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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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野球しようぜ

 言うまでもない事だが異世界の生活は今まで生きてきた世界とは異なる部分が多々ある。その事を一番実感するのは暇な時だ。


 平たく言うと、元の世界と比べるまでもなく娯楽関連が乏しい。


 まあこっちの世界はこっちの世界なりに娯楽だって発達してはいるのだろう。雑誌とかね。でもやはりまだまだ物足りない。例えばスポーツとか、そういうものはないのだろうか。


「野球とかやってりゃいいのになあ。まああるわけないけどさ」

「野球って何だ?」

「わあっ!?」


 午後の陽気が誘った眠気に半分以上侵されて、ぼんやりとしていた頭から不意に飛び出した言葉は本来頭の中でとどめておくはずの独り言だった。それが口から漏れた時点でまったくのケアレスミスだったのに、まさか背中に人がいたとは。


 一気に俺の眠気は醒めた。心臓の鼓動だけがバクバクと響く。


「なっ、何だアレス! い、いるんならそう言ってくれれば良かったのにさ」

「挨拶はしたはずだが、聞いてなかったのか?」

「えっ、あれ、そうだっけ?」


 まずい。ぼんやりしていたからそんなの聞き逃してしまったのかもしれない。正直全然記憶がないのでミスったという感覚さえない。でもこれはミスったわ。


 ミスったついでにアレサンドロもうっかり俺の独り言を聞き逃してくれたら良かったのに、それからも「野球って何だい?」「教えてくれよ」などとしつこく迫ってきた。もはや抗えないだろうと悟った俺はどうにか説明する事にした。


「野球ってのはねえ、ううん、何って言えばいいのかなあ。まあ、一種の運動だよ、運動」

「運動? つまり鍛錬なのか?」

「鍛錬って言うか……、もうちょっと。そこまでガチガチなものじゃなくてもっとこう、体を動かす事自体が目的と言うのかな。それ自体を楽しむと言うのか」

「ふうむ、説明だけではよく分からないな」

「でも面白いよ。俺の故郷じゃとても広まっててね、でも色々専門の道具なんかも必要だからね。そりゃあこっちじゃやってないなって感じ」

「道具が必要なのか。どんな道具なんだ?」


 想像以上に食いつきがいいのでちょっと困ったけど、まあ知識の限り懇切丁寧に説明した。


「まずはボールが必要だね。円形でこう、片手で掴めるぐらいの大きさだ。野球の基本はそのボールを投げる人とバットって木の棒で打つ人、これの対決なんだ」

「ほう、対決?」

「そうそう。一チームが九人で対戦して、上手く打てたらベースって場所に行けて、三つのベースを回ってそこからホームベースって元いた場所に帰還出来れば点が入るんだ。で、点を多く取れたほうの勝ち」

「へえ、なかなか興味深い戦いだな。一度やってみたい」

「だから道具が必要だって」

「ふっ、それなら作ってもらえばいいだろう?」


 アレサンドロは今までの説明を聞いても多分理解していない。でもその割には「大丈夫、手はあるから任せとけって」とでも言わんばかりの堂々とした態度のまま俺の手を引いて寮の奥まで進んだ。


 銀色の扉の前に立って、俺はアレサンドロの考えが分かった。そして「確かにここなら大丈夫かもね」と思い直した。つまりこの部屋には稲妻勇士が誇る発明王がいるのだ。


「やあユーレン。実は折り入って頼みたい事があるんだが」


 自室にこもるユーレンは机を睨みつけたまま両腕をしゃかしゃかと動かしており、アレサンドロの声に振り向こうともしなかった。向こうが何かやってるけどその邪魔してないか? などと心配になる俺をよそに、アレサンドロはためらいなく曲げた背中の後ろにまで進んだ。


「後どれぐらいかかる?」

「もう少し」

「分かった。少し待とう」


 簡潔なやりとりの後で俺もユーレンの背後に立った。背中の先からは時々左の人差指と中指、それに薬指の先端を机にカタカタとぶつけた音が鳴っていた。まるでリズムをとっているようだったが、こうやってインスピレーションを下ろしているのだろうか。音が鳴り止むとまた素早く図面に書き込んでいるのだから。


 俺としてはただ見守るのみだ。アレサンドロも概ね同じだ。それにしても部屋の中には大量の四角い紙やよく分からない物体が散乱している。あの白い釘みたいなのは一体何なのか。顔だけ精巧な虎は何に使うのか。単なるオブジェなのか、それとも……。


 明かりに乏しい室内においてはゴミゴミとした印象だが、ここで暮らしている人間にとってはこれでも何らかの法則性みたいなのがあったりするものだ。まあ俺も片付けられないタイプだからこの部屋について上から目線でほざく資格とかないんだけどね。


 とか考えているうちにものを書く音が止まった。


「……終わったぁ。ああ、それでどんな用事です?」

「今回は僕じゃなくて、詳しくはハッセに聞いてくれ。さあ」

「う、うむ。えっとね、つまりね、ボールを、ボールを作ってほしいんだ」

「ボール?」

「そうそう! 球体で片手で握れるぐらいの大きさで、投げたり木の棒で叩いても形が変わらないようなの」

「ふうむ、分かりました。早速とりかかりましょう。では明日また来てください」


 ユーレンは抑揚のない声でそう返事した。しかし俺は不安だった。この世界において野球ボールなんてものは存在するはずもないわけだし、それをあんな雑な説明で理解出来るとは思えなかったからだ。


 そして翌日行ってみると案の定と言うか、いや、根本的には俺の言葉足らずが原因だったのだが、何か想定と全然違う物体が俺の目の前に転がっていた。


「どうです?」

「あ、ああ、ごめん。前もってしっかり説明しておかなかった俺が悪かった」


 出来上がっていたボールは確かに球状ではあったが異常に硬く、それでいて重たかった。ひんやりとした質感はこの球体が金属で出来ている事を物語っており、これでは砲丸投げだ。これで野球などしたら瞬く間に肩が壊れてしまうだろう。


 まあ江夏豊なんか砲丸投げで肩が鍛えられたって言うけど、そういうものでもないし。むしろ軍隊で手榴弾投げさせられて肩を壊した沢村栄治の悲しい逸話のほうが近そうだ。


「後付けで要求するみたいになって申し訳ないんだけど、もっと軽いほうがいいな。大きさはいいんだけどね。マウンドからホームまでの……」


 ここで言いよどんだのは、この世界にメートル法など存在しないからだ。十八メートルと四十四センチと言われたところでユーレンが直感的に理解出来るものではないだろう。だから一度外に出た。


「いいかい、ユーレン。お前はそこ立っててね」


 そう言うと俺は少し大股にして歩いた。大体一歩が一メートルぐらいかなって歩幅のまま、それを十八回ほど繰り返したのだ。多分もうちょっと大きくなっているのでそれで端数調整。まあ、正確な数字を知っているのは俺だけだから多少ずれていたところでどうって事ないんだけどね。


「大体これぐらいの距離だよ! ここまで余裕で投げられる程度の軽さがいいな!」

「案外遠いんですね。そうなるとただ軽いだけではまずいみたいですし……。分かりました。素材なんかも研究して軽くて丈夫なボールを作ってみせましょう。ただちょっと時間はかかると思いますが」

「うん、ありがとう。いいものが出来れば時間はいいんだよ。じゃあ頼むよユーレン。君なら必ず出来ると期待してるよ」

「よし頼まれました。ではまた」


 それから十日ほど経って、俺はユーレンに肩を叩かれた。


「例のものが完成しましたよ。ぜひ試してみてください」

「本当か! 本当かい? 分かった。じゃあ今日の放課後ね」


 そして授業が終わってからユーレンの部屋に行ったところ、茶色い革に包まれた球体が机の上に横たわっていた。触ってみると程よくふんわりとしており、しっとりと指に馴染む感覚が柔らかい。テストとして俺はボール力強く握りしめたが、特に変形はしない。


「ここまではよろし。だが、はああああっ!!」


 俺はおもむろにボールを壁に向かって投げつけた。コンという音を響かせてボールは跳ねて草原に消えていった。草の合間からボールを探してみたところ、ちゃんと形を保っていた。


「凄いや! これはお見事! 大合格だよ!」

「そうですか! 頑張った甲斐がありましたよ」


 これこそまさにこの世界で初めての公式球。加藤良三とか書かれてないけど、ユーレンの名前ぐらいなら書いても文句はないだろうという出来だ。


「これは……、大分それっぽくなったかな。どうやって作ったの?」

「素材を工夫したんです。中には空洞の多いコルクを芯に使い、それに木の繊維から作った糸を巻きつけたんです」


 これはまさしく現在の硬式球と同じ作り方だった。別に教えたわけじゃないのに、よくぞ編み出したものだと俺は非常に感心した。本当に天才なんじゃないのかこいつ。


「大変でしたよ。羽毛から合成金属まで色々試しましたが一番いいのが北方に自生する、現地ではシュリュクと呼ばれる低木だなと判断しました。程よく軽くて程よく丈夫。現地では鞍なんかに使われるそうですね。でもあれはアゲレベウレフ川の下流ぐらいにしか自生しないですからね。それと表面もティアム西方の山岳地帯にしかいない……」

「んっ?」

「えっ?」


 非常に嫌な予感がしたので思わず声が出てしまった。おそらく自信たっぷりなユーレンの顔を潰すと理解しながらも、しかしこれを尋ねないわけにはいかなかった。


「いやあ、工夫していただいたのは素晴らしいけど、一応聞くけど、これ、量産とか出来る?」

「それはちょっと厳しいですね。これだけの量を集めるのにも大変でしたから」

「……ごめん」

「なぜ謝るんです?」


 俺は自分の説明力のなさにほとほと呆れ果てた。当たり前だ。一試合の中で使われる野球ボールは一つだけではないとは俺にとっては自明の事。でもこの世界においてそれを知っているのは俺だけだ。どうして忘れてしまうのか。それが恨めしかった。


「ううん、じゃあ、こうしよう。ここまで完璧じゃなくてもいいから、これに近い感触で量産可能なのを作ってくれ。多少なら重くなったり感触が違っても仕方ないから」

「分かりました。それにしても注文が多いですね」

「うん、それは分かる。でももうちょっとなんだよ。もうこれ以上後付けはしないから、お願い!」

「いえ、それでこそやりがいがあるというものです。久々に探究心をくすぐられる課題でしたからね」


 ユーレンはディープパープルに染まった前髪を指で払うと、また背中を向けて机にしがみついた。さすがに手が早い。熱心な男だ。そしてこの男の知能をもってすれば完成は間近だろう。


 その時を俺はとても期待していた。しかし一時的な作業の中断を余儀なくされた。出張の依頼でユーレンが駆り出されたのだ。でも待つのは苦じゃなかった。解決はもはや時間の問題だったのだから。先が見えたら恐怖心だってなくなるものだし、むしろ楽しくさえある。


「でも冷静に考えて最初は手打ちの三角ベースとかで良かったかもな」


 余計な事は心の中でだけつぶやくようにした。

今回は一話のみ。でもしばらくは合間合間に続けていきます。それと次回は7月の終わりから8月ぐらいに投稿します。夏なので泳ぎます。

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