廊下で
「……明日はオリエンテーションです。一旦教室に集合してから講堂に移動します。部活の説明が各顧問から有ります。当然、一期生ですから先輩は居ません。運動部は一般生だけです。寮生は規定により、文化部の中から選択して下さい。同じく本校の規定により、皆さんは、必ず、いずれかの部に所属しなければいけません」
担任が喋り続けている。
(早く、終われ)
翔太はイライラしていた。
カイがいない。それが何故不快なのか?
自分の得体の知れない感覚をもてあましていた。
<心配>と呼ぶ心の揺らぎだと翔太は知らない。
生まれて初めての、家族にさえ、持ったことの無い感覚だった。
「では、今日はコレで終わります」
やっと終わる。
担任の山田は軽く頭を下げて、さっさと教室から出ていった。
翔太は山田を追いかけた。
カイが何故居ないのか、座席表にも名前が無いのか確かめる為に。
ラナもセイジも付いてきた。
「おい、待てよ、カイはどこへ行った?」
本館3階の端、階段近くで山田を呼び止めた。
誰も居ない広い廊下で山田を3人で囲んだ。
山田は、驚いた様子も無く足を止めた。
背筋を伸ばしたまま、ゆっくりと顔を上げ、翔太と目を合わせた。
「カイはサンプル保管室よ」
と言う。
「サンプル保管室って、それ何だ?」
後ろからセイジが聞く。
「サンプルを保管する部屋。カイはサンプルとして冷蔵庫で保管されてる。サンプルナンバー2。ナンバー1のサンプルは破損しすぎだったけど、カイは思いがけずいい状態で採取できたの」
「はあ? お前、何訳わかんないこと言ってるんだよ。ちゃんと説明しろよ。カイの居るところに連れていけよ」
ラナが、怒り出した。
今にも山田の首を掴もうとするので、翔太はラナの腕を掴んで止めた。
「ハハ。さすがショウタね」
何が面白いのか山田は笑った。
「田坂翔太、アンタには今の説明で分かったのね。知能の高いミュータントというデーターは確かなようね」
山田は翔太だけを見て、微笑んだ。
「本当なのか? ショウタには今、コイツの言ったことが分かったのか?
言えよ」
ラナの怒りは、今度は翔太に向かった。
山田の顔から笑いは消え、冷たい眼差しをラナに向けた。
「君は、思考能力が低いようね。……サンプルはね、一次採集は運動能力で選別して、二次採集の選別基準は、知能なの。たしか、……吉川来夏だったわね。君を二次サンプルの候補に推薦しとくわ」
ラナの顔が引きつった。
「俺もサンプルって、どういう事だよ?」
山田に詰め寄り、今にも身体に手を触れそうだ。
翔太は、ラナの行為は校則違反、本人にとって不利だと瞬時に判断した。
ラナが担任教師に危害を加えるのを止めようとした。
しかし、山田の動きは翔太より、速かった。
ラナの手首を山田の手が捉えていた。
白くて、長い、長すぎる指……
爪も妙に長い。
「痛」
ラナの顔が歪む。
ミュータントが(旧人類)の女に負けている。
信じられない、と言いたげに、セイジは翔太の肩に手をかける。
……翔太は講堂で見た光景を思い出す。
カイの手首を、同じ俊敏さと力で捉えた矢沢の大きな手を。
「は、離してくれよ」
「吉川来夏、今回は見逃すけれど、次は手加減しない。君がアタシの身体に触れたら、アタシは君をサンプルにする。……と言っても君の頭脳では、差し迫った危険を理解出来ないみたいだけど」
山田は、掴んでいるラナの手首を勢いよく一振りして離した。
ラナは、一声呻いて……あっけなく、体勢を崩し、膝をついた。
「くそ。なんだ、あのオバハン。化け物か」
去って行く山田の後ろ姿にラナは毒づいた。
しかし、よほど痛かったのか、声に勢いは無かった。
「確かに化け物だ。アイツ、何だと思う?」
セイジはラナを無視して翔太にだけ聞いた。
「なあ、ショウタ、アイツの右手は、義手だったよな」
と。
「うん。……講堂でカイを痛めつけた矢沢浩一の手も、不自然に指の長い手だった」
翔太が思いついた事を喋ると、セイジの瞳が光った。
面白いモノを発見したミュータントの反応だった。
「なるほどな。カイは、あの大男にやられたのか。……そいで今はモルグ(死体安置所)でおとなしくしてるんだな」
セイジは……笑っていた。
翔太は笑えない。
同じミュータントのカイやラナに、<同情>という、またしても初めての不快感に戸惑っていた。
「お前ら、モルグとかサンプルとか、一体何なんだ?……言えよショウタ。カイに何があったか、お前知ってんだろ?」
やっと立ち上がったラナは翔太に聞く。
「いや、それがな……」
翔太は、サンプル候補と山田に宣言されたラナに、どう説明して良いか分からない。
セイジも困ったようにニヤニヤ笑って窓の外に顔を向けている。
「セイジ、何笑ってるんだよ?」
ラナの問いにセイジは答えない。
気まずい、三人黙り込んでしまった時間は数秒、だった。
「寮生は速やかにタワーに戻りなさい。十二時に正門を閉めます。一般生は閉門までに下校して下さい」
廊下に、耳障りな音量でアナウンスが流れた。
同時に、廊下に生徒達が溢れ出てきた。
「うっそー、超美形がいるよ」
女子のグループが立ち止まった。
「もしかして、噂になってる五組のミュータント?」
「可愛い。こっちむいてよ」
3人は、女子達に取り囲まれた。
スマホが一斉に翔太達三人に向けられた。
写真を撮り始めたらしい。
突然の事態に、あっけにとられて、三人は身を寄せ合うよう固まって立ちすくんだ。
「……一般生はスマホ持ってきていいのか」
誰にともなく、セイジが呟くと
女子の一人が
「駄目に決まってるよ」
と笑い、
「あんた達、校則守ってるの? 意外に真面目なんだ」
とセイジの横に来て、ツーショットを自撮りする。
「罰則が嫌だからな。お前ら平気なのか」
セイジが、その女子と、普通に話し出した。
翔太は、その事に驚いた。
醜い、翼の無い人間と平気で話せるなんて信じられない。
「見つかったら、スマホ取り上げ、でしょう? でもここはカメラないから」
ロングヘアで長身細身の、ミュータントに近い顔立ちをしている。
その女子生徒は、
3組の阿部里奈と名乗った。
「リナは此所のセキリティ請け負ったオッサンと、トモダチなんだよ」
丸い顔で小柄な女子が自慢げに説明した。
「繰り返します、寮生はすみやかにタワーに戻りなさい……」
またアナウンスが流れる。
阿部里奈は
「明日、食堂で一緒に、ランチしよう」
そう言い残して、キャラキャラ笑いながら、行ってしまった。
翔太達3人も人に流されて、階段を降りた。
ラナは何かに怯えたように、フラフラと翔太とセイジの後ろを付いてきた。
セイジは翔太の耳元で
「アイツは終わってる。お前と俺だけのライン、いるな」
と囁く。
そして振り返ってラナに、
「タワーに戻ってから、ラインで説明するから、心配すんな」
と、優しすぎる声で告げた。
2階に降りた当たりで、
廊下で女子が異様に叫んでいるのを、聞いた。
「カラスがいるよ」
「黒い翼、クール、じゃん」
「うわ、めちゃ、美形」
……黒い翼。
鷹志だと翔太は分かった。




