職員会議
二階の窓を開けて、
翔太は翼を広げ、飛翔した。
篤志の元へ行きたい。
衝動に駆られ、
校内飛行禁止の校則を無視してしまった。
翔太は2秒で校庭に降りた。
首に付けられたチョーカーは、反応しなかった。
突如、翼を広げて飛んで見せたのだから、周囲は騒然としていた。
女子のけたたましい奇声。
「うわー」
「きゃー」
「飛んだ」
「本当に飛べるんだ」
校則違反のスマホを出して、写真を撮りまくってる。
「翔太?」
気配に足を止め、真っ直ぐに翔太を見て、鷹志は囁いた。
翔太にだけ聞こえる声だった。
空は雲1つ無く、コバルトブルー。
眩しいばかりの光の中に鷹志は立っていた。
大きい、とまず翔太は思った。
昨夜、闇夜の中、足下からの人工明かりで見た姿より、一回り実体は大きい。
漆黒の髪、同じ色の瞳と睫。
制服から露出した翼も、見たことも無い、真の黒だ。
「お前、飛ぶのはヤバイだろ」
鷹志は笑った。
二人の周りに歓声が、また、沸き上がった。
校庭にいた、翼の無い生徒達。
校舎の窓から翔太が飛ぶのを見た、同じく翼の無い一般生達が、校則違反も顧みず、美しい二人を撮るためにスマホを向けた。
鷹志と翔太のツーショットは校庭にいたマスコミ関係者も、撮っていた。
「仲間が一人消えたんだ」
翔太は、本当のところ、今篤志に言うべき言葉は特に無かった。
ただ、篤志に会いたかった。それだけだった。
でも、何か話さなくてはいけないと、さしあたってカイの話をしてみた。
「多分、そいつ、ミスったんだ。ショウタは頭が良いから大丈夫。気にするな」
鷹志は子犬の頭を撫でるように翔太の髪に指を入れた。
また、二人に周りに出来た人垣が騒ぐ。
「24時に、屋上で待ってる。それまでラインはいれない。まどろっこしいから、二人だけで会って話そう、な」
鷹志は早口で、翔太の耳元で囁いた。
「寮生は速やかにタワーに戻りなさい」
大音量のアナウンスが校庭に流れた。
翔太の首のチョーカーが、ギュッと締め付ける。
「うわ」
「くそ」
「首輪かよ」
校庭に残っていたミュータント達は、文句を言いながらもタワーに戻るしかなかった。
その3時間後、職員室では会議が始まった。
10クラスの担任と副担任、20人は教頭が入室すると起立、敬礼する。
後頭部がはげ上がっている、小太りの教頭が目配せすると
窓に近い位置に立っている教師はブラインドを下ろし、若い男の教師が廊下に見張りに出た。
「2日で2つも、サンプルが取れましたなあ」
教頭は一同を見渡して、柔らかな関西弁で語りかける。
結果に満足しているのだと受け取り、数名の教師が媚びた笑顔を見せる。
「何をヘラヘラ笑ってますんや。勇み足やと、早速、国からクレームがつきましたわ」
教頭は怒っていた。
「昨日、飛行中に墜落死した子は不可抗力、事故です。でも、入学式の最中に、伊藤甲斐が死んだのは、始末書の提出を求められました。……担任は誰やったかいな?」
山田礼子は、一歩前に出た。
「アンタか。矢沢に厳重注意して、今日中に始末書、書かせるんやで」
教頭は山田教諭の肩を、人差し指でツンと突いて……、職員室から出て行った。
会議の司会は教務主任、1組の矢沢健一教諭に引き継がれた。
担当教科は体育。
身長187センチ。
大きな顔に目鼻立ちも大きい。
肩幅の広い筋肉質の体型だ。
幾分、猫背気味なのは、伊藤甲斐を殺してしまった矢沢浩一の実兄として、責任を感じていたからだ。
「わ、我が校運営には、国家機関との連携が必要ふ、不可欠で、あ、有りまして……」
緊張で、言葉をつっかえながら、担任団が周知のミッションを、改めて読み上げた。
「ミューータントは16年前の超津波以降、低迷し続ける我が国の経済にとって、唯一無二の貴重な資源であれます。
にも関わらず、既に過半数が諸外国に搾取されております。
この現実を踏まえ、取得できた112体のミュータントを、一体も無駄にせず、有効活用するのが我々に与えられた……。」
2701人産まれたミュータントは、既存の日本文化で養育するのが困難だった。
親たちの金銭的、精神的な負担は計り知れない。
国から、特別援助金が給付されはした。
しかし、桁違いの金額で、海外の富裕層が彼らを買い取ろうとアプローチがあった。
どれ程の数のミュータントが、幼い頃に国外に買われていったのか、日本政府も正確な数値は把握しきれていなかった。
ただし、その数が1700人を超えていることは掌握していた。
現在日本に残っているミュータントは1000人余りだ。
約100人は、富裕層家庭に産まれているので、金銭が絡む取引に応じる必要が無かった。
彼らは、庭に作られたバードゲージで自由に飛翔し、大切にされている。
700人は、日本の企業がスポンサーにつき、これも幼い頃より特別な施設の中で隔離され、育てられている。
「残る200体のミュータントが一般家庭で生育された訳です。
極めて育てにくい翼のある子供を手放さなかった、その個別の理由はわかりません。
しかし、彼らが、保護者の大きな負担になっていた現状に、例外はないと思われます。
ミュータントは肉体の構造だけで無く
精神構造も、突然変異の奇形であると推測されています」
矢沢健一は、ミュータント達の前科を読み上げる。
「5組、田坂翔太、金沢市出身、過去五年内に同市で起きた高層階からの不可解な転落事故8件に、彼が関わっている可能性が高いと、調査書にはあります…同じく5組の吉川来夏は2件の……」
特待生候補は、国が提示したリストが元になっていた。
それは危険でヤバイ、ミュータントのリストだった。
「保護者には、学園内で死亡した場合、献体すると、誓約書を貰っています。
必要なサンプルの目安は10体です。それ以外100体のミュータントを、
この学園での3年間で、身体的特性を国のために役立たせるよう、
調教するのが、我々に課せられた真の任務であります」




