風吹けば決戦
今日は世にも奇妙な騒動に巻き込まれた。俺は何もしなかったが、とにかく稲妻勇士の気風がそういうものなんだなと理解した一件と言えるので書き留めておく事にした。
事の発端は意外と昔にまで遡る。あれは入学式を無事に終えた頃だったか、トーム・ハーメイとかいう雑誌記者の人が学校に訪れて新入生インタビューみたいなのをしてきた。でも最初に見た時、怪しげな浮浪者のおっさんとしか思えなかった。
その時、俺は寮から学校へ歩いている途中だった。何となく変な予感がしたので右に視線を傾けたところ、爽やかな朝の情景をかき消す物体がそびえ立っていたので思わず目を丸くしてしまった。それが人間だと理解するのに一瞬の思考を要した。
随分使い込まれていて強い風が吹けば引きちぎれてしまうのではないかってぐらいクタクタのボロボロになっている色褪せた茶色のローブを体に巻き付けていたその風貌たるや、今どきホームレスでももっとましな服を着ているだろうと思わせるものであった。そのくせ頭に被ったベレー帽は鮮烈な赤色で、完全に浮いていた。
そんなボロ布が風邪をこじらせたようなか細い声で「見慣れぬ顔だが君は新入生かな? 校長はどこか分かるか?」と向こうから名乗る事なく尋ねてきたのだから警戒しないはずがなかった。
それで俺は三日月斧を両手に強く握りしめて睨みつけたところ、「私を何と誤解をしているのかは知らぬが、随分無鉄砲なものだ」などと言われた。時を同じくしてアレサンドロが来たのだが、相手の姿を見るや否や「ああっ! あなたは……!!」的なリアクションをして駆け寄ってきた。
「武器を下ろせハッセ! このお方はトーム・ハーメイさんと言って、有名な雑誌記者の方なんだぞ!」
「雑誌記者?」
「見れば分かるだろうあのベレー……、ああ、そうか、ハッセは遠くから来たから知らないんだな。あの赤いベレーは記者の証。皆いい人ばかりだよ」
いきなり知らない常識が出てきたので釈然としないものが残りはしたが、まあアレサンドロがそう言うからにはそうなんだろう。でも絶対いい人には見えない。
大体マスコミでいい人なんて存在しないだろう、あんな意地汚い職業倫理のかけらもない、そのくせ正義感ぶる浅ましい人間の集合体。マスコミは大抵そういうイメージしかない。でもそれを当のマスコミの目の前で堂々披瀝する気概もない俺も俺だ。
俺は素直に矛を収め「知らなかったんです。早まってすみませんでした」と頭を下げた。先方は何も言わず、ただアレサンドロに向かって「校長先生はどこかな?」とだけ尋ねた。
「こちらです。案内しますよ」
清々しい弾むような声に対して「うむ」と消え入りそうな返事がまったく対照的な響きだった。それから俺は教室に入ったが、間もなく赤いベレーはを再見する事となった。
「月刊平民のトーム・ハーメイさんだ。言うまでもなく定例の取材だ。失礼のないように、誠意を持って答えるように」
「はい!」
とは言っても俺の場合はすでに失礼ある対応をしてしまったわけだが。あんまり気にしない人ならいいんだけど。
それはともかく、この月刊平民ともうひとつ月刊明朝ってのがフェリス二大娯楽雑誌で、それぞれに得意分野があるのだが稲妻勇士は平民のシマなので基本的に明朝系の記者は来ない。
その代わり平民系の記者はちょくちょく訪れるらしく、ヘサッキなんかはもう慣れっこといった感じで余裕さえ漂わせていた。こういうのも勇者の仕事なのか。
それと記者の人と一緒に必ずいたのが画家の人だ。こっちの世界では写真がまだ発明されていないので、メディアに登場する人の顔は全部イラストによって表現されているのだ。画家イコールカメラマンと、そう理解するのがいい。男前に描いてくれるといいんだけど。
「はい、じゃあ次は全員集合で行きます。大体配置はこんな感じでお願いします」
取材中はライターの人が持っているイメージボードにそってポーズを取らされたりした。組体操のサボテンみたいに両手をビシッと伸ばしたり、右腕をぐっと伸ばしてポーズ取ったり。
最初はちょっと恥ずかしいなあなんて思ったりもしたけどやっているとだんだんとその気になっていったのをよく覚えている。それが終わってから新入生一人ひとりと面談みたいなのを行った。
最初に行ったのはキリアムだったが、それほど長くはかからないみたいだった。次にラメニルス、そしてデザイアが呼ばれ、俺の出番が巡ってきた。
非常にまずい。言うことは何も考えていないのに大丈夫だろうか。緊張十割で「よろしくお願いします」とお辞儀した。向こうにはハーメイさんと画家の人が座っていたが、どちらも冷たい目つきを崩さなかった。
そしてインタビューみたいな事をするのかと思いきや、向こうは何も喋ってこない。俺の顔を舐めまわすように見回している。品評されているみたいだ。これは怒っているのか、誰に対してもこうなのか、判断する材料が乏しくてどちらとも言えなかった。
「……ふむ。なかなか奇特な面構えをしておるな」
「そうですか」
それからまた沈黙が場を支配した。重たくて嫌な空気だ。出来る事なら今すぐ逃げ出したいくらいだ。でも失礼のないようにって言われてるし、せめてそれぐらいは愚直に守る気概がないようでは勇者の名折れだ。
「……とりあえず君に関してはこれで良かろう。では次を呼んでくるように」
「は、はい……」
本当に何もないので俺は拍子抜けなんてもんじゃなかった。そりゃあ、俺だってあれこれ聞かれるのを上手くお話するのは得意じゃないし、むしろ下手なほうだからなくなるならそれもまたありがたいとは思う。
しかしさすがに何もなしは……。今さっきまで「出身について聞かれたら例の通り島がどうとか答えよう。でも向こうは出版関係の人だし、地理に詳しかったら嘘がばれたりするんじゃないか。いや、でもやるしかない」とか「目標とか聞かれたらやばいな。まあふわっとした事言ってごまかすしかないか」とか脳内で問答を繰り広げていたのに、とんだ杞憂だった。
「本当にもう何も喋る事とかないんですか?」
「早く行け。時間が押している」
「はっ、はい! すみません……」
おっかない雰囲気の人はやっぱり苦手だ。俺はすごすごと退散してマロールに声を掛けた。
「おお、もううちか。分かったで」
マロールもやっぱりあっという間に終わった。何か聞かれる事はあったのだろうか。他の人がどうだったか、あえて喋る人もいないし知りうる術はない。
これが終わると記者と画家は帰っていった。「大体一ヶ月後ですから楽しみにしていてくださいね」という知らせを残して。
「本当にあれで良かったのか」
俺は心にぼんやりとしたもやもやを抱えたまましばらく過ごして、そして今日まで忘れていた。じゃあなぜ今日そんな話を思い出したかと言うと、今日が月刊平民の発売日だからだ。
「ほらほら載ってるぞ、ここ! ここ!」
最初に雑誌を持ってきたのはザペラだった。坊主のくせにゴシップ情報にも強いらしい。月刊平民十五月号。赤色をバックに二人の男と一人の女が微笑みを見せた表紙をひらひらさせながら駆け寄ってきた。
この時は「ああ、そんなのあったねえ」という程度で、まさかあんな事になるとは思いもしなかった。
「へえ、今月はバティスとフラウか」
アレサンドロに言葉に合わせてザペラはいかにも意地悪そうに口角を上げながら「フラウは相変わらず不細工な笑顔をしているぞ」などと言いながらけららと笑った。
「貴様! 言わせておけば!!」
その時、それまで黙っていたはずの男がいきなり立ち上がって憤懣やるかたないと言わんばかりにザペラの首根っこを掴んだ。ベージャだった。普段は落ち着いた、しなやかな物腰の男が起こした凶行に驚くばかりだったが、ザペラは存外落ち着いていた。
「ふっ、ベージャよ。お主がこの女を好んでおる理由が拙僧にはまるで理解出来ん。歌も大した事ないし顔も」
「黙れよ節穴! フラウは素晴らしいお方だ! この顔を見て、歌声を聞いてそれを理解出来ないなど軽蔑に値するぞ! お前はめkらか! つんbか!(一部で不適切な表現があったので自主規制)」
「何だと!!」
かなり過激なキレっぷりに一触即発すわガチンコかという不穏な空気が流れたので俺やアレサンドロ、イルラスで「やめろ! やめろよ!」とTOKIOになった気分で両者を引き離した。
「離しなさいアレス! ハッセ! 私はあのインチキ坊主の首を掻っ切る義務がある!」
「ねえよ! 落ち着け!」
「君の気持ちはよく分かる! しかしこのような事でベージャ・フェルナンディオスの名を汚していいものではないだろう!」
「むううっ……!!」
アレサンドロの上手い説得によってベージャは、露骨に不満の色を顔ににじませつつも暴れる力がなくなっていった。何で切れたのかは不明だがとりあえずは良かったと思った。でもこの時点では何も解決していなかった。




