食堂
「学園長の息子で、黒いミュータント。タナトスは超有名人、らしい」
セイジから知らされて、
翔太は不快だった。
翼の無い人間に感じる生理的嫌悪感とは違う。
イライラでも
腹立たしいのでも無い。
なんと名付けたら良いのか解らないマイナス感情だ。
鷹志のせいだとは、わかっている。
しかし鷹志の何が不快かわからない。
学園長の息子だと、教えてくれなかったからか?
驚きはしたが、咎める理由はない。
自分も鷹志に、姓が田坂と、わざわざ知らせていない。
「ショウタ君、タナトス様も、映研に誘ってくれません? トモダチなんですよね、」
リナが、自分に話しかけている。
と、理解するまで数秒かかった。
朝になっても不快感は消えなかった。
何も考えられない。
午前中、オリエンテーションとかいうのに、参加した。
講堂に座って半ば目を閉じ、ぼんやりしていた。
何も見ていない。聞いても居ない。
気がついたら、食堂に居る。
セイタとラナがいる。
綺麗な顔立ちのリナ、あと二人の女、六人グループで固まっていた。
「ねえ、ショウタ君、お願い」
リナの隣に座ってる女が、手を合わせる。
平坦で気味の悪い顔を直視してしまった。
馴染んだ生理的嫌悪感がわいてくる。
何で、コイツ、馴れ馴れしく話しかけてくる?
だいたい、旧人類の女と、どうして一緒にいるんだ。
「ショウタは女子と喋るのに慣れてないんだ、悪いな」
セイジは笑っている。
ラナは、自分と同じように、翼の無い女達と一緒にいるのが、落ち着かない様子だ。
辺りを見渡すと、広い食堂にミュータントと一般生は、別れて、それぞれ数人で固まっている。
それが当たり前だと思う。
セイジが変わったミュータントなのか、
それともリナが他の旧人類と、何かが大きく違っているのか?
「ショウタ、話聞いてたか? 俺たちは、どこかの部に入るんだ。規則だから。映研は一番楽そうだ」
午後には、早速希望するクラブの部室に移動するのだ。
「そいで、おトモダチ、のタナトスも誘う。な、頼むよ……あ」
セイジは、お喋りの途中で立ち上がった。
顔が引きつってる。
「タナトス様だ」
「ち、ちょっと、こっちに来る」
周りがざわめく。
「鷹志?」
翼は少し開いている。
それで余計大きく見える。
誰かを探してるのか……黒目が水平に動いている。
黒い翼に触れるのを恐れるかのように、皆が、さっと動く。
鷹志は、翔太を確認すると、真っ直ぐこっちに向かってきた。
立っていたセイジは「うわ」と言いながら、そのまま、二三歩後ずさった。
鷹志が、怖いから。
ラナは、酷く驚いた様子で、鷹志を見上げている。
リナは立ち上がって、何故だか、頭を下げた。
連れの二人の女子は、抱き合って、縮こまっている。
鷹志の姿を、遠くに見つけた時点では歓声をあげていたのに。
翔太の側に鷹志は来ていた。
目が合う。
翔太が知ってる目つき、になる。
一瞬前までと全く違う優しい目だ。
身長は百九十近い。
漆黒の翼は大きい。
髪も漆黒。
眉も長い睫も黒々としている。
切れ長の横に長い目、高いギリシャ鼻。
形の良い顎は、縦に薄い筋が入っている。
ゲームかアニメの美形キャラの顔だ。
それが、
翔太と目が合うまでは、恐ろしい顔つきだったのだ。
無表情で、大きな目の、黒目だけが、異様に速く水平運動し続けて……。
しかも、ミュータントの中で身体能力が高い翔太でさえ、背筋がさむくなる程、強烈なパワーが露わになってる感じだった。
セイジもラナも、初めて、怖い鷹志を目の当たりにして、
ビビってしまったようだ。
ミュータントだけではない。
リナたちも、鷹志に対面して、思わぬ恐怖に凍り付いてしまったらしい。
鷹志は黙って、左手を少し上げた。
同時に翼が一度大きく拡がって、ピタリと閉じられた。
翔太に、立て、付いてこいと、いうように。
食堂を出て行く鷹志と翔太を、
出口に近い席で、山田礼子は見ていた。
「田坂翔太は、鷹志様と、今、食堂を出ました。」
と、メールを送る。
「息子は、上手くやってるのか」
学園長から、すぐに返信が届く。
「そう、見受けられます。田坂翔太と吉川来夏の接触時間は減るでしょう」
夏休み中に、吉川来夏をサンプル保管室に送る。
礼子に与えられた任務だ。
奥地青司と田坂翔太は吉川来夏と同じ十二階、クラスも同じ。
三人が同じ部に所属してしまうと、
常に三人一緒になってしまう。
サンプル捕獲に都合がわるい。
特に田坂翔太は厄介だ。
戦闘になれば勝てる自信が、礼子には無かった。
他の潜入員でも、一人では危ない。
「田坂翔太を、一人で制御出来るのは鷹志様だけです」
翔太だけではない。
鷹志は、この学園のミュータント全てを制御出来る。
いましがた目撃した、鷹志へのミュータント達の、ただならぬ反応で、確信した。
「奥地青司の制御は阿部で大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
礼子は阿部里奈の、美しい横顔を遠目に眺める。
……うまく化けている。
美形の女子高生に見える。
奥地青司は全く警戒していない。
彼は……、他のミュータントも魅了するに違いない。
「地下?」
本館の東階段は地下に続いていた。
音楽室に行こう、と鷹志は言ったのだが……。




