続々・風吹けば決戦
噂を聞きつけた風もグラウンドに集い、草は噂しているようにざわざわと揺れている。雲たちは我先にと席を争い後ろで佇む太陽の視線を遮っている。今こそ決戦の時だ。
「さあ、いよいよですね」
「ああ。でもまあ、こんな事で戦うなんてなあ」
「普段の授業でも同じような事やってるでしょう? 稲妻勇士ならば平常運転ですよ」
俺の隣に座るニーナの平然とした答えに俺は「確かになあ」と納得した。かく言う俺も同じような事やったわけだし。元の世界における学校ではそういうのはなかったから違和感を覚えるけど、そもそも勇者育成学校ならそれぐらいの戦いがあっても当然と言える。
完全に武装を終えたベージャとザペラが睨み合うその真ん中に、ヘサッキが立ちすくみ両者を必要以上に近づけないように見張っている。そして俺達戦わない野次馬勇士は三人をぐるりと囲むように座っている。
相撲かなと思ったが別にボクシングでもいいか。とにかくリングに上がっているのは選手ならぬベージャとザペラ、そして審判役を務めるヘサッキの三人だって事だ。
「ではこれより決闘を行う。左手にベージャ、右手にザペラ。精霊の使役は厳禁、双方納得したところで終わりとする。各々、言いたい事は?」
「もはや言葉はありません。今日という今日は真実をあの破戒僧に教え込む。ただそれだけです」
「拙僧も言う事はない」
お互い怒りを剥き出しにする事なく、むしろ冷静に見える。しかし内心においても燃えるものがないわけではなく。むしろその反対なのは明らかだ。内に秘めた激情が目から指先から、そして小さく震える声から確かに噴き出ている。
なお精霊の使役、つまり魔法を使ってはいけないというルールがあるのだが、これはつまり自分の意地を賭けた決闘ならば自分以外の手を借りるなというしきたりであるらしい。
「では開始!」
「はああああっ!!」
決戦のスタートを告げるヘサッキの叫びと同時にベージャの指からナイフが繰り出された。普段から服の中にナイフを仕込ませているのがベージャのスタイルだが、いつの間に取り出して投げてもいい体勢になっていたのか、まるで気付かなかった。
「さすがに素早い! だが!!」
ザペラは両手を組むようにして盾を広げてナイフを全て受け止めた。この奇襲攻撃も想定内のようだった。無論、ベージャも受け止められるのを前提ですでにザペラの目の前に移動している。
慣れてるな。実感としてそう思った。お互い初めてじゃないのは、まあ日々の鍛錬もあるし当たり前だが、単純にそれだけじゃなくてもっとこう、真剣勝負の経験がお互い何度もありそうだった。
「はあっ!」
「むうっ!?」
ベージャが持ち前の流麗な体術を駆使して攻勢に出ており、それを防御に徹したザペラが受け止めているという流れが続いた。
「そこだ!!」
「甘い!!」
しかし決定打が出ない。ザペラのガードは本当に上手い。「これはいけるか!?」というキックが出たタイミングにばっちり盾を出しているのだから、かなりの手練だ。
こう見ていると攻め手の攻撃はまさしく鮮やかだが、それを守り切るザペラもまた鮮やかに見えてくるものだ。嫌な奴だけど。体の使い方も無駄がなくて「なるほど、ああやって動かせば最小限の動きでダメージを回避出来るのか」と手を打ちたくなったし。
でも性格が悪いからな。ここはどうにかベージャにファイトしてほしい。気付いたら「行け! そこだ! 切り裂け!」などと叫んでいた。と言うか皆そういう歓声を飛ばしながら、腕を振り回しながらこの戦いを見ていたから、その空気に俺もすっかり感染したみたいだ。
そしてこの応援の加護があった、と断じるのは色々失礼に当たるのでやはりそうは言うまい。とにかく、戦いは手数にまさるベージャの猛攻がついにザペラのガードを突破した。
「そこだっ!!」
「ぬおおっ!?」
ほんの一瞬だけ生まれた僅かな合間を縫うようにして、ベージャのナイフはザペラ盾を腕から切り離した。
カランと乾いた金属音が地面に響く。間もなく生意気な破戒僧は「これまでか」と観念したように目を閉じた。
「よーしやったあ!! よくやったぞベージャ!! お前は強い!!」
手を叩いて喜ぶ俺が道化にしか見えないほどに当事者たちは落ち着き払っていた。「いい戦いでしたね」と口元を歪ませるベージャの憎たらしいまでの余裕。一方で「まったくだ」と応えるザペラの態度もまた潔かった。なんだか普段とあべこべになったみたいだった。
「じゃあアレス、今回の決闘においてベージャの勝因は何と見た?」
興奮がひと通り落ち着いたところで審判のヘサッキはこのように問いかけた。えっ、そんな事も聞くのか?
しかしさすがのアレサンドロ。「勝因は常に先手を取れていた事に尽きると見ます」とすかさず答えた。うん、確かに手数多かったからな、ベージャのほうが。非常に納得のいく解答だった。ヘサッキもこの解答に頷きつつ、もうちょっと補足説明を加えてきた。
「確かにそれもある。同時にベージャの腕力の向上も大きいだろう。技術には長けていたものの発展途上だった今までならザペラに抑えこまれていた公算が高い」
「そうですね。今まではそうでしたからね」
「しかしここ数ヶ月のベージャの成長は著しいものがある。単純な守備だけでは今回のように制圧させられるという事だが、これもひとえにベージャの鍛錬の成果だ。そうだろう?」
「はい。ようやく肉がついてきましたから」
ベージャは胸を張って誇らしげに答えた。そんなベージャの胸板はかなり薄っぺらく映るのだが、今まではもっとほっそりしていたのだろうか。俺は知らない。でもずっと見てきたヘサッキが言うからにはそうなんだろう。
男子三日会わざれば刮目して見よという言葉もあるが、特に少年たるもの日々の成長が著しい時代を生きる存在だ。そして俺もまたそうであらねばならぬ。とりあえずまた頑張ろうと思った。
のはいいのだが、今回の本質は俺達の記事が掲載された雑誌の内容だったはずだ。なぜか表紙が誰とかでしょうもない揉め事になったが、じゃあ中身はどうなんだって話だ。
しかし俺はまだこっちの世界の文字を完全に理解してはいない。だからニーナに代わりに読んでもらった。
「ふふっ、これはまた……」
「何って書かれてるんだ? 一人で楽しまないで教えてくれよな」
「本当に言っていいですか?」
無駄にじらしてきたので俺は「だから言えって」と急かした。でも今となってはそんな事する必要なかったかも知れないと思った。つまり俺に関しては以下の様な内容が書かれていたらしい。
「凹凸のない顔に美しい黒髪が乗ったハッセは稲妻勇士一のおっちょこちょい。忘れ物が多くていつも慌てているんだ。そんな彼の目標はボルヴァ・シュヴァゴヴィッツのように広く愛される勇者になる事だ」
ニーナが単語を繰り出すごとに、俺の眉毛は疑問符の形状に歪んでいった。完全な作文だったからだ。凹凸のない顔ってのも大概だが、ボルヴァ何とかって誰だよ。常識的に考えてこっちの世界の勇者なんだろうが、そんな奴俺が知ってるわけないだろ。
「これで全部です」
「……はあっ?」
「どうかしましたか?」
「どうもこうもねえよ。全部お話じゃないか。何のために俺はインタビュー答えたんだ? あれは何の意味もなかった。そういう事なのか?」
「まあ、マスコミですし、そんなものですよ。それにボルヴァ・シュヴァゴヴィッツはこの世界では非常に有名な存在ですし、それだけ期待されてるって事ですよ」
期待されてるとか本当かよと思ったが、まあそう言われると悪い気はしなくなってくるのだから話術とは不思議なものだ。
とりあえず文字を読めるようになったらまずボルヴァについて調べようと決意した俺であった。頼むからまともな勇者であってくれと願いながら。
いつの間にか総合評価3桁突破していました。ご愛読本当にありがとうございます。しばらく98Pの時期が続いていたのですが、誰かがそっと2P追加してくれたお陰でそうなりました。優しい世界とは概ねそのような世界なんだと思います。次はもうちょっと毛色の変わった話にしようかと考えています。これからもどうぞごゆるりとお楽しみください。




