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「ええ、以上で本日の日程は全て終了しました。皆さん、お疲れ様でした」
稲妻勇士筆頭であるヘサッキの声が高らかに響く草原は夕刻を迎えて傾いた太陽が絞り出したオレンジ色に染まっていた。俺が戦った後ももうちょっと模擬戦は続いていたが俺は安堵感でいっぱいだったので特に見てはいなかった。
「ニーナくん、キリアムくん、マロールくん、デザイアくん、ルサカくん、ハッセくん、ラメニルスくん。君達が合格となります。おめでとう!」
まさかその場で合格者まで発表されるとは思わなかったのでちょっとびっくりしたが、とりあえず自分の名前を無事に呼ばれたので安心した。まあ、実力は十分に発揮出来たし、そんなもんだろう。
それと仲間たちも全員よく実力を発揮出来たので良かった。一番不安だったニーナも謎の大技繰り出したし。マロールは別に落ちても良かったけど、まあ実力的には当然の事なんだろうな。本人は「まあ当然やな」と言わんばかりに腕を組んでいる。
それと昨日出会ったラメニルスも合格なのか。あいつもなかなかやるもんだな。あのマスコットみたいな見た目からどうやって戦ったのか。しかも合格って事は強いはずだし、あの見た目で他の受験生をバリバリに倒してたとか、想像するだけで、ああ、やっぱりうまく想像出来ないや。
俺以外の戦いもちゃんと見ておけば良かったな。今更ながらちょっとだけ後悔した。でもまあ、これから俺とラメニルスは仲間となるのだからおいおいそのチャンスはあるだろう。
「今名前を呼ばれた方々は前に出てください」
ヘサッキに促されて、合格した俺達七人は勇躍足を一歩二歩前へと進めた。今、俺達はここに集いし全員の注目を、視線を一心に集めているわけでいささか照れくさいし、緊張する心がまた湧き上がってきた。しかしこれ以上に誇らしい事はそうないだろう。
「おめでとうハッセくん。新たなる仲間の到来を私達は心から歓迎している」
「は、はい。ありがとうございます」
「ともに学び、そして戦い、成長していこうじゃないか。勇ましき同志よ!」
そう言うとヘサッキは俺をハグしてきた。まさかこんな事されるとは思わなかったのでとても恥ずかしかったが、夕焼けの色が俺の真っ赤に染まった頬を覆い隠してくれたのでそれは人に分からなかっただろう。俺はこっそりと太陽に感謝した。
この儀式を合格者七人全員にすると俺達は横並びしている稲妻勇士のすぐ横に並ばされた。服装はバラバラだけどもう彼らの一員みたいな立場になったって事だろう。
「一気に七人合格は非常に珍しい事で、それだけ今回は優秀な同志が揃っていたのです。頼もしい仲間がまたこれだけ増えると思うと、私も非常に満足しています。今回は残念な結果に終わった皆さんもまた鍛錬して、きっと挑戦してみてくださいね」
改めてこの位置から受験生の皆を見ると、誰もがきりっとしていて自分なんかよりよっぽど賢そうに、大人に見える。まあ実力に関しては俺のほうが上だけど、それを手に入れた経緯がいんちきみたいなものだからな。ここにいる奴らは大体が本人の明確な意思によって手に入れた力なのに俺ときたら。
まあ、こうなったら俺も精神をみっちりと鍛え抜いて本物の勇者にふさわしい人間になるしかなかろうよ。結局コンプレックスを振り払うには自分の成長なくしてはありえないのだから。
ところであのバビロはどこでどうしてるかなと目線を左右させて探したところ、こんな空気を共有するのは耐えられないとばかりにこちらを強く睨みつけていた。
一瞬、俺と視線がぶつかった。俺は思わず声を出してしまいそうになったがそれはどうにか自重して、でも目線は一瞬逸らした。それを元の位置に戻した所、既にバビロの姿は消えていた。稲妻勇士となった俺の姿が痛すぎて涙目敗走したものと思われる。
悔しかろうに。ずっとそうなりたいと思っていたものが、あいつの言う雑草である俺にこてんぱんにやられたのだから。これで俺がまともな方法で強くなっていたのなら「それはあいつの鍛え方が足りなかったということ」なんて思えただろうけどね。性根が腐った男とて多少は同情してしまう。
肉体の傷は魔法によって即修復されたが、肉体以上にざっくりと引き裂かれた心の傷が癒えるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「ではこれで解散します。気をつけて帰ってくださいね」
ヘサッキのお話が終わると即解散となったが俺達合格者はもう少し説明みたいなのがあるらしくここに残らされた。
「それにしてもラネよ、良かったな。君も見事に合格したんだから。本当におめでとう!」
「うん、ありがとーね。それとハッセもようやったねー。見たけど凄い強かった!」
「まあね。それでお兄ちゃんには会えた?」
ラメニルスは首を大きく縦に振った。でも試験中はあくまで稲妻勇士と受験生の一人という関係であって特に話したりとかはしていないそうだ。確かにアレサンドロも俺達を特別気にかけるような素振りは見せなかったし、その辺は公私混同しないよう意識的に努めているのだろう。
「あっ、お兄ちゃんが来るや。おーい、兄ちゃーん! ここよー!」
「おおう! ラネエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
ラメニルスが右側を向いて手を振ったかと思うと、いきなりとんでもないだみ声の絶叫が響いてきた。
「むう、あ、あれは!?」
黄昏の彼方から走り来る男の顔が判別可能な距離にまで近づいてようやく分かったこの異様なる物体。その男は半袖半ズボンにベレー帽という制服の端から飛び出ている、パッツンパッツンに発達したたくましい手足をばたつかせつつ猛烈な勢いで迫ってくる。結構デブいぞ! でも見ると意外と身長は低くて俺より下だ。
そのいかにも質量がありそうな物体はラメニルスに体当たりをぶちかますように抱きついていた。
「ようやったのうラネェ!! その年で合格じゃけえ凄いわあ! 天才じゃあ!!」
「うん! ありがとう!」
「でもお前ならやれると思うとったわ! ずっと賢くていい子じゃったもんのう! あれから魔法も随分鍛えたようじゃし、先生の言う事もよう聞いたんじゃのう! 厳しかったろうに!」
「んっ、あはは、お兄ちゃん痛いよ」
「おっとすまんすまん。ラネの晴れ姿を一刻も早く祝いたくてのお! ずっとこの時を待っとったんじゃ!」
唖然とする俺を見て、ラメニルスは「ああ、お兄ちゃんです。名前はイルラスって、それは前も言ったっけ」などと紹介してくれた。いや、それは分かってる。ただぱっと見の印象で言うと、あんまり弟とは似ていないように思えた。確かにラメニルスも丸々とした顔だけどここまで太いわけではないし。
髪質も弟は柔らかくストレートな感じなのに兄はかなりきついパーマがかかってるし、逆立った髪の毛と後頭部を押したらポンと発射されそうなほどに見開かれた目つきは鬼か阿修羅の申し子かと思わせる迫力だった。
「そう言えばお二人はリュンビエール村の出身ですよね?」
「はえっ、よう知っとるのう。それともラネ、言ったんか?」
「ううん。言っとらんよ」
いきなり話に割り込んできたのはニーナだった。どこ出身かはまだ説明されていないはずだったのに何で分かったのだろうと聞いてみたところ、このように説明してくれた。
「その訛りとブルミングバーグって苗字ですよ。リュンビエール村はアイゼルモッケンの山間にある村で、レドン家、カーサー家、そしてブルミングバーグ家という三家の人間によって開拓されたんです。急峻な山岳の中にあるという土地柄もあり他所との交流がほとんどなく、現在人口二百人ほどの村にはその三つの苗字しかないんです。だから同じ苗字の家は親が違っても兄弟同然の付き合いをしているんですよ。そうでしょう?」
これに二人はほうじゃほうじゃと首を縦に振った。つまり大雑把に言うとイルラスとラメニルスは兄弟同然に暮らしてきただけであって父親も母親もまったく別人だって事だ。なんだ、そういう事だったのか。似てないと思ったが、それもまた必然であったか。まあ、何にせよ知ってる人が合格したのはいい事だ。
「じゃあわしはもうちょっと準備があるけえここで抜けるわ。久々に会えて、しかもたくましゅうなって、わしは嬉しいぞ。君らもわしのラネと仲良くせえよ。全員が稲妻勇士の同志なんじゃけえね! じゃあ!」
そう言い残すと質量の塊はここから去って行った。それと入れ替わるようにまた別の稲妻勇士の人がこっちに歩み寄ってきた。稲妻勇士はターン制なのか?
「君がハッセくんかな?」
そう言って俺の肩を叩いたのは、ちょっと信じられないような美形の男だった。年齢は俺と同じぐらいか、あるいは上か。聡明さと強い意志を両立させたオレンジ色の瞳、耳を出しながらも結構長いオレンジ色の髪の毛、と思ったけど夕焼けでオレンジ色に見えるだけか。
とにかく、その顔の完璧な造形はまるで絵に描かれたようで現実感がなかった。ぶっちぎりで格好良いから逆に男としての嫉妬と言うのか、こいつ俺より格好良い顔してるなとか、そういうのがまったく浮かばない。それぐらいレベルが違うからだ。
「え、ええ、そうですけど。私が初瀬顕真です。お陰様でこの度無事に合格いたしまして……」
「そうか、良かった。じゃあちょっとこっち来てくれないかな。それとキリアムも」
「はい!」
キリアムと言えば今回合格した受験生の一人で、唯一俺との関わりが皆無だった奴だ。そいつが背中で元気よく返事をしていたのでどんな顔なのかと覗いてみたところ、非常に失礼な言い方だけど「ちゃんとこういうのもいるんだな」と安心してしまうようなルックスだった。
いや、もうはっきり言って顔はあまりよろしくない。もわもわで羊のような天然パーマの髪型はまだしも、口を閉じているはずなのに浮かび上がってくるビーバーみたいな前歯の存在感が物凄い。頬にはそばかすがポツポツ浮かび、年齢は多分ルサカと同じかもっと若いぐらいだろうか。
でも何で俺とこいつが呼ばれたんだろうか。もしかして俺の素性良からぬ事がばれて勇者に値せずと判定されたとかじゃない事を祈りつつ、美形稲妻勇士の背中を追っていった。




