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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
13/50

タナトス

「リナ、だっけ。あいつは俺が貰うからな」

 チキンカツを細かく切り分けながら、セイジが言う。

 顔がにやけている。


「リナ? 何言ってんだよ。俺は、カイの話をしてたんだぞ。

アイツが捕まってるサンプル保管室は何処 だと思うか、聞いてるんじゃないか」

 ラナは、夕食に殆ど口を付けていない。


「セイジ、本気で言ってる? 旧人類の女なんか、気持ち悪くない?」

 翔太は、そうは言っても、リナはミュータントに似た顔立ちだった、醜くなかったと判っている。


「ショウタ、お前、俺を無視するのか」

 ラナはセイジに対するより強い口調で、翔太に言った。

 ……成る程、コイツは俺をセイジの下に位置づけてるのか。

 と、翔太は判った。

 ……馬鹿だからサンプルリストに入れられたんだ。お前はな、同じく身体能力も思考回路もトロかった、カイがいるモルグに送られると、決まってるんだ。

 せいぜい、数ヶ月の余命の奴と話すのは、無駄かも。

 

 思ったままを口に出すのを翔太は堪えた。

 偶然とは言え、同じフロアで行動を共にする仲間だ。

 不快にさせたくはないと気遣った。

 同じ気遣いが、セイジにもあった。

 本音を、そのままラナにぶつけられない。


「カイは、どうなったんだ? サンプルって何だ? 知ってるなら言えよ。この俺が、次のサンプルにされるかも知れないんだぞ」

 ラナの声は甲高い。

 他のテーブルにいたグループが、注目する。

 彼らは、仲間が消えては居ない。

 サンプルのことも、知らない。

 だから、屈託のない笑顔を向ける。


「あれ、12階だよな。一人減ってるし、なんだかモメてる」

 と面白がっている。

 

 たとえ、首輪を付けられ、制約だらけでも、此所は居心地が良いのだ。

それは翔太も同じだ。

 カイの事は、もう考えたくない。

 顔を思い浮かべると嫌な気分になる。

「同情」に慣れていないから。


「ははは」

 とセイジが作り笑い。

「ラナは、びびってるんだな。担任の女先生が怖いんだ」


「お前らは、山田に勝てるのか?……アイツは、きっとサイボーグだ」


「サイボーグ?」

 ラナの言葉に、また周りが注目する。


「そうか、サイボーグなのか。解った。タイマンはヤバイってコトだな。三対一ならどうだ? それでも山田が勝つか?」

 セイジは声を落とし、ラナに真面目に語りかけた。

 周りの目と耳を気にして、この話を終わらせたがっていると、翔太は判った。


 ラナは、チキンカツを手で摘まんで口に入れる。

 咀嚼しながら

「三人でなくても、二人で勝てる」

 と答える。

「じゃあ、こうしよう。お前は、俺か、ショウタの側に、いたらいいんだ」

「お前で、いい」

 ラナは甘えた目つきをセイジに向けて頷く。


 コイツは、俺よりセイジの方が強いと……。

 翔太はドライカレーを平らげながら、吹き出しそうになった。

 セイジの足が「笑うな」と翔太の足をつっつく。


 セイジは、翔太の身体能力のレベルがミュータントの中でも特に高いと知っている。

 自分など、もし本気で戦えば瞬殺される。

 おそらく、他の寮生も見抜いている。

 ラナだけが、感知していない。


「……明日、部活を決めるんだよな。当然同じクラブだよな」

 ラナはセイジに聞く。

 安心したのか、次々に食べ物を口に運びながら。


「クラブかあ。運動部以外だよな。考えたこともないからな……ショウタは決めてるのか?」

「いいや」

 と答えて……、クラスが別でも、クラブで一緒になれる、と鷹志のコトを思った。


「俺はリナと同じがいい。明日の昼決める。食堂で会う約束したんだ。ラナ、もちろん、お前も来いよ」

 ラナは子供のように、うん、と頷く。



 鷹志は先に屋上にいた。


 片膝を立ててゆったりと座り、夜景を眺めていた。

 翔太は隣にしゃがむなり、今日の事件を一気に喋った。


「此所は監獄、俺たちミュータントは囚人。囚人の死体が献体になるのは、不思議なことじゃない。……でもカイは殺されたんだ。いつ死んだのか、判らない。講堂で、あの大男に血を吸われ、ぐったりしてた、けど、あの時点では、まだ生きていた、そんな気が、」

 鷹志は黙って聞いている。

 大男は誰だとか、聞いてくれない。


「担任が、サンプル保管室の、冷蔵庫の中だと言ったんだ、そんなヤバイことを、どうして俺たちに、わざわざ……」

 一人で喋り続けるのが辛くなってきた。

 恥ずかしくもなってきた。


 翔太が黙り込むと、

「心配なのか」

 鷹志が初めて口をきいた。

 優しい声にほっとする。


「同じ12階のヤツが、担任にサンプル候補と言われてビビってる」


「ショウタはサンプル候補じゃないんだろ?だったら関係ないじゃないか」

 笑って言う。

 

 違う、自分の身を案じているのじゃない。

 カイやラナへの同情は浅い。

 聖カストロ学園が、ミュータントに何をしようとしているのか、気になって当然ではないか?

 どうして、そんなに無関心でいられる?


 翔太の眼差しに、自分への不信感を察したのか、鷹志の笑いは止まり、

 不意に立ち上がった。


 翔太は心臓のあたりが冷たくなるのを感じる。

 気を悪くしたかもしれない……。


「ショウタ」

 頭の上から聞こえる声は低く、重い。

 何を言われるのか怖くて、顔を見れない。

 鷹志に嫌われたくない。

 視線は鷹志の金のチョーカーで止まる。

 鎖が太く長く見えるのは、下から煽るサーチライトの幻惑か?


「サンプル保管室は本館の地下二階にある。お前が行きたいなら、何時でも俺が連れて行く」


「……は?」

 あまりに想定外のことを鷹志が言うから、

 翔太の思考は停止する。


「それと、矢沢浩一と山田礼子は原則、お前に危害を加えないはずだ。任務じゃないから。でも、お前が、あいつらの仕事を妨害したら、怪我くらい負わせる。それくらいの戦闘能力はある。だから、吉川来夏を守ろうとか、思うな」


 翔太は、鷹志の言葉を幻聴のように聞いていた。

 鷹志の柔らかい大きな手は、自分の頭の上にあり、優しく髪を撫でている。


「混乱させたかな? 済まない。お前は利口だから、ちょっと考えたら色々なことが見えてくる筈だ。一人になって、頭を冷やして、今俺が教えた情報を理解するんだ。判ったか?」


 翔太は、現実感のない感覚に陥っていたが、無意識に、ゆっくりと頷いた。


「それとな、お前は音楽部に入れ。何故かと聞くなよ。……解ってるだろう?」


 ワカッテルダロウ?

 最後の言葉を照れくさそうに呟いて、鷹志は飛んでいった。

 音もなく、翔太を熱い風で撫でて。


 翔太は呆然と膝を抱えて、

 暫く静止していた。


「タカシ」

 呼んでも答えはない。

 消えたんだ。それとも最初から存在しない幻の友人だったのかと、

 そんな考えが浮かんでくる。


「タカシ、お前は、何者なんだ?」

 叫んでも、答えはない。


 スエットパンツのポケットに突っ込んだスマホが短く震える。

 セイジからラインが入った。

 ラナを除いた二人だけのラインだ。


「お前、もしかして、タナトスと居た?」


「タナトスって誰?」

「一組の黒い大きな。タナトス様と呼ばれてるんだ」


「タカシなら、今飛んでった」

「窓から見た。お前も部屋にいなかったし」

「俺の部屋を覗いたのか?」

「ベランダから会いに行ったんだ」

「いきなり来るな。ラインしろよ」

「うん。今度からアポとる。それと俺の事、タナトスに紹介してくれよな」


 篤志が、特別な存在で有るかのような、セイジの言葉だった。


「タカシって、有名人なんだ。黒いから目立つよな」

 漆黒の髪と翼の異質なミュータント。

 長身で端正な顔立ち……一目で魅了されたのは自分だけではないのだ。


「それに」

 と、セイジ。

 それに、何だと翔太は続きを待つ。

 なかなか来ない。

「それに、何?」

 と聞く。

 すぐに返事がない。セイジは考えている。どうしてだ?


「お前、もしかして知らないのか?」

 

 翔太は自分の手が汗ばんでいるのを感じた。

 皆が知っている鷹志のコトを、自分は知らない、らしい。


「タカシ・カストロのトモダチなんだろ?」


 タカシ・カストロ。

 それが鷹志のフルネーム。


 翔太は知らなかった。


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