純白のマント
俺達が住んでいるフェリス同盟の首都ポーラティスは内陸の山沿いにあるので、冬の寒さは厳しいと言う。今はまだ秋の半ばなのに朝晩の冷え込みはかなりのものなので、これ以上となると推して知るべしだ。
普通に立っていてもピューピューと教室内に入ってくる隙間風も結構肌にうるさくなってきたし、いい加減半袖半ズボンな制服じゃあ風邪引くぞ、と思っていたところで我らがリーダーのヘサッキが「すっかり夜空からベラドンナが去ってエクシドが銀の瞬きを見せる季節になったな。そろそろマントを支給する頃合いだ」と言い出した。
ベラドンナはこの世界における典型的な夏の星で、エクシドは秋を代表する星座だ。つまり「寒くなってきたなあ」って事だ。あえてこういうリリカルな表現を用いるのは、彼が本質的に勇者の資質を有しているからだろう。英雄とは平凡な表現を嫌うものだと思うから。
それで言うと俺なんかはまさに凡夫中の凡夫だからなあ。ノートの前であれやこれやと考えているとそれなりに味のある言い回しも思い浮かぶものだが、それをパッと口にする事なんてとても出来ない。
強いだけでは英雄には物足りないものだが、俺に足りないのはそういう色の部分かなとも自覚している。英雄色を好むって言葉もあるし。まあそういう色なら俺だってそれなりに欲求は持っている。なかなか出会いがないのでスキャンダルを引き起こした試しはないけど、まあそのうち立派な勇者になったら色々な色を描いて見せたいとは願っている。
それにしてもマント、そういうのもあるのか。いっそ長袖の冬服とかでも良かったんだけど、でもマントを羽織るとかいかにも勇者っぽいので俺はこのイベントを極めて好意的に捉える事が出来た。
そして翌日、純白のマントが七枚届けられた。これは言うまでもなく俺達新入生七人のためのものだ。そしてヘサッキやアレサンドロら、先輩方はすでに自分のマントを羽織っているが、その色合いは全員全く異なるものであった。
例えばヘサッキは王者の貫禄を示すかのような濃い紫色だし、アレサンドロはその澄み切った勇気に満ちた心ゆえか神秘的な瑠璃色だ。ゴルディなんて赤褐色とサックスブルーが縞模様になっている。これらは全て、マントを着込んだ本人の魔力とかに感応してマントのほうで勝手に色がつくようだ。
んっ、魔力とかに感応して? ここに至って俺は非常に嫌な予感が頭をよぎった。
自慢じゃないが、俺に魔法の素質はない。「精霊と友達になるのが魔法を使う第一歩だ」などと言われても、見えないものとどうやって友達になれるというのか。
「おおっ、これは見事な光魔法の素養! さすがはデザイア!」
「ふっ、伊達に三千年生きてはおらぬわ」
そんな事をうだうだ考えているうちに、他の皆は早速純白のマントを身につけていた。で、ご覧の通り光魔法の大家であるデザイアさんは、見てるだけで眩しい黄金色のマントに仕上がったのでした。
「ラネ! ええ色じゃのお! わしも一年の頃はその色じゃった」
「本当に! 良かった。お兄ちゃんと同じならぼくも来年には黄土色のマントになれるんかねー?」
「それは鍛え方次第じゃ」
「そうだね。もっと頑張らなくっちゃね!」
ラメニルスはフレッシュな黄緑色に染まった。これは一般的には魔力が低い者の色合いであるらしい。確かにラメニルスと言えば身体能力はあるけど、あんまり魔法を使いまくる印象はないからな。あの小さな剣も斬りつけるために用いるのではなく、どうやら本人にはやや不足している魔力を増幅する装置であるらしいし。
あの剣で精霊を集めるのか、精霊のパワーを強化させるのか、その辺はよく分からない。以前本人に尋ねた時も「それがよう分からんのよー」と、おなじみの屈託のない笑顔で返された。あそこで俺に嘘をつく理由はないし、本当に知らないのだろう。
「でもずっと伝統として使われとったんよー。もう十代の歴史があるって長老様は言うとったけーね」
「ふうん、それじゃあその剣ってラメニルスの村の宝みたいなものなのかな?」
「ほうじゃねー。じゃけえ、ぼくの命ってぼくだけのもんじゃないんよねー。リュンビエール村の名誉がかかっとるんよー」
若くして、随分重い覚悟でここに来てるんだなって分かると、ふわふわとした理由でここにいる自分が恥ずかしくなったりもした。それとあんまり関係ないけど、ラメニルスの喋り方はのんびりしているので好きだ。ただ普通にお話してるだけでも何となく癒される。でもあんまり長居しすぎるとあの鬼瓦みたいなデブがだみ声を響かせて近寄ってくるのには辟易するけど。
「うああ、この程度の色しか出ないのかー。魔法は鍛えたつもりだったのにな」
「鍛え方が足りなかったって事だな。幸いお前は稲妻勇士となれたんだから、今からしっかり鍛錬を重ねるしかなかろうよ」
キリアムはやけに爽やかな、抜けるような水色で本人のキャラとはいささか外れているような気がしないでもないけど色合いとしてはかなり格好良いように見えた。でも本人からすると失敗らしく、隣にいたゴルディも不満気に腕を組んでいた。
全体的な傾向としては魔法を使いこなせる人間ほどマントの色が濃くなるみたいだ。だからデザイアなんてやばいくらいにキンキラキンで、これだけだと無茶苦茶自己顕示欲の強い人かお笑い芸人みたいだ。
「ふふん、伝統の色合いやな。当然この色に仕上がると知っとったで」
マロールもまた濃厚な真紅のマントに仕上がっていた。それにしてもこのマントじゃ隠密行動からの暗殺なんて無理だろうな、目立ちすぎるから。
それで言うとルサカなんて一見白色だがよく見るとうっすらと茶色に染まっている。ちょうど外にずっと干していた藁みたいな色合いで、これはこれで渋くてなかなか味がある。さながら砂漠をさすらうカウボーイみたいで。それで言うとニーナはどうなるんだろうかと探してみると、何やらとんでもない事になっていた。
「ニ、ニーナよ……、何だいそれは?」
「僕も初めて見たなあ。いやあ、知らない事がまだまだいっぱいあるんだからやっぱり魔法って奥が深いなあ。あっ、ハッセ、これ見ろよ!」
「どうしたんだいアレスよ、そんな大声を……、うわあっ!」
驚嘆に打ち震えているアレスの大声に招かれた俺が見たニーナの姿は、まさに神秘としか言いようのない異様な衣に包まれていた。
最初に見た時は緑色だった。しかしニーナに声をかけようと近づいたら赤く変化していったように見えたのだ。そんな馬鹿なと、頭を振って目をこすってから、首を傾げて注視してみると、今度は青色に輝いていた。一色や二色では表現しきれない、見るたびに色を変えていく姿はさながら万華鏡であった。
「……何だこの色? これはどういう魔法に感応したんだ?」
「玉虫色ですねえ。いやあ、僕もこの原理はよく分かりませんが、とりあえずは与えられた色を身につけるとしますよ」
ニーナは困惑している風を装っていたが、本当のところはどうなのか分からない。あいつは人間じゃないし、自分が魔法のマントを羽織ったらこうなる事ぐらいとっくに知ってたとしても全然不思議じゃないからな。むしろ本気で驚く姿を一度見てみたいぐらいだ。
色の闇鍋状態となったニーナのマントだが、小柄な体躯を覆う姿は意外と似合っているから不思議なものだ。シドニーオリンピックの日本選手団も、ニーナぐらいの顔のクオリティを持っていたら素晴らしい服装となっていたのだろうか、などとどうでもいい事を考えていると右耳からアレサンドロの澄み渡った青空のような声が吹いてきた。
「後はハッセだけだな。ほら、着てみなよ」
「お、おう……!」
というわけで、しんがりを務める羽目になってしまった。どうせなら注目を集める事なくひっそりと執り行いたかったが、俺自身がのんきにあっちこっちを眺めていたのでそれは出来なくなった。
好奇心の代償を自分の身で払う事となってしまったわけだ。自業自得極まりないが、いまさら動かないわけにはいかないだろう。




