消えたタナトス
次の日、鷹志は学校を休んだ。
「病気? サボリ?」
さほど心配もせず、翔汰が送ったラインに返信はなかった。
そして1週間経っても鷹志は学校に姿を現さない。
寮にも居ない、一体どうしたのかと、噂になり始めていた。
「ショウタはタナトスと繋がってるんだろう?」
昼休みに食堂で清司が聞く。
清司の横には阿部里奈と来夏が座っている。周りには映研の連中。
皆の目が<心配>して、翔汰に注がれる。
「全然連絡ない」
翔汰は、正直に答えた。
トンカツとパスタとオニオンサラダに全く箸をつけていない。
「食欲も全然ないのね」
隣に座っている里奈が心配げに言う。
「そりゃあ、心配だわ」
「ショウタとタナトスは学園で1番目立つペアだったのにさ」
「なんか、あったね」
「めっちゃ、デカくなってたの、ネットでも噂だったしね」
「でも、ショウタ、大丈夫だよ。タナトスは学園長の息子だから。大切に扱われてるって」
「たぶん、父親が、世間の目から守るために、安全な場所に隠したんだと思うよ」
あたりで交わされる<声>は、どれが、ミュータントの声で、どれが翼のない一般生の声なのか、判別できない。
一様に自分を心配している<情緒>を含んでいる。
鷹志が、不自然に大きくなっているのは、知っていた。
でも、そのコトに触れられなかった。
今、周りに居る同級生が心配げに自分に尋ねるように聞けなかった。
(デカくなってるけど、身体大丈夫か? お前の出生日のことで、日本中が騒いでるらしいな。そういうの煩わしいくないか?)
たった、それだけの、胸の内に持っていた言葉を、どうして、言えなかったのか?
「俺、鷹志の事、実は何も知らないんだ」
知りたくなかった。
が、本心だ。
学園長の息子であると、鷹志から聞いていない。
あえて、隠していたのなら理由がある筈だ。
言うと、その先に、もっと言いにくい話があるからじゃないのか?
「タナトスの画像は分析されまくってる。イギリスの学者が既存の霊長類の発育過程に、そぐわないとコメントしてる。つまり、化け物だと言ってるわけ」
早口で語る声を辿れば、映研の平川だった。
黒縁眼鏡の奥、細い目が、まっすぐに自分を見ている。
「彼が<悪魔>と呼ばれてるの知ってる? この国ならファンタジーのキャラ程度の名前なんだろうが、キリスト教圏で、そう呼ばれてるんだ。超地震の日に受胎したミュータントは救いの天使。超地震の前に来たのは黒い悪魔だと」
声が、上ずってるのは好奇心でハイになってると翔汰には分かる。
鷹志の事を自分から聞き出すつもりか。
トロくて醜い旧人類のくせに。
久しぶりにキレた。
旧人類を殺すアソビを思い出す。
翔汰は立ち上がった。
右の翼で、首を跳ねてやろうと椅子を後ろにずらした。
(翔汰の正面には清司、平川はその右隣に座っていた)
同時に青司も立っていた。
テーブルに手をつき、
「どうした、ショウタ?」
と聞く。
自然な仕草に見せかけて、平川を庇う位置に上体を曲げる。
翔汰は、
あからさまに邪魔されて、開きかけた翼が萎えてしまった。
「平川、お前はあ、ミュータントは超地震のショックによる突然変異だという通説を信じてるわけ?
仮説にすぎないと理解していないのか?俺たちミュータントの発生は、偶然、超地震と重なっただけ で、全く関係が無いと唱えてる学者もいるって知ってるか。
突如、期間限定で奇形種が大量生産された。これだけが事実。
現時点でも、俺たち青い翼のミュータントも黒いタナトスも、発生のメカニズムが不明という点では同 じなんだよ」
見たこともない真剣な顔つきで清司が語っている。
オレの頭を冷まそうとしているのか?
おせっかいな奴だと今更ながらに感心する。
でも、止めてくれなかったら自分は刑務所行きかラボ行きだったと、
翔汰は、胸の内では感謝した。
しかし、皆が議論を始めたミュータント発生の理由に興味が持てない。
鷹志がいなくなった事実を受け止められず。
ずっと、返事を待っている状態だった。
このまま二度と会えない未来なんて、受け入れられない。
「鷹志カストロは、自分が他のミュータントと違うと知ってた筈だ。出生日が違って髪と翼、目の色が違う。その上成長速度が違うと。……他にも違う事があるかもしれない。田坂君、彼が謎のような事を喋っててたとか、変な行動があったとか、思い出せないかなあ?」
平川は清司が盾になって守っているのも知らず、
立っている翔汰に差し出すように、首を伸ばした。
翔汰の苛立ちと不安の矛先が再び平川へ、向かう。
……待てよ、こういう言い逃れはどうだ?
急に、翼の中が痒くなって、勢いよく翼を広げてしまった。それが偶然、運悪く、平川の頭を飛ばした。……想定外の事故だと。
(さっと血が吹き出て、生首が横に飛んで、テーブルの上を転がったら、こいつら、どんな顔するなろうか?)
「タナトスが急に消えたから、ショウタ君はナーバスになってるんだよ。平川くん、デリカシー無さすぎ。一番きれいなミュータントにこれ以上意地悪したら、女子に嫌われるよ」
今度は里奈が喋ってる。
声が耳元で聞こえるのは、いつの間にか立ってるらしい。
里奈は、
どういう意味だか翔汰の翼に指を入れてきて……下方向に力を加えた、
「えっ……?」
細い指が錐のように、ミュータントの急所をグイと突く。
その力は強く、立っていられない。
翔汰は座るしかない。
前に来夏が(あの女もサイボーグだ)と言っていなかったか?
里奈は座っている。
優雅に足を組んで、肩に掛かった長い髪をさっと払って皆に笑顔を向けている。
翔汰はその横顔から、目が離せなかった。
「ショウタ、そんなにリナを見つめるな」
清司がふざけた風に、自分の皿のミニコーンを翔汰に投げつけた。
来夏が大げさに笑う。
「もうタナトスの話はこれくらいにして、みんな、食べようよ。昼休み終わっちゃうよ」
里奈は皆にいうと、また翔汰の翼に指を伸ばす。
あの痛いのを、くらいたくない。
翔汰は素直に割り箸を手にした。
口に入れたトンカツを、旨いと感じた。
里奈に制御された屈辱感はなかった。
サイボーグじゃない。
絶対に旧人類じゃない。
そして女でもない。
初めて身体に触れ、間近に見て解った。
……ミュータントだ。
翼は初めから無かったのか?
何故、女の外観をしている?
「ショウタ、また目がリナの方にいってる。ちょっかい出したら、セイジにぶん殴られるぞ」
来夏のからかいにも腹が立たない。
コイツは、リナが何者か知っているんだと推測する。
前に、山田と同じサイボーグで<刺客>かもしれないと怯えていたくせに、今はすっかり馴染んでるじゃないか。
もちろん清司も、知っている。
「ショウタ、油断してたら、スカーフェイスに羽根をむしられるぞ、」
唐突に、清司が翔汰の後ろを指差した。
「スカーフェイス?」
何の事だと振り向く。
一列向こうのテーブルに香川幸が居た。
避けるように周りは空いている。
顔に傷があるから、スカーフェイスは解る。
羽根を毟るとはなんの事か?
「お前は、まだヤラレテないんだな。そんでもって、周りに無関心だから知らなかった、らしいな」
清司が声を潜める。香川幸に聞こえないように。
「アイツ、ミュータントの羽根を集めてるんだ」
と、来夏が忌々しそうに香川幸に聞こえる声で言った。




