映研2
「そこの、ミュータントの二人が、映研に入ってくれたんで、夢のようです。リアルミュータントで撮りたい。お願いします」
平川は頭を下げる。
皆が拍手する。
「セイジ君、主役のオファーだよ。もちろん受けてくれるわよね?」
リナが側に来て、セイジの腕を引っ張る。
白い指が触れた。
そこだけ、体温が上がるのをセイジは感じる。
……リナは俺がもらう。
翔太に喋ったが、
それは、かつて教官に教わった適切な言葉を使ってみただけ。
リナに感じる安心感は、同じく教わった<異性への欲望>なのか?
学習したから、リナが美形とは理解している。
しかしセイジはリナの形など、どうでもいい。
目を閉じても、リナと触れ合ってるエリアが熱くなってるのを感じる。
この、温かく甘ったるい感覚は、何なのか?
ミュータントに女は居ないから
翼は無いが顔や、身体が自分に近いリナを女と感じてるのか?
と、問うたが、
……否だった。
セイジはリナと語り、身体が触れるだけで、満足だ。
その先への欲情は、全く無い。
「ミュータントは男子しか産まれなかった。女はゼロ。
では君たちは、ミュータントで無い、翼の無い人間の女を異性と認識し、いずれ交わり子孫を残すのだ ろうか? 日本中が気にしてる。ミュターント二世とでも呼ぼうか。
いったい、その子は翼があるのか、とね」
施設で若い教官と交わしたやりとりが頭をよぎる。
セイジは、ミュータントに性欲が有るのか、疑っている。
男しかいないのは、子孫を残す役割が与えられていないからではないのか?
ならば、女を求める本能は、初めから組み込まれていない、その可能性もあると。
「ねえ、自己紹介くらい、してもいいんじゃない?」
皆の視線が自分に集まっている。
<自己紹介>を待ってるらしい。
大勢に見つめられるのは苦手だ。
慣れていない。さっさと終わらせたい。
「五組の奥地青司。そいで、こいつも五組、吉川来夏、よろしく、な」
ラナは背中を向けたまま、ふん、と鼻を鳴らす。
平川が拍手する。
他の連中も、歓声を上げながら、また拍手。
平川がこっちへ来る。
「背が高くて、イギリス人っぽいのが、奥地君で、そっちの、インド人っぽいのが、吉川くん、ですね。……吉川君、皆に顔を見せてくれるかな」
平川は、小柄で小太りに黒縁眼鏡。
ぱっとしない外見だが、間近で見ると、目つきが鋭い。
低姿勢を装っているが、喋り方にも、どこかしら威圧感がある。
ミュータントを、少しも恐れていない。
平気でラナに近づき、その羽根に触れようと、した。
「やめろ」
セイジは平川の腕を掴んだ。
……触るな。ラナは、お前が触れるのを許さない。
しかし、ラナが同時に動いたのも察知した。
……遅かったか?
いや、ラナの翼は半開きで停まっている。
翼で平川の顔面を狙った、途中の状態で。
……間に合って良かった。
と、セイジは思った。
が、
肩越しに振り返ったラナの顔が青ざめていた。
食い入るように自分の翼を見つめて……視線を追うと、リナが羽根の中に指を突っ込んでいるではない か。
「ラナ君、ほら愛想良くしてよ、お願いだから、」
小首を傾げ微笑む。
……まさか?
リナが指を入れているのは、翼の付け根の、骨の間だ。
そこを、鋭い爪で突き上げているのだとしたら、ラナは翼を動かせない。
ミュータントの急所の一つだ。
……なぜ、リナは、それを知っている?
しかも俺より早く動けた?
セイジはリナの横顔から、暫く目を離せなかった。
「あの女も、山田と同じだ。サイボーグだ」
ラナが、夕食の時間にぽつりと呟いた。
目はうつろ。食事に手をつけない。
映研で、リナに翼を掴まれてから、側に居るセイジが話しかけても、唇を噛みしめ、黙り込んでいた。
「コイツ、何言ってんの?」
翔太はセイジに説明を求める。
「リナに、指二本で制御されたのさ」
セイジはふざけた調子で答える。
「そっか。あの女も山田と同じ義手だったのか。……じゃあ、ラナを捕まえるために、映研部とかに、お前 らを誘ったんだな。」
翔太は、ラナを地下のラボに連れて行くくらいのことで、
随分面倒な話だと思った。
「違う。リナはサイボーグじゃないって。……あれは合気道か空手の技だった。
状況から考えて、ラナ、お前を助けたんだ。
もし、リナが止めなかったら、お前は、平川の顔面潰してた。そんな事したら、警察に連れて行かれる だろう?」
セイジの説得に、呆けていたラナの顔に、少し知性が戻る。
「大丈夫、リナは敵じゃ無いって。俺が守るから、心配するな」
セイジは、オムライスを美味そうに食べながら言う。
しかし、翔太には、リナが<刺客>の可能性はあるように思えた。
大事なサンプル候補を、警察に盗られたら困るから、正体がバレる危険をおかしてでも、ラナを止めた のかもしれない。
……セイジも、そんなことくらい承知の筈だ。
「あの女が怖いんなら、音楽部に来いよ。俺がお前を守ってやる」
ラナを事故に見せかけて殺すくらい、たやすい。俺がいつでもやってやる。
翔太は、鷹志に地下のラボを見せて貰ってから、すっかり学園側の人間に、なっていた。
自分では気付いていない。
だが、セイジは翔太の変化を察知していた。
コイツは、翔太は、ラナを守る気などない、と。
「音楽部だってさ。どうする? タナトスが、いるぞ」
ラナは、食堂で見た鷹志を思い出したのか、
身震いして、首を横に振る。
「じゃあ、映研の皆と、ちょっとは仲良くするんだな」
セイジは、目尻を下げ、ことさらに優しくラナに言う。
ラナは、いまだフォークを握ろうとせず、険しい目を……翔太を向けた。
「ショウタ、あんな化け物と、何でつるんでんだ?」
「お前、それ、鷹志の事か」
ミュータントなのに、黒い翼、だから、化け物か。
自分が侮辱されたように、頭に血が上る。
「化け物じゃなかったら、悪魔だろ。それとも、お前も、馬鹿な旧人類達のように、救世主と思ってるのか。それで弟子のつもりで、くっついてるのか?」
「はあ? お前、何いってんの」
化け物の次は悪魔に、救世主。
予想していなかった、言葉に、翔太の怒りは困惑に変わった。
セイジは、翔太の反応に驚いた。
そして、何も知らないのだと、理解した。
鷹志・カストロは、今、ネット上で一番検索されている。
黒い翼、黒髪の異形のせいではない。
聖カストロ学園の入学式は、日本中に配信され、
リカルド・カストロ学園長が、車椅子で登場する姿は、何度もニュースで流れた。
そこから、鷹志の存在自体に疑問が持たれている。
かの超津波の日に受胎した命に限って、翼のある赤ん坊として、この世に生を受けた。
日本中が、世界中が知っている事実だ。
だが、鷹志の父は、超津波で、下半身不随になったのだ。
彼は、どうやって、身体にダメージを受けた、まさにその日に、妻を受胎させることが出来たのだろう か?
多くの人々が、同じ疑問を抱き、調べ、暴いた。
すぐに、
鷹志・カストロの出生日が明らかにされた。
ミュータントの受胎日3月10日の、10ヶ月前、8月10日だった。
鷹志は、超震災以前に、受胎しているのだ。
セイジは、何も知らない翔太に、なぜ、鷹志が救世主、あるいは悪魔と名付けられているのか、説明した。
「俺たちミュータントは、未曾有の天災に遭遇した恐怖が生んだ、突然変異だと、一応、説明されてるん だ。
津波の恐ろしさが、子孫に羽根を与えたいという、強い願望……というか、意思になり、遺伝子を組み換 えたんじゃ無いかと推測されている。
実際は、まだ何一つメカニズムは解っていない、仮説らしいけどな。環境に適応する為の突然変異は、 現存する科学の範囲から外れていない。
……ところがだ、タナトスの存在は、この推測を、根本から覆してしまったんだ」




