タナトス
「リナ、だっけ。あいつは俺が貰うからな」
チキンカツを細かく切り分けながら、セイジが言う。
顔がにやけている。
「リナ? 何言ってんだよ。俺は、カイの話をしてたんだぞ。
アイツが捕まってるサンプル保管室は何処 だと思うか、聞いてるんじゃないか」
ラナは、夕食に殆ど口を付けていない。
「セイジ、本気で言ってる? 旧人類の女なんか、気持ち悪くない?」
翔太は、そうは言っても、リナはミュータントに似た顔立ちだった、醜くなかったと判っている。
「ショウタ、お前、俺を無視するのか」
ラナはセイジに対するより強い口調で、翔太に言った。
……成る程、コイツは俺をセイジの下に位置づけてるのか。
と、翔太は判った。
……馬鹿だからサンプルリストに入れられたんだ。お前はな、同じく身体能力も思考回路もトロかった、カイがいるモルグに送られると、決まってるんだ。
せいぜい、数ヶ月の余命の奴と話すのは、無駄かも。
思ったままを口に出すのを翔太は堪えた。
偶然とは言え、同じフロアで行動を共にする仲間だ。
不快にさせたくはないと気遣った。
同じ気遣いが、セイジにもあった。
本音を、そのままラナにぶつけられない。
「カイは、どうなったんだ? サンプルって何だ? 知ってるなら言えよ。この俺が、次のサンプルにされるかも知れないんだぞ」
ラナの声は甲高い。
他のテーブルにいたグループが、注目する。
彼らは、仲間が消えては居ない。
サンプルのことも、知らない。
だから、屈託のない笑顔を向ける。
「あれ、12階だよな。一人減ってるし、なんだかモメてる」
と面白がっている。
たとえ、首輪を付けられ、制約だらけでも、此所は居心地が良いのだ。
それは翔太も同じだ。
カイの事は、もう考えたくない。
顔を思い浮かべると嫌な気分になる。
「同情」に慣れていないから。
「ははは」
とセイジが作り笑い。
「ラナは、びびってるんだな。担任の女先生が怖いんだ」
「お前らは、山田に勝てるのか?……アイツは、きっとサイボーグだ」
「サイボーグ?」
ラナの言葉に、また周りが注目する。
「そうか、サイボーグなのか。解った。タイマンはヤバイってコトだな。三対一ならどうだ? それでも山田が勝つか?」
セイジは声を落とし、ラナに真面目に語りかけた。
周りの目と耳を気にして、この話を終わらせたがっていると、翔太は判った。
ラナは、チキンカツを手で摘まんで口に入れる。
咀嚼しながら
「三人でなくても、二人で勝てる」
と答える。
「じゃあ、こうしよう。お前は、俺か、ショウタの側に、いたらいいんだ」
「お前で、いい」
ラナは甘えた目つきをセイジに向けて頷く。
コイツは、俺よりセイジの方が強いと……。
翔太はドライカレーを平らげながら、吹き出しそうになった。
セイジの足が「笑うな」と翔太の足をつっつく。
セイジは、翔太の身体能力のレベルがミュータントの中でも特に高いと知っている。
自分など、もし本気で戦えば瞬殺される。
おそらく、他の寮生も見抜いている。
ラナだけが、感知していない。
「……明日、部活を決めるんだよな。当然同じクラブだよな」
ラナはセイジに聞く。
安心したのか、次々に食べ物を口に運びながら。
「クラブかあ。運動部以外だよな。考えたこともないからな……ショウタは決めてるのか?」
「いいや」
と答えて……、クラスが別でも、クラブで一緒になれる、と鷹志のコトを思った。
「俺はリナと同じがいい。明日の昼決める。食堂で会う約束したんだ。ラナ、もちろん、お前も来いよ」
ラナは子供のように、うん、と頷く。
鷹志は先に屋上にいた。
片膝を立ててゆったりと座り、夜景を眺めていた。
翔太は隣にしゃがむなり、今日の事件を一気に喋った。
「此所は監獄、俺たちミュータントは囚人。囚人の死体が献体になるのは、不思議なことじゃない。……でもカイは殺されたんだ。いつ死んだのか、判らない。講堂で、あの大男に血を吸われ、ぐったりしてた、けど、あの時点では、まだ生きていた、そんな気が、」
鷹志は黙って聞いている。
大男は誰だとか、聞いてくれない。
「担任が、サンプル保管室の、冷蔵庫の中だと言ったんだ、そんなヤバイことを、どうして俺たちに、わざわざ……」
一人で喋り続けるのが辛くなってきた。
恥ずかしくもなってきた。
翔太が黙り込むと、
「心配なのか」
鷹志が初めて口をきいた。
優しい声にほっとする。
「同じ12階のヤツが、担任にサンプル候補と言われてビビってる」
「ショウタはサンプル候補じゃないんだろ?だったら関係ないじゃないか」
笑って言う。
違う、自分の身を案じているのじゃない。
カイやラナへの同情は浅い。
聖カストロ学園が、ミュータントに何をしようとしているのか、気になって当然ではないか?
どうして、そんなに無関心でいられる?
翔太の眼差しに、自分への不信感を察したのか、鷹志の笑いは止まり、
不意に立ち上がった。
翔太は心臓のあたりが冷たくなるのを感じる。
気を悪くしたかもしれない……。
「ショウタ」
頭の上から聞こえる声は低く、重い。
何を言われるのか怖くて、顔を見れない。
鷹志に嫌われたくない。
視線は鷹志の金のチョーカーで止まる。
鎖が太く長く見えるのは、下から煽るサーチライトの幻惑か?
「サンプル保管室は本館の地下二階にある。お前が行きたいなら、何時でも俺が連れて行く」
「……は?」
あまりに想定外のことを鷹志が言うから、
翔太の思考は停止する。
「それと、矢沢浩一と山田礼子は原則、お前に危害を加えないはずだ。任務じゃないから。でも、お前が、あいつらの仕事を妨害したら、怪我くらい負わせる。それくらいの戦闘能力はある。だから、吉川来夏を守ろうとか、思うな」
翔太は、鷹志の言葉を幻聴のように聞いていた。
鷹志の柔らかい大きな手は、自分の頭の上にあり、優しく髪を撫でている。
「混乱させたかな? 済まない。お前は利口だから、ちょっと考えたら色々なことが見えてくる筈だ。一人になって、頭を冷やして、今俺が教えた情報を理解するんだ。判ったか?」
翔太は、現実感のない感覚に陥っていたが、無意識に、ゆっくりと頷いた。
「それとな、お前は音楽部に入れ。何故かと聞くなよ。……解ってるだろう?」
ワカッテルダロウ?
最後の言葉を照れくさそうに呟いて、鷹志は飛んでいった。
音もなく、翔太を熱い風で撫でて。
翔太は呆然と膝を抱えて、
暫く静止していた。
「タカシ」
呼んでも答えはない。
消えたんだ。それとも最初から存在しない幻の友人だったのかと、
そんな考えが浮かんでくる。
「タカシ、お前は、何者なんだ?」
叫んでも、答えはない。
スエットパンツのポケットに突っ込んだスマホが短く震える。
セイジからラインが入った。
ラナを除いた二人だけのラインだ。
「お前、もしかして、タナトスと居た?」
「タナトスって誰?」
「一組の黒い大きな。タナトス様と呼ばれてるんだ」
「タカシなら、今飛んでった」
「窓から見た。お前も部屋にいなかったし」
「俺の部屋を覗いたのか?」
「ベランダから会いに行ったんだ」
「いきなり来るな。ラインしろよ」
「うん。今度からアポとる。それと俺の事、タナトスに紹介してくれよな」
篤志が、特別な存在で有るかのような、セイジの言葉だった。
「タカシって、有名人なんだ。黒いから目立つよな」
漆黒の髪と翼の異質なミュータント。
長身で端正な顔立ち……一目で魅了されたのは自分だけではないのだ。
「それに」
と、セイジ。
それに、何だと翔太は続きを待つ。
なかなか来ない。
「それに、何?」
と聞く。
すぐに返事がない。セイジは考えている。どうしてだ?
「お前、もしかして知らないのか?」
翔太は自分の手が汗ばんでいるのを感じた。
皆が知っている鷹志のコトを、自分は知らない、らしい。
「タカシ・カストロのトモダチなんだろ?」
タカシ・カストロ。
それが鷹志のフルネーム。
翔太は知らなかった。




