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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
22/50

秘密の通路

「セイジ、どうしたの?」

 チョーカーの締めつめが緩んだと思ったら、側に里奈がいた。

(ゴメンナサイ)

 口に浮かべた笑みと裏腹に、瞳が潤んでる。


「大丈夫、何でもないさ」

 清司は里奈の肩を抱く。

 二人は、今のところ、学園で唯一のミュータントと一般性のカップルだった。


「あいつは、お前が気に入ってるリナは、人間じゃない。ミュータントだ」

 ……来夏が、言い出したのは、十日前だった。

 映研部の部屋でのことだ。


 平川のシナリオ通りに、地上でリナを後ろから羽交い締めにし、三メートルゆっくり飛翔するシーンを 撮ったあと、

 上気した顔を清司に触れるほど寄せて、囁いた。


「なにそれ?」

 清司も薄々解っていた。

 が、里奈への疑問を誰にも言う気はなかった。

 感情の抑制ができない来夏には、特に隠したかった。

(コイツ、感づいたのか? 何でだ。めちゃマズイ)


「リナがミュータント? ホントか? 人間の女じゃなくてミュータントの女ってこと」

 冗談を聞いたように笑って見せた。

 そうすれば、来夏は、何を知ったか喋るだろう。


「驚くなよ、リナは女じゃないぞ。あの胸は作り物なんだよ。笑っちゃうぜ。お前だってリナをハグしたら一発で感じるさ。おぞましい旧人類じゃない、俺たちの仲間だと」


 正体を気取られたと、里奈は知っていた。

 それで、放課後、清司と来夏が寮に戻る道のりを付いてきた。

 ……自身の秘密を暴露するために。


「時間が無いからね、歩きながら説明する」


「ワタシは超地震で津波に浚われた町で……無法地帯で育ったの」


瓦礫と死体が延々と続く海岸から近い町。

鉄道は復旧せず、商店も学校も電気も止まったまま。

僅かに生き残った人々は、生まれ故郷を捨てた。そんな無人の、廃墟の町に、日本中から流れてくる人々が存在した。

超地震以前にホームレスだった者だ。


「母は山本千帆って名前だった。ミュータントを生む確率が高いので大きな病院でワタシを産んだけど……退院を待たずに私を連れて病院から逃げたの」


山本千帆は極貧の家で生まれ、義務教育を終える頃には川崎で身体を売って生きていた。

被災したのも安ホテルの中だった。


「だからさ、父親もわかんないの。それがミュータントの母ってことで、テレビに映ったり、学者に囲まれたりで、怖かったんだ」

 山本千帆は川崎に戻ったが、街は津波被害エリアで瓦礫の山に変わり果てていた。


「でもね、超地震から一年の間に瓦礫の中に小さな集落ができていたの」

 瓦礫の中には、使える価値のある物が沢山あった。

 半壊した家は、工夫すれば充分暮らす事が出来た。

 スーパーや量販店から流れ出た商品の中に、レトルト、缶詰と、海水をかぶっても影響のないのが、と んでもない量存在した。

 ホームレスが集まってきたのも無理はない。

 まだ十八歳の千帆は、女が少ない中、とても大切にされた。

 母以上にミュータントの赤ん坊は大切に扱われた。


 男たちは毎晩酒盛り。いくらでも酒はあった。

 食べ物も新鮮な野菜と果物以外は何でもあった。

 もちろん死体の山もあった。被害が大きすぎて自衛隊もボランティアも来なかった。

 食料が底をつくと、金属や宝石を探し集め金に換えた。

 

 そして、売るモノが無くなってしまうと、

「この子の羽根一枚で、何万にもなるらしい」

 誰かが言い出した。

 自堕落な暮らしに慣れた母親は、何の躊躇もなく幼いミュータントの羽根を毟った。


「結局、全部毟られてね。新しいのが生えても直ぐ毟られて……そのうちに生えなくなって、翼自体が退化していったの。多分、羽根がなくて飛べない状態で成長したから」

 やがて盗品売買から足が付き、ホームレスグループは一斉検挙された。

 里奈は七歳だった。


「病院で色々検査されて、翼を取る手術を受けた。

 役に立たない、邪魔な突起物でしかなかったから。

 その後はね、信州にある施設で育ったの。とても大切にされたよ。

 勉強も何人もの先生が教えてくれた……身体の異常が分かったのは二次成長の頃」

 

 思春期に入っても、全く男性化しなかったという。

「でね、女になる手術を受けたの。ドクターが言ってたよ。ミュータントの翼は、性ホルモンと大きく関係してるんじゃないかって」


「じゃあ、お前はミュータントの……どっちかっていうと女なんだな」

 来夏は、遠慮無く里奈の胸を触る。

「ばか、触らないでよ」

 里奈はその手を、笑って払いのけた。


 清司は、羽根を毟られる、幼いミュータントをイメージすると、同情せずにはいられない。

 それに、里奈が七歳からいたという施設と、自分が居た場所とは同じではないかと思った。

 だが、来夏が居るので聞かなかった。


「セイジ、何やってる、早く来いよ」

 食堂の入り口で来夏が叫んでいる。

「リナも来いよ」

 来夏は、ミュータントと分かってから、里奈に親しげに声を掛けるようになった。

 里奈は呼ばれて駆けていく。

 清司を見もしないで。


 来夏と並んで立ち、笑顔で何か話して……二人で行ってしまった。

 食堂を見渡せば、自分しか居ない。


 山田礼子も香川幸もいない。

 出入り口へ行くのを見てないのに。


(調理室にも出入り口があって、そっから出たのか? 教室に行くにも、職員室にも、遠回りなのに)

 不思議に思い、調理室の中を、カウンター越しに覗く。

 食堂のオバサンの一人が

「どうしたの?」

 と聞きにくる。

「うん、山田先生が入って行ったから、何でかな、と思って」

 見たように言ってみる。


 オバサンは、誰も聞いていないのを確認して

「女の子と二人で、奥のエレベーターに乗ったよ。内緒だけどね、上の学園長室と直通なんだよ」

「……秘密の通路なんだ」

「それがさあ、先週ぐらいから、毎日あの二人で、大量の生肉を運んでるんだよ。……ライオンでも飼ってるのかって、皆、気味悪がってる」

「ライオン? まさか」


清司は走って教室に戻りながら、考えた。

生肉は何の餌か?

学園長室に、先週から……。

消えたタナトスと関係あるのか?



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