いし、すぐそこだ。


 チョーカーが締め付けても、

 華奢な身体を柵の外に放り投げるのは容易い。


「どうした?」

 幸は、逃げも恐れもせず、左手を伸ばした。

 細く長い指は……少しためらったあと、翔太の頬に触れた。


 瞬間、頭の中の声は消えた。

 幸の、大きく見開いた黒い瞳に吸い込まれてしまったように。

 

 ……どうする?

 翔太は自身に問うた。

 俺はコイツを、なんでだか、今殺せない。

 じゃあ、どうしたらいいんだ?


 数秒後、

「お前、忙しそうだし、暇だから手伝う」

 と口からでていた。


「本当か? 助けてくれるのか。そりゃあ、お前の方が、ずっと簡単にミュータントの羽根を集められるよ」 

 幸は思いがけない協力者の申し出を喜んだ。

 鷹志の変化が早い。

 犯人を捜し出す時間に、猶予はなかった。


喜ぶ幸を見て、翔太の顔もほころぶ。

幸への思いの深さを自分で知らぬままに、

<時間稼ぎ>の道を選んでいた。


協力者になれば、バレない。

保身の為に、いい選択をしたと。

翔太は、

幸が母の敵を、我が手で殺すつもりだと知らない。


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