職員会議2
「お話の途中ですが、サンプルリストについて、し、質問があります」
手を上げたのは3組担任の前川教諭だ。
最高齢の57才。小柄で痩せている。半白髪で後頭部は薄くなっている。
緊張で<極秘>と書かれたマニュアルを持つ手が震えている。
矢沢は一瞬、不快な顔をしたが、
「あ、済みません。後にします。申し訳ない」
前川が大げさに謝るモノだから
「いえ、どうぞ、おっしゃって下さい。いまからサンプルリストについて説明をするところでしたから、最初に疑問点を聞かせて下さったら助かります」
と表情を和らげた。
「は、はい。実はですね。サンプルリストは、ブラックリスト上位者と認識しておりましたが、この、5組の田坂翔太、ブラックリストの筆頭に上がっているというのに、サンプルリストから外れているのは、どういう理由でしょうか?」
尤もな疑問だと矢沢は答えた。
「その件につきましては、サンプル採集責任者の山田先生に説明していただきましょうか」
山田礼子が立ち上がった。
静まりかえった職員室に、微かに金属の擦れ合う音がする。
右手が義手、左足も膝から下が金属だから……と同僚達は改めて気の毒がった。
「最も危険なミュータントである田坂翔太を何故、サンプルリストに入れないか。
疑問を持たれて当然と思います。彼は8人もの罪の無い人を殺している疑いがあります。
野放しにするべきでは無い、早々にサンプルにするべきという意見も承っております。
ですが学園長は、彼はサンプルとしてでは無く、違う形で人類の役に立ってもらうと、おっしゃってい ます」
「違う形で、と、おっしゃいますと?」
前川が質問する。
「先ほど矢沢先生が、言われたように、ミュータント達を国の役に立つよう調教するのが、国から委ねられたミッションです。国の役に立つ、具体的には兵士に育てるという事だと、おわかりだと思います。田坂翔太は身体能力、知能ともに非常に高いミュータントです。ですから優秀な兵士となる可能性はあります。……でも学園長は無差別殺人犯の彼を、兵士にすべきでないと決断しました」
「ちょっと待ってください、兵士にできないのなら、やっぱりサンプルでいいんじゃないでしょうかねえ」
前川の疑問に数人の教師も頷いた。
「……。」
山田礼子は、大きく深呼吸して、言葉を選んだ。
「彼は、田坂翔太は、兵士では無く、兵器として使う……極秘のプロジェクトが立ち上がっています」
職員室の中は一瞬ざわついたが、すぐに静かになった。
前より一層静かになった。
山田礼子はサンプル採取に関しての注意事項を読み上げていく。
「サンプル採取は、今期は行いません。次回は夏期休暇中に実行いたします。その折りには潜入員に協力 していただきますようお願いいたします。この極秘プロジェクトが一般生、マスコミに漏れないよう、 最警戒をお願いいたします……」
ミュータントは既に気付いているだろう。それは一考に構わない。
我々、まっとうな人類の力を思い知ればいい。
首輪が彼らを制御する。
結束の可能性は低い。
彼らには他を愛する情がないのだから。
自身がサンプルから外れたら気にかけない。
能力の劣る者から狩られているシステムが分かっても彼らは仲間を助けない。
妨害はないと推測される。




