8/13
「では次は紫色の紙を持った方、集合してください!」
ようやく俺の出番が回ってきた。闘争心はとっくに最高潮だが、それに加えてなんだかとても嫌な奴と出会ってしまったので今はそのバビロとかいう性格の悪い貴族の坊っちゃんを一刻も早く打ちのめしたいという暗い欲求の炎がメラメラと燃え盛っていた。
でもそれを表に出したらそれこそバビロと同じ穴の狢となるので控えに控えて、せめて表面だけでも穏やかな笑みを取り繕って集合した。
「下郎め。先ほどの無礼、忘れる俺様ではないぞ。貴様の首、掻っ切ってくれるわ!」
「それは良かった。幸い俺も君と同じ気持ちでねえ、もしかすると俺達って息が合うんじゃないのかな?」
「今のうちにほざいておけ。それが貴様の辞世の句となるのだからな」
先に向こうがけしかけてきたけど何もせず受け流すのも無粋なのでわざと皮肉っぽく、地の利を得たぞって気持ちで受け応えた。無論、全然愉快な事もなく内心は笑顔の反対の感情であったわけだが。
引きつった笑みの俺を鋭く睨むバビロ。お互いやる気満々だったが、まあ本当の事を言うとバビロがいかにいけ好かない、腐った卑しい根性の持ち主だとしても殺す気まではなかった。
俺は一度死んだ身だ。死ぬって事は痛くて辛いし、皆も悲しむ事になるから出来るだけそうしないようにってのはずっと思っている。あんな感覚、他の奴にはなるべく味わわせたくないからね。
ましてや俺の手によってそれが誰かにもたらされるなんて。俺が嫌な思いした事だから他人もそうなればいいってなれないよ。でも今の昂った感情からいくといつ間違いが起こっても不思議ではない。
俺は強い。これはもはやはっきりしている。だからこそ、強い力をその手に持っているからこそ自制心が必要になってくるのだ。だが本当の意味で俺が自制心を身につけるにはもう少し時間がかかりそうだ。まだ俺は幼いと、そう認めざるを得ない。
「では、それぞれ武器の射程外に散らばってください。死人を出さない程度に大暴れしてくださいね。出したらその人は力のコントロールが下手だったって事で確実に失格になりますからね」
単なる力試しの領域をはみ出そうな不穏な感情のぶつかり合いをヘサッキには見透かされているようで、しっかりと釘を差された。武器自体は模造刀とかじゃなくて本物の剣とか使ってるわけだからな。ましてや俺の三日月斧。肉どころか骨をも砕く武器だ。
両腕がかすかに震えるのが分かる。激情に呑まれるなよ俺。クールに徹しろよ俺。戦いを前に、俺はいかにして感情のマグマが噴出しないように抑えこむか、そればかりを考えていた。
「よし散らばったな。では、始め!」
程よく草原各地に散らばった俺とバビロとその他五人の受験生。幸か不幸かバビロと俺は一番距離が離れているのでまずは誰とやろうか、と思っていると背中からいきなり絶叫が響いてきた。
「でやあああああああ!!」
白い服を着た奴がいきなり俺に向かって切りかかってきたのだ。
「ちっ、上等!」
殺気に逸っているこいつの斬撃を俺は三日月斧の刃で受け止めると、そのまま押し返した。
「うわあっ!? な、なんてパワーだ」
パワーの違いは明らかで、俺に切りかかってきた奴は完全に力負けして尻餅をついていた。
「生憎だけど俺と君とじゃ力が違いすぎるみたいだ。運が悪かったと思って諦めなよ」
「う、うるさいっ……! こんなところで、くそおおおおおおおおおおお!!」
俺を見上げるその瞳は明確におびえていたが、その気持ちを誤魔化すように叫びながら立ち向かってきた。さすが勇者候補生だけあって、なかなか勇気のある男だ。
「その気概は見事! でも悪いけど、君はここで終わりだよ!」
そう言うと俺は相手の腹部を軽く押した。死なないようにかなり手加減したのだが奴はつむじ風に吹かれる木の葉のように軽く吹っ飛び、地面に叩きつけられるとそのまま動けなくなった。
鎧袖一触。ここまで来ただけあって奴もかなりの使い手だったんだろうけど、いかんせん相手が悪かったと言える。ごめんね、チートパワーを得た人と当たるなんてアンラッキーの極みだったよね。でも俺も負けるわけにはいかないから仕方ないね。
「さて、次!」
俺は振り向いて第二の対戦相手を物色したが、今のワンサイドゲームを見てくれたらしい受験生は完全に怖気づいていた。二人を除いて。
「うらあっ! どうしたあ! もう終わりかぁ!」
バビロの狂気走った怒号と殴る音だけが強く響く。その目つきはまさに血に飢えた野獣が獲物をむさぼる時のそれであるかのように赤く血走っており、人間である事を放棄しているかのように映った。
殴られている相手は小柄なバビロよりも一回り小さくて、実力的には数段劣っているであろう受験生だった。もはや抵抗も出来ないほど滅多打ちにされているにもかかわらずサディスティックな攻撃の手を緩めないバビロ。なんて悪趣味な野郎だ。
顔の色が紫に変色して、口や耳からも出血するという凄惨な事態にはさすがの俺も義憤に駆られて「いい加減にしろよ!」と反射神経より生み出された言葉が口をついた。
「バビロ、君がどうしてそんなに歪んでしまったのか知らないけど、そんな弱い者いじめをするような勇者なんて恥だ、勇者の名折れだと自分で思わないのかい?」
「ほざくなよ雑魚が! こいつは所詮農民の子。貴族である俺様が農民をどうしようが貴様如きにどうこう言われる筋合いなどないわ!」
骨の髄まで貴族主義に染まりきったバビロの姿を見て、俺はもはや怒りさえ失せてしまうようだった。
それ以外の生き方を知らないし知ろうともしないなんて、あまりにも哀れな男に思えたからだ。ただこんなのを野放しにしておくと世界にとって迷惑なので、放ってはおけなかった。
「次は俺が相手だ。君の鼻っ柱を叩き折ってやるから覚悟しておけよ!」
三日月斧を高く構えて歪みの根源を睨みつけた。バビロも右手に持つ先端が曲がった細身の剣をこちらにかざしている。ああそうか。こっちの剣は片手で操るタイプか。ちょうどフェンシングとかみたいに半身になって構えている。
「はあああああああ!!」
そしてバビロは一瞬で近づいてきた。その突きというスタイルゆえか、見た目以上にリーチが伸びてきたので受けきれず、右肩辺りにかすった。
「くっ!?」
一瞬の苦痛に思わず歪んだ俺の顔を見てバビロは勝ち誇ったかのような嘲笑を浮かべた。
「ふははっ、この屈曲サーベルはな、人間の肉を切り刻むのに最も都合のいい形状をしているのだ。貴様のいかにもドン臭い鈍器とは格が違う」
「むうっ、俺の三日月斧になんて言い草だ!」
「ふん。貴様は楽には死なせんぞ。このサーベルで肉の筋を一本一本バラバラになるまで切り刻んでやるからな。覚悟するんだな」
サディスティックなバビロの笑みは、しかしこれが最後となった。
「馬鹿な奴だな」
ため息一つを伴にして、哀れみを持ってつぶやいた俺の言葉はバビロの高笑いを打ち消した。
「貴様、どこまで貴族を愚弄するか!」
「それは君の方だろう。人をいたぶって優越感を得るなんてくだらない用途にせっかく鍛えた実力を使うなんて馬鹿だ! まさかそれが正しい貴族の道だなんて思ってないだろう? 本気でそう思ってるんなら論外だけど、さすがに欠片であれ人間としての良心はまだ持ってると信じたいんものだね。君はそんな愚か者じゃないよね?」
「黙れ黙れ黙れ! 神であってもも王さえもこの俺様を愚弄する言葉は許さん! ましてや貴様如き雑草の言葉など聞く耳持たぬわ!」
「ふうん、分かったよ。生まれは貴族でも君の心は犬畜生以下だとよく分かった。もう怒る気さえ失せてるしさっさと退場願おうか。この俺の必殺拳によってね」
「何、必殺剣だと?」
「うん。見てろよ。一撃で終わるからな!」
お互い言いたい事は言い尽くしたようだし、そろそろ頃合だ。俺はバビロに向かって全速力で走った。そして三日月斧を大きく振りかざした。
「そのような愚鈍な武器の攻撃など!!」
バビロはそれを受け止めようとサーベルを構えたが振り下ろした先はバビロの肉体から少し外れた地面であった。そう、三日月斧は攻撃のためのみにあらず、こういう使い方もあるって事だ。
「そして見よ! これが俺の必殺拳、簡易版ドラガニアキックだ!」
世界初公開。いつの間にか雲がぼつぼつと流れていた秋空に向けて俺が叫んだ簡易版ドラガニアキックとは、俺が目指した本物のドラガニアキックはどうやら本番までに完成しそうにないと悟ったのでちょっと妥協して作った必殺拳だ。
具体的に言うと地面に三日月斧を突き刺して、それを左手で掴んで支えにしつつ右足のハイキックを炸裂させるというものだ。華やかな動きもない普通のハイキックとも言えるので色気がないのが弱点だが、威力に関しては十分なものがあった。
「ぐわああああああああああああああ!!!!」
キックはバビロの胸部を正面からばっちりと捉えた。まっすぐに吹っ飛んでいったバビロの肉体は稲妻勇士の皆さんが見守っている辺りに突っ込んでいって大騒ぎになっていた。
「お、おい大丈夫か!?」
「ぐううっ、だ、大丈夫……、ごふっ!」
「まずいって血ぃ出てる血があっ!」
「早く治癒魔法を!」
バビロのロケット頭突きが腹部付近に直撃した人もいたみたいで、さすがにやり過ぎたかなといささか申し訳なくも思った。まあ、俺の実力はほぼ完璧に披露出来たわけだし、いいか。
バビロに関しては、この一撃で間もなく心が入れ替わるとはさすがに思わない。さすがの俺もカタルシスウェーブとか持ってないからね。
ただ雑魚だの雑草だのと認識していた俺に惨敗した事で、もしかすると自分の考えは間違っていたのではないかと冷静に考えるきっかけになってくれればいいなとは思った。
それと他に何人か残ってたけど、ちょっと目線を向けてみたところブルブルと震え上がっており完全に戦意を喪失していたように見えたので「かなり手加減するから大丈夫。一発受けて気絶するふりしてくれれば」と声を掛けながらゆっくり歩いて近づいたところ、それだけ無事に気絶してくれたので事なきを得た。




