表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
稲妻勇士  作者: 沼田政信
65/79

続々・個人授業

 そして翌日午前、早速体育の授業があるので俺は目覚めてからすぐ庭に出て体をほぐした。軽く汗を流した後に飲む井戸水の冷たさが五臓六腑にしみわたり、細胞の目覚めをじわじわと感じるのが心地よい。


 そもそも勇者学校における体育とは実技であり、つまり稲妻勇士同士でドンパチする授業なのだ。ちゃんと回復魔法の使い手が臨席しているのでうっかりやりすぎてもすぐ戻るから俺達は若いエネルギーを思いっきり発散出来る。


「あの糞坊主を懲らしめるには今しかなかろうよ。ふふふ……」


 東の空を青く染める爽やかな太陽の光とは対照的な俺の陰険で悪趣味な笑い声が草原に消えていく。ふっ、風に踊る草達よよく聞くがいい。君達は間もなくあの詐欺師の汚れた血を吸う事になるが勘弁してほしい。しかしこれはどうしてもやれねばならぬ、必然性のある犠牲なのだから。


「さて、今日は誰と誰で戦うか。やる気のある者は挙手!」

「はい! 俺やります!」


 朝の九時、稲妻勇士の仲間全員が草原に集合して体育の授業は始まった。とは言っても実際はもう少し早くに集合して各自それぞれに軽く体をほぐしておくものなのだが。


 俺は陸上部の時を思い出して屈伸をしたり腕やアキレス腱を伸ばしてその時を待つのだが、こっちの世界で言うとそれが変な体操に見えるらしい。


 最初にそれを指摘してくれたアレサンドロは首や手首を回す程度しかしていない。他にも遅刻寸前ってわけでもないのに全速力で走って草原まで来るのがウォーミングアップだというイルラスとラメニルスとか、まあ色々なやり方があるものだ。


 で、九時になってのっそりと先生が来たら授業開始だ。体育の授業は必ず複数の先生が担当する。血の気の多い勇者候補生が実戦によって興奮状態に陥った際、それを止めるには複数名が必要となりかねないからだ。


 それでメインはクラッシュ・オルカス先生が担当している。年齢は四十代ぐらい。白髪交じりの短髪、がっしりとした筋肉質な体つき、鋭い目つきにどすの利いた低い声、黒く焼けた肌。かつては百を超す戦場で暴れ回ったと最初の授業の時に話していたが、それは事実だろうなってひと目で分かるようなおっかない、近寄りがたいオーラで全身を満たしている男らしい男だ。


 平和の中をぬくぬくと生きてきた俺とはタイプの異なる人間で、普段は「もっとしゃきっとせんか!」なんて怒られる事が多い。でも今日に限っては俺の態度がしゃきっとしてるとみなしたのか、いつもより角の取れた声だった。


 実際俺が率先して戦いたいと言うのは今日が初めてだったから、先生としては「やっと分かってくれたか」ってなもんなんだろう。真意を知るとがっかりするだろうな。


「ほう、ハッセか。お前がやる気を見せるなんて珍しいな。それで誰とやりたい?」

「ええ、そうですね。今日はザペラ君とお手合わせ願いたいですね」


 そしてもちろんこうなる。そもそも目的がこれなわけだから。右側に片膝を立てて座るザペラに視線を移したが、やれやれと言わんばかりに目を閉じていた。


「ふむ、そうか。ザペラよ、お前はどうだ?」

「断る理由はないでしょう。ではやりますかな」


 目を閉じたまますっくと立ち上がったザペラ。手首の部分に装着した盾がしっかり固定されているか確認するようにバンドを締め直していた。


「昨日はどうも」

「それはこちらとて同じ事。しかし昨日は昨日、戦いは戦いだ。よろしく頼むぞ」

「ええ、こちらこそねえ! ふふふっ」


 俺としては可能な限りにこやかな笑顔を作ったつもりだったが後でルサカに聞いてみると「相当気持ち悪い顔してた」らしい。そんな邪悪な笑みを受けてなおザペラは平然としていた。そういう態度が気に入らないんだよ。


「では、始め!」


 草原に程よく距離をとって相対する俺と悪僧。双方用意が出来たとみなしたクラッシュ先生が大声で合図を送った瞬間から模擬戦はスタートとなる。


「早速だが一気にけりをつけるぞ! うおおおおおおおお!!」


 俺はバトルが始まった瞬間から三日月斧を振り回してザペラに向かって突進した。狙うは憎きあやつの首。気迫はみなぎっている。対照的にザペラは微動だにせず俺を待ち構えているようだ。


「死ねええええええええええ!!」


 昨日は動揺のあまり陰湿な発想に染まっていたが面倒臭い事をせず即死させたほうが良かろうと夜のうちに考え直して、真一文字に三日月斧を振り下ろした。顔面から胸を経て股間までパックリ割れるザペラの肉体。しかし切り口は血に染まっていなかった。


「ふっ、身代わりよ」

「何だと!?」


 左右に分かれて倒れたザペラの後ろでザペラは腕を組み、平然としていた。俺がたたっ斬ったのは即座に作り出した本人そっくりな土人形だったのだ。


「単調な攻撃だな。そんな力任せで拙僧に勝てると思っているのか?」

「ほざけこの破戒僧! 今度こそ死ねえ!!」


 ますます頭に血が上った俺は腕力の続く限りに出現するザペラを切り刻んだが、いずれも血の通わぬ人形を破壊するのみに終わった。


 どうやらこのザペラ、相当土の精霊と友達になっているらしく詠唱なしでも人形を作ったり出来るらしい。あの時の穴も即席で作ったものなのだろう。俺は気付いたら十三人のザペラに囲まれていた。


「ふふふ、どれが拙僧か分かるかな?」

「はあ、はあ、なめやがって」


 見た目だけで言うと全員がまったく同じザペラだ。顔や肌の色はもちろん服装もその得物も、それもまったく同じにしか見えない。ならば答えは決まっている。


「答えは全員殺害だああ!!」


 俺は三日月斧を頭の上でグルグルと振り回しながら四方八方に展開している不愉快な顔の群れを薙ぎ払った。しかしそれもまた徒労に終わった。潰しても潰しても、また地面から同じ顔の男が現れては消えていくのだから。


 次から次へと、きりがないな。どうする? どうすればいい? 肉体も頭脳も疲労困憊の中、にわかに首筋を冷たい感触が襲った。


「なっ……!?」

「ここまでかな?」


 完全に謀られた。今、ザペラは俺の後ろにいる。しかし振り向く事は出来ない。もしそれをしたら次の瞬間、首筋につきつけられたニードルは俺の皮膚と骨を切り裂いていただろうから。


「……降参で」

「ということだ。先生!」

「うむ、両者そこまで!!」


 クラッシュ先生の掛け声とともに冷徹な感触は俺の肉体から離れた。代わりに訪れたのは言い知れぬ屈辱感であった。


 やられた。体よくやられた。俺の心は全て見透かされていた。力任せの攻撃に走るってとっくに見抜かれていたんだ。だからザペラはああやって焦らし、かわす事で俺の心身のスタミナを削っていった。そして俺が隙を見せた一瞬、すかさず後ろから近づいてかくも見事なチェックメイト。ああっ!!


 力任せの喧嘩じゃ負けない。それぐらいのパワーはあるけどそれだけじゃ勝てない喧嘩もある。涙が出るくらい恥ずかしいじゃないか。所詮は神様からもらった力を自分のものであるかのように振り回した結果がこれなんだから。


「初さん……」

「ああ、ニーナか」

「悔しかったですか? 今の戦いは」

「そりゃあ、ね。負けたら悔しいよいつだって。でも今日の場合は俺の自業自得って奴だからね。ふふっ、空はあんなに青くて広いのにどうして地面ばかり見て歩いてたんだろうなって。こだわりすぎていたんだ。ほら、あれ見て。ああいう風に、もっと自由になれたら良かった」


 見上げた空にはトンビがくるりと輪を描いて飛んでいた。偽りなき俺の心を受けて天使は柔らかく微笑んだ。


「初さん。僕だって初さんに何があったかまったく知らないわけではありませんが何も言わなかったのはやはり正しかったみたいですね」

「そうか。まあ、今日は負けて良かったよ。強がりじゃなくてね。だって風がこんなに心地良く吹いてるってたった今まで気付かなかったんだから」

「ふふふっ、すっかり立ち直ったみたいですね。僕もそういう初さんのほうが好ましく思います」


 察しのいいニーナにはやはり見透かされていたようだ。やはり怨念だとか、あるいは愛欲も同じだけど、そういう個人的な感情に根ざして戦うのは良くないな。もっと大きくて広く正しいもののために戦わねば。


 何かあれば簡単に道を間違えてしまう俺だ。だからこそ心の持ちようが大事になってくる。ただまっすぐに進む。それは簡単な事じゃないけど、真の勇者として優しい世界を作るためにはそれぐらいやれなきゃね。全てはこれから。まだまだ道程は険しいのだ。


 その後、またザペラと戦って今度は勝った。でも恨みを晴らすとかそういう感情は自分でも驚くほど胸の中に湧いてこなかった。清々しいうろこ雲の下で舞い踊る鳥のように、俺もまた昨日より自由になれた気がした十五月の朝だった。

次話は二月二十八日から閏日を経て三月一日にかけて投稿。全三話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ