映研1
音楽室に、ぞろぞろと女子達が入ってきた同じ頃、
映研部の部屋にも、大勢集まっていた。
本館と平行に建つ三階建ての北館がクラブ棟。
映研部の部室は二階にある。
セイジとラナは、
皆に背を向け、机に腰掛けて、
どんより曇った空を眺めていた。
「では、チャイムが鳴りましたので、は、始めさせて頂きます。えーと、まず、自己紹介ですね。こ、顧問の私から、ですね」
3組担任、前川の声は小さい。
「3組の担任で国語を担当しております……」
「ショボい爺さんが、顧問だって。笑えるな」
セイジは隣のラナの翼を突っつく。
ラナは、びっくりしたように翼を一回広げ、また閉じる。
緊張しているんだと、セイジは判る。
「ラナ、心配するなよ。山田が言ってたサンプル候補の話は、もう忘れちまいな。映研部に集まってきた連中は、大丈夫、全く恐れる必要はない。唯の、弱い旧人類しか、この部屋には居ないじゃないか。気配でわかってるだろう?」
セイジは面倒くさいのを我慢して、ラナに語りかけた。
俺が側にいるのに何を怯えてる?
気の小さい奴だ。
でも、とりあえず、優しい顔で機嫌をとって、ラナが面倒を起こさぬよう働きかけている。
部活とやらも、面白そうだから、他の部員と諍いを起こしたくないのだ。
セイジは少学校も中学校も知らない。
一日も通っていない。
学校だけでは無い。
スーパーマーケットも、駅も、レストランも、行った事がないのだ。
半年前まで、両親以外の人間と、接触したことすら無かった。
セイジは、狭い場所に監禁されて育った。
<青い髪、青い翼、何て綺麗なんでしょう。お前は、特別な存在なんだから、自由にしていいのよ>
それが母の口癖だった。
<いいか、ミュータントは頭の構造が、違うんだ。
俺たちと頭の回転も身体の動きも、速さが違う。
父さんは、お前の速度について行けない。お前は、父さん達を見ていると、スローモーションみたい で、まどろっこしい。
自分と感覚も思考速度も違うなかに、一人居るのは辛いな。
全然面白くないな。無理に、父さんたちに合わせなくていいんだ。
学校にもミュータントはいない。大勢の普通の人間の中でお前は孤立する。
だからな、行かなくていいんだ>
父は常に穏やかな笑顔を浮かべていた。
セイジは両親を、冷たいガラス越しに見ていた。
セイジの部屋は、14階建てマンション最上階のベランダだった。
外から見えないように、外へ飛んでいかないように、ベランダはスレート材で囲ってあった。
ポータブル便器と簡易シャワー。ビーチで使う折りたたみ式のベッド。
他に何も無い。
母にも父にも触れた記憶はない。
ガラス戸には常時鍵がかけられていた、
母が、食事を入れる時だけ開ける。
日に一回か二回、菓子パンと、紙パックの飲み物をステンレスのトレイに載せ、
トレイの幅きっちりに 戸を開けて、差し入れられた。
それ以外に、両親がセイジにしたことは、写真や動画を撮ることだ。
全裸のミュータントの動画は、結構な収入になった。
ベランダに面した居間には、テレビが置いてあった。
セイジの為に、付けっぱなしになっていた。
<お前は賢いから、世の中の事はテレビを見ていたら、全部わかる>
……鳥のように、檻にいれられ、鑑賞されている。
次第に自分の置かれた状況を理解した。
柵を破って脱走したのは、たった半年前のことだ。
すぐに通報され、騒ぎになった。
警察だか自衛隊かに、荒っぽく捕獲された。
両親は、厳重注意を受けた。
その夜、父は息子を鎖で繋ごうとした。
セイジは、犬用の鎖で繋がれるのが嫌だった。
それで、反射的に、阻止した。
持って生まれた凄まじい力で、あながった。
父と母は怯えた。
マズイ事をしたかも、と、その時は思ったのだ。
それなのに、気が付けば、父を掴んで夜の空へ飛び、地上へ落とした。
なぜか?
父がセイジに向かって殺虫剤を噴射したから。
黙って、延々と、噴射し続けた。
<俺は害虫か?>
セイジはキレてしまった。
初めての殺人は、母以外に目撃者はいない。
母は夫が死んだと同時に狂った。
膝を抱えてしゃがみ込んだきり、動かない。
身体を硬直させ、目を見開き汚物を垂れ流し……
醜悪で、見るに堪えない。
だから、母もベランダから落とした。
警察に連れて行かれた。
だが、一言も喋りはしない。
テレビのおかげで黙秘権を知っていた。
「ベランダに、ずっと監禁されていたんだね?」
その質問にだけは頷いた。
どういう経過かセイジは知らないが、身柄は警察から国の役人へ引き渡された。
「君の両親は、ミュータントを育てられる器では無かった。
珍しい事じゃない。
君たちは生後一年で、飛べるようになり、同時に流暢にしゃべり出す。
知性と精神力レベルが低い親は、この時点でパニックになり、隔離しようとするんだ。
閉じ込めたり、鎖で繋いだりして放置する。所謂、育児放棄だ。
親は選べない。運命だと諦めるしか無い。
……とにかく、君は失われた時間を取り戻さなければいけない。
劣悪な環境のせいで君は発育が遅れてる。訓練が必要だ。
すこし厳しいカリキュラムなる。
成し遂げれば、半年後には、ミュータントの仲間が大勢いる高校に入れる。他に選択肢はない」
セイジは、どことも知らされず、
森の中にある国の施設に連れて行かれた。
あてがわれた部屋は、広く天井が高く、翼を広げ、羽ばたくのが可能だった。
そして、コーチが二人付いた。
一人は若い男で、ミュータント並みに頭の回転が速かった。
義務教育で受ける筈だった勉強、ゲーム、スマホ、同世代の普通の会話……全て教えてくれた。
もう一人は合気道の達人という初老の男で、様々な肉体訓練のサポートと、退化した筋肉を正常に戻す ためのマッサージを毎日施した。
セイジは二人のコーチに心を開き、信頼した。
生まれて初めての幸せで充実した半年だった。
「セイジ、君は優秀なミュータントだ。自信を持っていいんだよ」
二人に言われて、セイジは嬉しかった。
聖カストロ学園の寮に入る前夜、
たった三日前のことだ。
セイジは、二人のコーチに、初めから生理的嫌悪感など無かった。
翔太やラナが、彼らを毛嫌いするのが、実は不思議だった。
他のミュータントも、表情や気配から、<旧人類>を生理的に受け入れられないのは学園に来てわかった。
自分だけが違うらしい。
なぜかと考え、
多分、特殊な生い立ちのせいなのだろうと思っている。
「3組の平川です。僕は、ジャンルでいえば、スプラッターを撮りたいです。
えーと、監督志望です。シナリオも書いてます。
どういうストーリーかというと、ミュータントが人間を、次々に殺戮していって……」
あつく語る声と、皆の笑い声に、セイジは振り向いた。




