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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
19/50

学園生活2

「ミュータントでショウタに敵う奴はいないな」


五組と六組が一緒の、体育の授業が終わるとセイジがつぶやいた。

<戦いごっこ>のルールは、自分の剣で相手の剣を折る。ただそれだけ。

剣が折れたら敗者となる。

簡単なようだが、発砲スチロール製の剣だ。

相手の剣だけ折るためには俊敏で的確な動きが必要だった。


「そう、なんだけど、アイツラは手強い」

アイツラとは、矢沢兄弟のことだ。

ミュータントでない飛べない二人は地上で、戦いを挑んで舞い降りてくるミュータントに応戦するだけ。

それでも、翔汰は一度も矢沢兄弟の剣を折れない。

二人の動きは旧人類のくせに、早い。

勝てない、のが翔汰には、面白かった。


入学式でカイの血を吸う姿を目撃したというのに、

矢沢浩一への憎しみも敵意も忘れていた。

面白い遊び相手だとしか、今は認知していない。

 

矢沢浩一は、翔汰や清司と同じクラスにいた。

大男で、見た目は怖い感じがする。

しかし、寡黙だが、常に穏やかな笑みを浮かべ、

時折、

「俺はみんなより、年くってるから」

と、年上で有ることを、自虐ネタにする。

つまり、いい奴だった。

クラスでは「おっさん」と呼ばれ一番の人気者だった。


「田坂ショウタ、お前は、ほぼ完璧なんだ。唯一の死角は左後ろ斜め下だな」

と、

いつの間にか矢沢教諭が、その大きな体を折り曲げ、翔汰に小声で囁いている。

翔汰はアドバイスに深く頷く。

矢沢教諭は、矢沢浩一によく似ていた。

容姿も、しゃべり方も、

外見の威圧感に恐縮しているような、優しげな佇まいも。


「吉川来夏、お前は左側が弱い。何でか? 自分で思い当たることはないか?」

ラナは矢沢浩一に肩を抱かれても、振りほどかない。


「……あ、俺、視力が左右めっちゃ差がある。そのせいかも」

素直に答える。

ラナも、矢沢兄弟の、飛べない旧人類と見くびれない、圧倒的な身体能力の高さを知っていた。


「じゃあ、俺はどうです? 俺の死角は多すぎて言えませんかね」

 青司は、矢沢教諭に聞く。


「奥地清司、力抜くな。……死角なんかないくせに」

と、清司の頭を一叩きして……行ってしまった。


「あはは」

翔汰が大笑いする。


清司は矢沢の言葉と、翔汰が笑ってるのに、気まずい。

「セイジ、手抜き、してんの、丸わかり、なんだって」

翔汰は面白くて仕方ないという風に言って笑う。

「そうなんだ」

と、ラナも笑う。


矢沢兄弟との<戦いごっこ>が面白くて、

セイジの手抜きの訳までは考えない。


「ショウタ、さすがだな、ダントツなんだ」

 屋上で、嬉々として今日の体育の授業の話をすると、

 鷹志は目尻を下げた。


「もっと強いミュータントと空中戦やりたいけどさ」

 ……鷹志と、戦いたい。

 黒い大きな翼で舞う姿が見たい。


「じゃあ、ショウタは、体育が一番のお気に入りなんだな」

「まあ、そうかな。けど、音楽部も、まあまあかな」

 翔汰はピアノに惹かれて、弾いてみようとした

 しかし、すぐに無理だと諦めた。

 次に、音色が気に入ったフルートを吹いてみた。

 これは容易く扱えた。

 銀の冷たい手触りも気に入った。


「それで、女はどうなんだ? ミュータントでない女は、やっぱ、全部無理か?」

(この夜に限って、鷹志は質問めいたことばかり言っていたと、後になって翔汰は思った)


「音楽部にも、五組にも、いい女はいないのか」

 重要な事であるかのように問われて、

「不細工なんだけど、隣の香川幸は、面白い、かな」

 と、翔汰は答えた。


「旧人類の女だからな、不細工に見えるんだな」

 鷹志は頷く。

 翔汰の頭に香川幸の顔が浮かぶ。

 不細工、という表現は適切ではなかった。


「左の目を斜めに走る傷があって、左目閉じてるんだ」

「隻眼か?ゲームキャラみたいな女なんだ」

「うん」


 香川幸は入学式から一週間後に初めて登校した。


「その女の、見た目が面白いわけ?」

「そうじゃない。……あいつ、誰とも喋らないんだ」

 幸が授業で教師に答える以外、クラスメイトと話すのを見たことがない。


「それって、普通だろ? 顔面にデカいハンディあって、新学期のスタートに出遅れた。わざわざ声かける奴、いない。……お前、そういう痛い女子だから、隣で見てて、面白いのか?」

 ……ちがう、と翔汰は直ぐに心の中では否定した。

 しかし、何故、香川幸に興味を抱いているか、説明する言葉を選ぶのに、数秒かかってしまった。

 それ程に、幸の存在は自分の中で重いのだと気づく数秒でもあった。


「面白いのは、アイツが、周りにいる人間の存在を無視してるからだ。ああいうの、俺初めて見た。隣に座ってる俺の存在を、全然、意識していないんだ」


 香川幸は、この世界に自分しか存在していないかのように、自由にゆったりと動く。

 時折ため息をついたり、足を組み替えたり、頬杖をついたり、当たり前のしぐさの一つ一つが開放的で 屈託がなく……つまり、眺めていて心地良かった。


「右目は横に長くて睫が長いな。いっつも半開きで眠そうな感じ」


 翔汰は聞かれもしないのに、香川幸について語っていた。

「声は……アルトかな。静かで耳から入って下腹に届くような、不思議な声なんだ」


「面白そうな女だな。見てみたかったな」


 鷹志の声が、背後の高い位置から降りてきた。

 幸の事をぺらぺら喋ったのが、不意に恥ずかしくなり、

 翔汰は天を仰いだ。

 大きな赤い満月が、夜空に有った。


「月、デカすぎ、大地震の前触れかなあ」

 と思わず大きな声がでた。

 しかし、答える声はない。


(じゃあ、そろそろ寝るか)

 いつもなら言う言葉もなく、

 鷹志は消えていた。


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