音楽室
「音楽室は地下一階に作らせた。そいで、その下、地下二階がラボ。お前にカイを見せてやる」
翔太は鷹志に抗えない。
怖いからか、惹かれているからか、自分でもわからない。
「ここが音楽室」
グランドピアノと一クラス分の机。
部屋の広さは教室の二倍。
壁の一面は棚で、ケースに入った楽器らしいのが置かれている。
他の壁は黒い幕で覆われていた。
「昼休みが終わったら、音楽部志望のやつらが、やってくる。その前に、ラボを見せてやる」
鷹志は、グランドピアノの後ろの壁を覆っている黒い幕の一部を開いた。
秘密のドアが現れる。
タッチパネルのような物に、鷹志は顔を近づける。
網膜で選別する「鍵」らしい。
秘密の扉の先には、階段があった。
随分長くて、幅が狭い。
翔太は、心の準備の無いままに鷹志についてきたので、
「お前、タナトスって呼ばれてるんだな」
何か言わなければと、
初めて口から出た言葉が、コレだった。
階段の途中だった。
「ショウタはタナトスが何か知ってる?」
「当然だろ。黒い翼に黒髪。確かに似てるな」
「それは、ゲームキャラのタナトス。元は死に神って知らないだろ?」
先に階段を降りる鷹志は振り返った。
「うん、知らない」
と正直に答え、
鷹志の表情に、ミュータントでない、旧人類達が時折浮かべる意味不明の表情を見た。
母が時折見せた表情に似ている。
自分が高熱を出したとき、
小学校に行かなくなった初めの頃、
そして聖カストロ学園の校門の前で、二日前に見た顔に。
……そんな顔、するな。なんかいやだ。
狭い階段は二度折れ曲がり、銀色のドアが見えた。
鷹志が前に立つと同時に、白衣でマスクの男がドアを開ける。
「タカシ様。いらっしゃいませ」
白衣の男は頭を下げる。
予め知っていたかのように、翔太の存在に驚いた様子も無い。
ドアの向こうには仕切りの無い、広い部屋が出現した。
数人、何やら仕事中なのが、揃って立ち上がり、鷹志に一礼する。
「すごいな、お前、此所では権力者なんだな」
翔太は、また、感じたままを声に出す。
「いや、権力はない。あるのは自由だけ」
と鷹志は笑う。
翔太は、鷹志が学園長の息子と知ってから抱えていた不快感が、薄くなっていくのを感じた。
「ラボに洗濯機があるのか? 」
実験室など実際に入るのは初めてだ。
目に付くモノ全てが面白い。
「それは、遠心分離機だ」
「何、それ?」
「自分で調べろよ」
広いラボの中を進んでいく。
「お前のトモダチのカイ、はあそこ」
と鷹志。
裸体のミュータントが、透明のケースに置かれている。
小太りの身体が記憶にあるカイに合致している。
近づくと冷気を感じる。
ケースの中は低温なのだ。
山田礼子が、カイはサンプル保管室の冷蔵庫に保管されていると言っていた。
映画かなんかで見た、ステンレスの引き出しに隠されてるイメージでいた。
が、随分違っている。
カイは眩しいくらい明るいラボに、博物館の展示物のように、全身をさらしていた。
赤と青の細いコードに取り囲まれて。
「死んでないのか?」
うじゃうじゃしたコードの一方の端は、クリアケースの外に置かれた器具へ、
もう片方はカイの主要な動脈に入っていた。
「脳死状態。植物人間っていうやつ」
「ふうん」
カイを哀れむ感情は沸いてこない。
居なくなったカイが、植物人間であれ、生きて、眠っている状態で、存在していたことが意外だった。
「カイは、暫くこの状態。で、二日前に墜落死、したヤツは、あっちに置いてる」
ラボの突き当たりに、
カイのケースと同じ透明だが小ぶりのが並んで居る。
頭、翼、腕、胸部……それぞれのパーツが、それぞれ数個に、分けられていた。
「ばらばらじゃん」
翔太は、金沢で見た轢死体を思い出した。
生きていても醜い旧人類の老婆が、グシャグシャのバラバラで醜くて臭かった。
比べて、目にしているミュータントのバラバラ死体は、美しい。
マネキン人形のように、硬質で艶がある。
血液は抜き取られ、肉片は洗浄されているからか、赤い液体は一滴も付着していない。
そのくせ、腕の輪切りは綺麗な円柱形、顎から首のラインも皺もくびれも無い。
細切れにされても、若々しい張りを保っている。
「コイツは、さすがに死んでる、な」
今にも動き出しそうな右手(手首で切断されている)を指さして
翔太は聞いた。
「ソイツは一昨日、タワーの制御装置に引っかかって……、運悪く失神して墜落死しただろ。二十四時間経過しても、死後硬直はなし。腐敗もしない。切断しても生きてるかのように各パーツは形を崩してない」
大きな鷹志は、指さすミュータントの細切れのサンプルに、我が影を落としていた。
「突然変異だから、人間とは違うのか?」
「うん。違うのは確か。どう違うのか、この人たちが調べてる」
コノヒトタチ?
こいつら、と呼ばないんだ。
……鷹志は学園長の息子だから、学園の旧人類達と友好的な関係を装う必要があるんだ。
と、翔太は理解する。
ミュータントが、翼の無い醜い奴らと、付き合うのは苦痛だろう。
可哀想に。
鷹志に<同情>する。
「ミュータントが病気や怪我になったとき、対応できるように、だ。つまり、この人達は、俺たちの為にしてくれてるんだ」
耳元で鷹志は囁く。
成る程、俺たちの利益になるんだ。
そういう事情も有るから、鷹志が「コノヒトタチ」と呼んでるんだ。
翔太は、昨夜からのモヤモヤがすっかり晴れた。
自分は鷹志に従えばいい。
「で、なんで音楽部なんだ?」
階段を上りながら翔太は聞く。
「それはラボを守る為さ。万が一の侵入者に備えて、お前が番をしろと、親父に言われたんだ」
親父?
学園長、の事だと頭では解ってる。
でも驚いた。
鷹志は、旧人類の父親と友好的な関係なのか?
ふと、自分の<父親>を思い浮かべる。
不細工で、トロくて、怯えた目をしていた。
……ショウタ、妹達に触らないでくれ。な、唯一つの父さんの頼みだから、お願いだから、聞いてくれ……
言い続けてたっけ。
翔太はそんな事に意識が逸れたので、広いラボの出入り口に、狭い階段と小さなドアが不釣り合いだと疑問を抱かなかった。
この階段ではラボの器具を搬入出来ない。
他に、出入り口はある筈だ。
それなら、わざわざ音楽室から通路を作ったのは何の為か?
学園内でサンプルを捕獲し、ラボに運ぶために必要なルートだと、考えなかった。
「何人来るかな」
鷹志はグランドピアノの前に座る。
翔太は室内をブラブラ歩き、
張り巡らされた黒いベルベットのカーテンを眺めた。
「タカシが居たら怖がって誰も入ってこないぞ」
「なんで?」
「さっき、食堂で、こーんな顔してたから、皆びびってた」
翔太は、タカシの形相と気配を真似て見せた。
「ホントに? 俺、そんな怖かった? お前探すのに、マジになってたから」
鷹志は目を伏せた。
余計なことを言ってしまったと翔太は後悔する。
「誰もこなくても、よくない?」
翔太は二人だけの方がいい。
「それは、マズいんだ……ショウタ、その、ドアを開けて、立っとけ。勧誘しろ。お前は綺麗だから、女が来るかも」
「呼び込みしろって? マジかよ」
驚いた。
でも言われた通り、翔太はドアを開けた。
階段の上に居た女子と目が合う。
「うわー、五組の美形が出てきた」
丸い顔に丸い目、幼児顔で幼児体型の女子が叫ぶ。
すぐに数人集まる。
「ここ、音楽室だよね」
「田坂くん、は、音楽部に入るんだ」
「ねえ、もう決めたの?」
馴れ馴れしく話しかけてくる。
「う、」
勧誘するんだ。で? 何て言えばいいんだ。
言葉が出てこない。
しかし、
翔太は何も言う必要は無かった。
突然のピアノの音に、
騒いでいた女子は黙った。
誰もが知っているゲームのメインテーマだった。
耳にすればテンションが上がる名曲が、
グランドピアノの生演奏なんだから、ど迫力で、トリハダがたつほど、かっこいい。
……鷹志が、二人でやり尽くしたゲームの曲を、弾いてるのか?
「うっそー、タナトスが弾いてるよ」




