スカーフェイス
「俺は、廊下ですれ違った時に引っこ抜かれたんだ」
清司が苦笑いをする。
「セイジは先っぽだろ? 俺は上の方をヤラれたから、そりゃあ痛いのなんのって」
来夏は自分の翼を撫でる。
「香川幸が? 何で……?」
何でミュータントの羽根を集めてる?
そして来夏は痛い目にあったのに仕返しをしない?
翔汰は鷹志が消えてから清司や来夏と、ろくに話もしていなかった。
それで、里奈の正体も香川幸の事も、寝耳に水だ。
「多分、売ってるんじゃないかって噂なんだよ」
里奈の友達の一人が答える。
平べったい顔は、相変わらず醜く感じる。
でも、思わず翔汰は身を乗り出す。
「マジで。それって、俺たちの羽根を金払って買う奴がいるってことか?」
「いくらだっているよ。一枚三万から五万って聞いたよ」
「ホントに? 信じられないなあ」
なぜだか、母の祐子の顔が頭に浮かぶ。
(うちは、お金持ちじゃないから、狭い部屋で窮屈させて、ゴメンね)
何度も聞いた言葉が蘇る。
俺の羽根を売れば良かったのに、何故そうしなかった?
「スカーフェイス、家が貧乏なんだって」
里奈の友達、高橋七海は初めて翔汰の話ができて嬉しくて仕方が無い。
それでついつい饒舌になる。
「お父さんはあの震災で死んだらしい。目の傷も生まれてすぐ被災して、できたらしいよ。此処の、浮島の中にある母子寮だっけ、福祉住宅に住んでるんだけど、ほら、お母さん入学式の前の日に、自殺したじゃない。だから天涯孤独で可愛そうなんだよ。お金、無いんじゃないの」
「可愛そうな奴なのか」
翔汰は後ろを、香川幸を見た。
こっちの話は丸聞こえだろうに、気にもとめていない。片肘をつき、まったりと食事中だ。
翔汰は
自分のことも、他人のことも、かわいそうだと思った事が無い。
貧乏、顔の傷、母親の自殺……マイナスの出来事とは分かるが重みを感じない。
そして香川幸も全く平気なような気がする。
「お前ら、アイツが、かわいそうだから、羽根を毟られても許してるのか」
清司と来夏に聞く。
この二人が旧人類に哀れむなど、信じられなかった。
「ま、まあ、そういうことだな」
と清司が答える。
すると里奈が笑い出した。
「怖いからよ。スカーフェイスはミュータントの天敵みたいなものだから」
また謎のような事を言う。
香川幸をなぜ恐れる?
「翔汰君、ホントに何にも、知らないんだ」
七海が馬鹿にしたように笑う。
腹が立つより香川幸への好奇心の方が勝って、
「そうだよ。だから教えてくれよ」
と頼んでいた。
「家が貧乏なのに、どうして私立の高校に来てるか不思議でしょう? スカーフェイスはスポーツ枠の特待生なの。授業料免除。ミュータントと同じね」
「スポーツ枠? ミュータントが恐れるほど強い……空手とか?」
もう一度、幸を見る。
矢沢浩一のような殺気を秘めた隙の無いオーラは……全くない。
「武道じゃないんだ。アーチェリーってやつだ。アイツは天才なんだって」
と清司。
「アーチェリー?」
意外すぎて、翔汰にはすぐにピンとこない。
「死んだお父さんは、オリンピックに出た人だって。血筋よね。あのさ、ネットにスカーフェイスがドローンを打ち落とす動画が上がってるんだよ。見せてあげる」
七海があたりを伺いスマホを出した。
香川幸が、赤いリカーブボウ(弓)を構えて立っている。
場所は学園の屋上だ。どの棟か分からない。
カメラは校門に移動する。
飛んでくるドローン。そして矢が放たれ、ドローンは校門の内側1メートルの場所に落ちる。
同じような事が何度も繰り返される。が、ドローンの進入場所はすべて違う。
「盗み撮り目的で進入してきたのを、射落としてる。それがスカーフェイスの仕事。動画を流してるのは学園なんだよ。タイトルは『警告』」
「おっかないだろ。これだけの腕なら、飛んでるミュータントの目玉を狙うのも簡単さ。ミュータントは、空から落ちて死ぬのが一番怖いもんな。触らぬ神に祟りなしだ。アイツが欲しいのは金になる羽根だけ。今のところ、ひとりから、ほんの一枚しか捕ってないし争ったら損だ。な、翔汰。羽根を毟られても仕返しするなよ。我慢するんだ」
来夏に言われて翔汰は頷いた。
自分がサンプルにされると怯え、醜い旧人類、と毒づいていたのに、
すっかり<平和>に馴染んでると驚きながら。
多分、羽根を捕られたくらいで、香川幸に腹は立たない。
それが話をするきっかけになるなら、早く俺の羽根を取りに来い、と思う。
幸は、学園からドローンを射落とす役目を与えられてると、わかった。
つまり学園側の人間だ。
(鷹志の居場所を知ってるかもしれない、)
閃いて、
沈んだ心がすこし浮き上がってきた。
担任の山田礼子や矢沢兄弟は鷹志の居場所を知っていても答える筈はない。
音楽室から地下のラボにも行ってみたが、扉は閉ざされ、応答はなかった。
鷹志からの連絡を待つしか無いと諦めていた。
それが、思いがけない幸の秘密に希望を見いだした。
気になっていた香川幸に接触する理由ができた事を喜んでいる、
もう一つの感情には、まだ自分で気づいていない。
チャイムが鳴る。
食堂の中に座っていた生徒が一斉に立ち上がり散っていく。
「先に、行って」
里奈は二人の友達に声をかけ、すこし離れた場所に立っている、山田礼子の元に走る。
「リナ、計算外の事態が起きたのよ」
山田礼子はノートを開いて見せる。
教師と生徒の立ち話を装うために。
「伊藤甲斐の両親が、テレビのワイドーショーに生出演しているの」
「そう、なんですか?」
里奈は微笑んで首をかしげる。
「息子はモルモットにされていると訴えていた」
「くも膜下出血で死んだと納得していたのに?」
「入学式を、舞台側から写した画像が出回っているの。わざわざ最前列に座らせたのが裏目に出たようね。甲斐の手首から血が流れているのが写ってしまっている」
「だれが撮ったんですか?」
「まだ分かっていない。アングルから、舞台端から撮ったようね。暗い袖幕の間に、誰かが潜んでいたのかもしれない。マスコミが群がるのは間違いないわ」
「次のサンプル採集予定の、夏期休暇までには、収束するのでは?」
「それが、これも計算外なんだけど、鷹志様の変化が予測より早いの」
「……。」
「公表を早めることになると思う。じきに隠せなくなるから。公表までに我々の仮説を証明しなければならないの。ドクターたちはね、サンプルは2体では足りないと言っている」
「センセイ、お急ぎなら、マスコミに漏れる危険を冒してミュータントを生け捕りにしなくても、ワタクシをお使いください。加工はされていますが役に立つ筈です」
山田礼子は義手でない方の、白い手を里奈の肩に置く。
「リナが望んでも、サンプルになる資格は無いのよ。多くの国で、ミュータントの解剖は許されていないでしょ。天使と崇められているんだから。……解剖が許されるのは『殺人前科』があるミュータントだけよ」
清司は
里奈と山田が話しているのを知っていたが、内容は聞き取れない。
気になって近づいたら、首のチョーカーがギュッと締まった。
……誰かが監視してる。
見渡したが食堂には数人しか残っていない。
翔汰と来夏は食堂の出口あたりにいた。
じゃあ、監視カメラだと、思う。
誰かがカメラの映像を監視していて
自分が里奈と山田に近づくのを制御したに違いないと。
しかし、天井や壁を見渡してもカメラはない。
彷徨う視線は、まだ、たった一人座ったままの香川幸で止まった。
幸はゆっくりと皿を持って腰を上げた。
射るような清司の視線に気づかぬ訳はないのに、
無視している。
……コイツが,今、俺の首を絞めたのか?




