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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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 俺が小学生の頃にやっておきたかったけど出来なかったイベントが三つある。それは転校、入院、お兄ちゃんになるというものだ。


 特にやりたかったのは転校だ。「おいおい今度の転校生ってあいつか?」とクラス中の噂の的になって、女子から校舎の案内とかされて、それを妬む一部男子から嫌がらせを受けても平然と、は多分出来ずにぐじゅぐじゅといじけてしまうんだろうなあリアルだと。


 いや、リアルがどうとかもはやそういう問題ではない。とにかく一度今とは異なる新しい環境にこの身を投じてやってみたいって欲求はずっとあった。


 でも本質的には何もなく平穏無事に、エスカレーターで上の階まで登るように成長していく自分に安心し納得していたからこそ今の自分とは違うそういう境遇に憧れていたんだなって思う。


 例えば尾崎豊とか、あれを聞いてるのはリアルタイムで本当に窓ガラスを破損して回ってたような人じゃなくてモヤモヤした現状を打破するような破壊的行為を心のどこかで望んでいる、でも特段実行に移す事なく心の中でそのようなストーリーをなぞって終わるだけの優等生ってイメージがあるけど、まあ大体そういう感じだ。


 いざ自分が窓ガラスを割る、じゃなくて新しい環境に飛び込む番になると、やっぱり尻込みしてしまうものだ。ソースは現状。この世界において、俺は何かを成し遂げたいという明確な意志があるわけでもなく出会いと別れの波に流されるまま今日の日を迎えた。ただそれだけの男だ。


 でも俺は勇者として生まれたからには勇者らしく生きねばという義務感と、仲間たちの頼もしい助けによってどうにかここまでやってきた。


 かわいい笑顔が時々怖いニーナ。無口だからこそたまに喋った時の存在感が異様なルサカ。とりあえず身も心も任せていいとにかく頼りになるアレサンドロ。見た目はガキでも中身は爺さんのデザイア。なぜ関西弁に聞こえるのか分からないが陽気なマロール。他にも色々な出会いが俺をたくましく成長させたものと思う。


 こんな幸いな事はない、ありがとう、なんて言葉では伝えきれない思いを胸に抱えて、俺は生き続ける事だろう。いや、素直に言葉にしろよ、という正論もあろうが、それを素直に言える人間なら俺もこんな生き方にはなってなかっただろうから。


 無論、出会った人が全員善人って事はなく中には他の誰かを傷つける生き方を余儀なくされた人もいた。かく言う俺も誰を傷つけることなく、とはいかなかったわけだし。有り余る力で人のプライドをいともたやすくへし折ったりね。バビロだったか。今となってはちょっとだけ悔やんでいる。もっと上手いやり方は本当になかったのかって。


 しかしそれもまた人生と言う名の長く曲がりくねった道を歩む上で必要となるものであろう。俺は、それでも誰もがより傷つかない優しい世界を望み、それを叶えるべく戦い続けるのが勇者の役割だと、現時点では一応こんな答えを出してみた。それが正しいかはこれから分かるといいな。


 そして俺は稲妻勇士となる。エンブレムに稲妻が描かれているから稲妻勇士なんてストレートなネーミング。しかし胸の奥で震えるこの感覚は一体どういう事だろうか。


 今の俺の誓いは稲妻勇士として、俺の心の奥底で未だに眠っているであろう真実の勇気とか優しさ、それに正しいものの見方だとかもっと色々な事を身に付けて誰からも、そして誰よりもこの俺自身が納得するような真の勇者になりたいと、そういう事だ。


 どうせ生まれた人生だ。やりたいように生きてやるさとは思うが俺にとってやりたいようにやるってのは無軌道な生き方を力で押し通す事を意味しない。そんな生き方は美しくなさすぎる。


 誰にとっても恥じることない、自分の心に言い訳をしない、そして世界をあまねく笑顔で包むために。


 今、眼前に広がる王都ポーラティスはとても静かだ。風は吹かず、水も動かない。石の壁は全ての邪念を遮るかのように力強くそびえ立っている。


 侵略者の攻撃を防ぐべく結界を張り巡らされた聖なる都に俺はあえて飛び込もうとしている。それはまさしく稲妻のように力強い意志を持って、確かな決意の下で進まねばならないだろう。


 怖さはある。結界の前には飾り立てた衣装など何の意味も持たず、ただ俺の裸の心を試されるように思えてくるからだ。稲妻は勇気の証。本当にそう思えてくるのだから不思議だ。


「初さん! 聞いていますか?」

「えっ、ああ、ごめん聞いてなかった」

「ふふっ、そうだと思ってました。ぼんやりするのが好きですもんね」


 ちょっと待って、俺の場合は何も考えずぼんやりしてるんじゃなくてね、なんて反論の一つでもしようと思ったがどっちにしろニーナの話を聞いていなかったのは事実なのでそれは自重した。男ならしょうもない言い訳はしない。そっちのほうが勇者っぽいだろ。


「いよいよ時間ですね」

「うん」


 青いキャンバスに白い絵の具を薄く撒き散らしたかのようなうろこ雲が撒き散らされた空には突き抜けるようなトランペットの響きがよく似合う。力強く、そして美しい旋律は新たなる道を歩み始めた俺達を祝福するようだ。


 この勇壮なる調べとともに俺達の入学式は始まった。場所は王都ポーラティスの中心に位置する王城の前に広がる広場。その真ん中で俺達新入団勇者七人が椅子に座らされている。右からキリアム、デザイア、ラメニルス、俺、ニーナ、ルサカ、マロールの順番だ。そしてそのセンターポジションが俺。何故だ。そんなやり方で緊張させないでくれよ。


 しかも俺達の格好も、試験の時にアレサンドロ達が着ていたあの服だからな。稲妻勇士の制服だ。


 寸法を取る人が来て、サイズなんかを測ってくれたのはもう数日前の事だ。ポーラティスへの引っ越しを済ませた新入生全員が寮の広い部屋に呼び集められたかと思うと、六十代ぐらいの灰色の髪を持つおじいさんがいた。彼が王都一流の仕立屋であるハーリー・バーグである。


「じゃあまずは僕が」


 真っ先に立ち上がったニーナが扉の奥に消えてから二、三分、そこから出てきたのは紛れもない稲妻勇士の姿であった。穢れなき純白の制服と赤い羽根の付いた帽子、それと流れるような金色の髪が信じられないほどの調和を果たしていた。


「おお……」


 言葉にならないため息が思わず漏れる。当のマロールはいつものスマイル全開で「どうですか初さん?」と聞いてきたが俺はしばらく何も言えなかった。


「うん。よく似合ってると思うよ」

「ありがとうございます。じゃあ、次は初さんの稲妻勇士姿を見せてください」

「うん、分かった」


 と言うわけで二番目が俺となった。入ってすぐ、バーグさんは服を脱げと指示してきたのでその通りにした。


「その下着もじゃ」

「えっ!? それもですか? あなたの前で?」

「早うしなさい。勇者がそんな事でためらうもんじゃなかろうよ」


 そう言われると弱いので俺は意を決して、初めて会う人に生まれたままの姿を晒す事となった。こんな理不尽あるものか。服を着るだけなら誰だって出来るだろうになぜこんな。顔は紅潮し、拳が震えるのが分かる。


 でも相手はプロだしおじいさんだからね。そんな俺の事情なんて気にするわけもなく素早く作業を始めた。まず俺の胸から太腿にかけて、黒みがかった灰色の泥をなすりつけてきた。ひんやりとした土の感覚が肌に密着して鳥肌が立ちそうだった。


「しばらくじっとしておくのじゃぞ。動くとまたやり直しじゃからの」


 何も言わず動きを止めていたところ、三十秒ほど経ったところで、その上から白い布を被せられた。これはまさに貫頭衣と呼ぶべきもので、サイズも俺には大きすぎるように思えた。それと、最初に塗られた泥はいつの間にか固まってタイツみたいになっていた。


 バーグさんは布の上から俺の腰あたりを触って、赤いベルトを巻きつけた。このベルトは細いツル植物が乾燥したものを撚り合わせているみたいで、肌触りは柔らかいけどしなやかで強そうだ。


 こうして場所を合わせたかと思うと手足の丈を調整するべくカッターナイフのようなものでばっさりと布を切った。シュルリとリング上の白い布が足元に落ちる。後は股と脇を作って、横の部分を縫い合わせると仕立屋のおじいさんは一つ大きく息を吐いた。


「これで大方完成じゃ」

「えっ、もう。凄い早いや」

「ふん、超一流の職人ならこの程度朝飯前じゃ」


 縫うスピードもまさに神業レベルだったので、俺はかなり感動していた。一つの道を極めればこんなにも美しくなれるものか。


 それからソックスを履いた。こっちの世界じゃゴムはあんまり普及していないのか、ハイソックスの上部分には赤いリボンが回されており、それを締める事で固定されるようになっている。俺は一段と力を入れてきりりと結んだ。油断してるとずり落ちてルーズソックスになるからな。勇者がそんなの履いてると恥ずかしいぞ。


「ええと、これで終わりですかね?」

「いや。最後の仕上げじゃ。お主、好きな数字は?」

「えっ?」


 今までの流れとは全然関係ない質問に俺は拍子抜けした声を出した。ただ好きな数字自体は決まっているのでそれを答えたところ「二桁の数字じゃ」と後付けで補足された。じゃあ好きな数字を重ねたものでいいやって事でそう答えた。


「ふむ、その数字ならちょうど空いておるの。背中を向けよ」


 何がどうなっているのか分からないまま背中を向けたところ、バーグさんは俺の背中を三回ほど撫でて「これでよし。全て完成じゃ」と微笑んでくれた。俺は「ありがとうございました」と頭を下げて退出した。


 これで俺も立派な稲妻勇士の姿形だ。扉を出ると皆から「格好良いですよ」「見違えるようだ」「よう似合っとるで」なんて言ってもらえたので一安心だ。皆優しいね。その優しさに触発され俺の口元は大きく緩み、更に目元の涙腺までゆらゆらしてきた。


 もちろん本当に泣いたりはしないよ。だって男の子だもん。


 それから他の皆も同じ服になった。こうなると今まで以上に仲間、同志ってイメージが強固になるから面白いものだ。あのマロールさえも、同じ服を着ると本当に仲間になるんだなって思えたし。


 こうして作られた服を着るのは今日が二回目って事だ。でもカウントするのは今日が最後。だってこれからはこの格好で日々日常を過ごすんだから。背中にはこっちの文字で44と書かれた白い服は、世界に一つだけの成長していく服なんだから。

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