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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
2/50

翔太1

 タクシーから降りて、すぐ

「俺、腹減った。サンドイッチ食いたい」

 翔太は言う。


 息子の声は、キャリーバッグを二つ引きずって前を行く祐子に届いた。


 祐子は一瞬立ち止まり、

「何か言った?」

 汗ばんだ顔で聞いた。


 翔太のケープコートが揺れる。

 生地は紺。詰め襟の左には金色の刺繍。

 二枚の羽がXの形に重なっている。


 特別生の翼に合わせてケープはギャザーがたっぷりとってあった。

 前にボタンは無い。

 さっと捲ればすぐに翼は自由になる。


「コンビニに行ってこようかな。途中であったよね」

 右手で、さっとケープをまくり、母に片翼を見せる。


 祐子の顔色に恐怖が浮かぶ。


「駄目よ。飛ばないで。違反行為は止めて。わかった。買ってくるから。待ってて。いつものヒレカツサンドでいいのね」

 言って時計を見る。

 

 入寮手続きは、午前11時迄だ。


 走ってコンビニを往復して、ギリギリ間に合う。

 つまり、息子のマガママを撥ね付ける理由が無い


「アイスオーレもね」

 と、翔太は母の背中に言う。


 不安げな顔で一度振り返り、タクシーで来た道を走って戻った。

 キャリーバッグとミュータントの息子を鋪道に残して。


 翔太は<聖カストロ学園>の塀を見上げていた。


 光沢のある水色の壁だった。

 空の色を真似ている。

 遙か上に

 白い雲、飛行機、虹も、よく見れば描かれていた。

 高い、高すぎる壁だ。

 塀の向こうに40階建てのビルがあっても分からない。


 鋪道も道路も向かいの街にも

 塀の影が落ちていた。


 塀を見上げ、生まれ持った本能で、ケープに隠した翼がムズムズしてきた。


「立派なバードゲージじゃないか」

 今日から(塀の内側で)自由に飛べる。

 代償に、密かな楽しみを制限されてしまうが。

 

 道路の向こう側に目をやる。

 両側二車線で中央に植え込みがあり、広い。

 

 正面のビルの屋上に女が一人いる。

 洗濯物を干していた。

 小柄で痩せたオバサンだ。

 7階建ての病院だった。

 ざっと見たところ、周囲にそれより高い建物は無い。


「ちょっと遊べるかも」

 コンビニまで2キロ。

 母は暫く戻れない。


 翔太は道路を渡り、病院とマンションの間に入っていった。

 薄暗い路地に面した窓は無い。

 ケープをめくり翼を広げる。

 テクニックがいるけど、飛べる幅だと確認する。


 誰にも見られていないのも瞬時に確認して、

 垂直に屋上まで飛んだ。

 

 女の前に舞い降り、微笑む。

 女は、当たり前だけど驚いた。

 初めに、恐怖が女の口を歪ませた。

 しかし、それは一瞬だった。


「エンジェル? 」

 おそらく、実物のミュータントを間近で見た事が無いのだ。

 作り物のような細い整った輪郭と、

 横に長い睫の濃い目を、肉眼で見るのは始めてなのだ。

 女は翔太の全身を、とりわけ青い翼を一歩下がって、とろけるような目つきで眺めた。

 感動めいたモノに変わる女の瞳から目をそらさずに、翔太は、女の両脇に腕を入れて抱き上げた。

「ああっつ」

 気味の悪い声を出したけど、女は抵抗しない。

 ちょっと向きを考える。

 

 斜め後ろに飛んで、女の足と身体を柵に触れさせる。

 自ら柵を乗り越え落下したと見せかける為に。


 そして、手を離した。

 病院とマンションの隙間に、女は落ちた。 



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