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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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「見てくれ、この塔を! これは今からもう三百年ほど前に建てられた勇者の塔って言うんだ」


 マーブルクの街へ繰り出したアレサンドロと俺。情熱的な目つきを持つ領主代理の少年が放つ弾んだ声が指し示していたのは、ずっと気になっていた巨大な常夜灯についてだった。


 鮮やかな紫色のマントを着込んだアレサンドロの横にブレザーの俺はいささか不釣り合いにも思えるが、ただ道行く人はみんなカーキ色とかオリーブ色といった地味めな色合いのシャツだったので、俺のブレザーも十分派手な方なのかも知れない。


「ああ、これがねえ。勇者の塔って何か由来ってのはあるの?」

「知っての通りこのマーブルクはフェリス同盟最大の都市だ。ゆえに各地から一旗揚げようと多くの人間が集まる。彼らは自分が何者であるかを証明するために勇敢さを披露しようとする。君もそうだろう?」

「ええ、まあ。そうだなあ」

「だろっ。でもあんまり街中で勇気を見せてくれても治安悪化につながるだけだ。だから勇者の中でも実力と人格を兼ね備えた、言わば勇者の中の勇者があの塔でこのマーブルクを見守っているのだ」


 意外とそういう制度的な部分はしっかりと整っているみたいだ。でも正直あんまり暮らしやすくはなさそうだ。むしろ観光用のシンボルっぽくて、例えば東京タワーで暮らしてるようなものだろうから。


「そう言えば勇者のなり方って何か決まってるの?」

「ふーむ、それは特に決まっているわけじゃない。自分でそう名乗れば誰でも勇者になれる」


 アレサンドロの答えを聞いて俺は内心脱力した。こっちの世界における勇者ってライターとかジャーナリストと同じ枠だったのか。しかし続く答えは興味深いものであった。


「勇者の需要は高いからな。我がフェリス同盟では優秀な勇者を育成するための学校があるんだ。これはマーブルクではなく王都にあるのだがな。勇者を目指す者ならば誰だって憧れるものだ」

「ふうん、そんなものがあるんだな」

「僕もその一員なんだ」

「へえ、それは凄いね!」

「ふふっ、まあね」


 適当なおべんちゃらにアレサンドロは照れたように鼻をなでた。どうやら勇者の学校に行ってるって事は本当に彼の誇りであるらしい。とても嬉しそうでなによりだ。


「でも真の勇者である君とこうやって知り合えたのは本当に幸福だと思うよ。頼れる人もそんなにいないこの街に君がいたなんてね」

「はるばる遠くからこの街まで訪れてくれた君だからこそ僕はこうして友達になったんだ。いくらでも頼りにしてくれていいんだぞ」

「うん、そのつもり」

「じゃあもっと行こうか。あれがね、マーブルクで一番大きな武器屋だ」


 アレサンドロが指さした先にはフルプレートの鎧が立てかけられていた。上には鉄製の看板が掲げられていたが、何と書いているのかさっぱりだ。チートパワーのお陰で言葉は通じても文字は分からないので、記号が羅列されているだけにしか見えない。


「勇者たるもの代名詞的な武器の一つでも持っているものだ。ハッセ、君は見たところそういったものはないようだが」

「ああ、今はね。そんな金もないし」

「そうか。なら僕が一つ買ってあげよう。さあ、入ろうか」

「あっ、もう、押すなって」

「いいからいいから。あれっ」


 何かに気づいたアレサンドロと同じ左へ目線を向けてみると、何やらおっさん二人が叫び合っていた。一人は髭面でもう一人はスキンヘッド。ともに厳つい風貌と体格だが言葉遣いは粗暴。頭の中身もそうであったようで間もなく殴り合いになった。


「おらあ死ねえっ!!」

「んだとぅ! てめえが死ねやボケがあ!!」


 お互い何の大義もなく、ただむかついたからとか俺のほうが強いと示したいとか、その程度の理由で虚しい戦いを繰り広げていた。アレサンドロも溜息をついている。


「あれこそが勇気の示し方を間違ってる典型だ。領主としては捨て置けない光景だよ」

「どうするの? 止めに行く?」

「無論!」


 アレサンドロは腰にあるものをさっと抜いた。じゃあ俺も向かおうかとしたら右手で制された。


「あんなのは僕だけで十分だ。君は先に店に入っていい武器がないか見ていてくれ」

「本当に大丈夫?」

「見くびらないでくれ」

「ごめん、信じてないわけじゃなかったんだ。それじゃ、頑張ってね」

「おう!」


 アレサンドロは自信満々だったから多分大丈夫なんだろう。だから俺は言われた通りに武器屋に入ろうかと思ったが、初めて入る店ってのはやたらと緊張してしまうものだ。


 フルプレートの鎧も妙に威圧感あるし、店の人にとって俺は一見さんなわけで、無碍な対応とかされたら悲しいし。扉の前で優柔不断にうろついていたら扉の方から俺を招いてきた。


「いらっしゃいませ。武器をお求めですか?」

「え、ああ、はい」

「ではお入りくださいませ」


 店員の人が招いてくれたので俺は安心して、ドアをくぐった。しかしその店員は俺をジロジロ見ている。「こいつ見ない顔だな」という警戒心があからさまでいい気分とは言えない。


「ではどれにしますか。ただうちの武器はどれも最高級ですから、お客様にはまずはこの年少タイプからが良いかと思われますが」


 どうやら店員による俺の品定めは終わったらしい。警戒心は去ったのはいいが口調はまさに慇懃無礼を体現したようなものだった。明らかに馬鹿にされているのが丸分かりでこれはこれできついものがある。


 実際俺の前に並べられたのは先の丸い木刀とか無駄にカラフルで柔らかく短い槍とか、どう見てもおもちゃばっかりだった。


「いや、あのですね、こういうのじゃなくてですねえ。もっとこう格好良いものと言いましょうか、ちゃんと武器の体をなしたものでお願いします。俺だって一応勇者となる人間なので」

「ふうん、お客様にはちょうどいいと思ったんですがね」


 迫真の説明を鼻で笑う店員。うん、やっぱ完全に馬鹿にされてるわ。でもここで暴れても一利なしだからなあ。やっぱりもっと威厳のある顔つきに改造してもらったほうが良かったかな。そうこうしてるとバンとドアが開いた。


「おおい、来たぞ!」

「ああっ、ようこそおいでくださいました勇者アレサンドロ様!」


 アレサンドロが来た瞬間、店員は声質から変化した。俺の事は即ほっぽり出して、揉み手をしながらアレサンドロのほうへと向かう店員。ここまであからさまだと不快感がないどころが逆に爽やかな微笑みさえ誘ってくれる。


「本日はどのようなご用でしょうか」

「今日は僕ではない。一人先客は来ていないか?」

「はて? ああ、一応召使のような者でしたら」


 ここで壁を殴ったような音が響いた。


「あれは僕の友達だ。召使などともう一度言ってみろ。その首は瞬く間に胴体と離れ離れになろう」

「ええっ、お友達でございましたか!!」


 特に最後の言葉はかなり大声だったのではっきりと聞こえた。そこからバタバタという慌ただしい足音がこちらに向かってきたかと思うと俺の視線に無理やり割り込んで来た。そして蒼白な顔面を床に擦り付けて「申し訳ありませんでした」と土下座した。


「あ、あのっ……」

「あなたをアレサンドロ様のご友人であるとは露知らず数々の無礼。謝って済むことではありません!」

「え、えええっ」


 店員も混乱しているようだが俺も同じように混乱した。いきなり態度を変えられても、困る。別にそういうのが必要だったわけじゃないんだけどなあ。


「ええっと、とにかく顔を上げてください、店員さん。別に俺だって不満などあったわけでもないですし」

「お客様には秘蔵の倉庫へご案内いたします。そこからどうかお選びください」


 俺は店内の真ん中にあるいかにも重そうな扉の中へと案内された。そこには石造りの階段があって、地下に通じていた。カツンカツンと乾いた足音が暗闇の中へと溶けていく。店員が素早くランプに火を灯すと、剣や槍がズラリと並んだ壁が姿を現した。


「うわあ、これは凄いなあ」

「いずれも市販の量産品とは比べ物にならない強力な兵器ばかりです。どうぞ心ゆくまでお選びください」


 俺は適当に一本の剣を手にとった。柄の部分にはルビーのような赤い宝石が埋め込まれていて結構高そうだ。他のものもそういう高級そうな飾りつけがなされている。武器としてちゃんと使えるんだろうか。


「ううん、よりどりみどり。こう選択肢が多いと困っちゃうな」


 とは言うものの実際のところ、武器はどれでもいいとさえ思っていた。そもそも俺は剣も槍も習ったことはないんだから。結局武器の扱いは今から修行して鍛えようってなるわけだし、今あえて剣じゃないといけないとか槍以外考えられないとかそういうのはない。


「となるとやっぱり見てくれが大事だよな。単なる剣とかじゃなくて何かこう、もっとバシッとした奴がいいなあ」


 そういう観点で色々見てみると、俺の心を離さないグッドデザインな武器が見つかった。鈍く黒光りする金属で出来た柄の先端に三日月状の大きな刃が装着されている。


 柄の部分だけで俺の身長ぐらいあるのだが、刃のほうがまたばかでかくて、柄の1/4ぐらいの幅となっている。手に取るとずっしり重い。主に刃の重量なのでバランスが悪いが、今の俺の腕力ならどうにか使いこなせそうではある。


 いわゆる三日月斧だ。横文字で言うと、何だっけ。確かダルビッシュとかそんな感じだったと思う。


「おお、それになさいますか? その武器はゴルトラントの北部にて使用されていたという逸品でして、あまりの威力にかつて教皇様によって使用禁止令が出されたとも言われております」


 ふーん、それはちょっと格好良いかも。デザインもいいし、剣なんかより個性もあるし。それとやっぱりね、男だったらポールウェポンでしょ。とりあえず持って構えるだけで手持ち無沙汰にならず格好がつくからね。というわけで俺の心は決まった。


「じゃあ、これにします」

「お買い上げありがとうございます! 今後とも『勇者になるならマーブルク』のキャッチフレーズでお馴染み、ユーピス商店をよろしくお願いいたします!」


 お馴染みって言われても知らんよそんな事。でもまあ、ちゃんと格好良い武器があったし結果オーライだ。今はいい買い物したなあと思うだけで多少の不快感などほとんど吹き飛んだ。ただこれを真の意味でいい買い物にするには俺の努力が不可欠なわけだけど。


「ふうむ、三日月斧か。強力な武器を選んだものだな」

「まあね。ところでアレスも、あの喧嘩はちゃんと収まったの?」

「だから僕はここにいるんだろう?」

「ははっ、それもそうか。間抜けな事聞いちゃったな」


 バツが悪くて照れ笑いする俺を見てアレサンドロも笑った。それにしてもあのいかにも頭悪そうかつ屈強そうな男二人をあっさり沈めるなんて、かなりの実力なんだな。


 その後もあちこちを案内してくれた。こう見るとさすがに二十一世紀の街並みと比べると古風なのは明らかだが、思ったより古くないって印象だった。色々なお店もあるし公園もある。そして行ってはいけないような地域もあるらしかった。


 それはメインストリートを横切って少しの街角。何となく暗くて、その割に賑やかな飾りがごちゃごちゃと並んでいる。「ここは何なの?」と知らないふりをして聞くと「僕らには関係ない事だ」と返された。その言い方も「あまり触れないでくれ」と言外に主張していたので素直に従った。


 でももはや明らかだ。どう見ても娼窟なのはさすがに俺でも分かるぞ。いやあ、さすがは都会。ああいうのもしっかりあるものだ。それにああいうところでやるのが人類最古の職業だって聞いたこともあるし、むしろないほうがおかしいか。


 前の世界に生きてる頃はああいう路地は嫌いだった。汚いし怖いし、行きたくない店と行けない店ばっかりしかないから。結局無料案内所って何を案内してくれるところだったんだろう。でも今はもっと自由に生きられるからああいう場所だって、チャレンジしたいと思っている。


 勇者はもてるっていうけどやはり全体的には調和が必要だからね。素人ともやる玄人ともやるという調和が。とにかくすべての経験が俺の血となり肉となるはずなんだから、頑張っちゃうぞ。

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