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模擬戦による試験はその後も順調に続いた。俺が知っている仲間達も次々と草原に駆り出されてはその実力を遺憾なく発揮していた。
マロールは一瞬で相手に近づき、風が吹いたかと思ったらその瞬間にはすでに肉体を傷つけているというお得意のスピード戦術を駆使して圧勝。デザイアも弱まったとは言え未だに強力な光魔法でうら若き受験生たちを一方的に打ちのめしていた。
「駄目だ、あいつには全然敵わない。さすがは草の民。俺達とはレベルが違いすぎる……」
「そういえばデザイアって聞いたことがあるぞ! 確かスバラルト山脈のグロス山に本拠地を持つ魔王じゃないか!」
「そんな奴らが受験していたと言うのか! あの光のオーラを出す変な奴もいたし、今年は去年とくらべてもレベルが高い奴が多すぎる……」
中には心を折られた奴もいるみたいだ。上のような声がいたるところから聞こえてきた。実際見ていてもマロールやデザイアは強すぎた。彼らを前にすると他の受験生が頑張って鍛えてきたはずの武芸は所詮お稽古事に過ぎなかったのではと人生を考えさせるレベルで、まさに次元が違うってなもんだったから。
まあ確かに普通に強くて普通に頑張ってきた人達からするとかわいそうな年ではあるんだろうな。マロールとかデザイアみたいなのが毎年のように出てくるものでもないだろうし。
でも冷静に考えるとこいつらをこのポーラティスまで引き寄せた原因は他でもないこの俺にあると言えるわけで、そう考えると俺ってすでにこっちの世界でやりたい放題やってるんだなと改めて認識した。
実力はあるけど別にそれを誇示したいとかじゃなくて、ただ俺にとって優しい世界になるべく節度を持って使おうと、それぐらいしか考えてはいなかった。力があるから何をやっても許されるなんて傲慢な人間にはなれない男だから。
例えば広島市にサッカー専用スタジアムを作りたいって話があって、その中で一部の悪い方にこじらせた人間が同じく広島市を本拠地に置く野球チームと妙に比較し始めて「万年Bクラスのあっちと比べてこっちは四年で三回優勝するぐらい強いのに冷遇されている」みたいに言うけど、そういう話じゃないだろうって思う。
じゃあ強さに免じて建設が決まったとして、うっかりJ2降格でもしたら新スタジアムは取り壊すのか? あるいは実際問題として十年もたたぬ昔には降格していたけど、その時は「俺達は弱いから新スタジアム建設を求めるのは自重しよう」とでも呼びかけていたのか? まさかそんなわけはないだろう。
強いから優遇しろって事は弱ったら冷遇していいと主張するのと同義。でもそんな世界は間違っている。歴史においていい時代もあれば悪い時代もある。幸い今はいい時代だけど、永遠に強いままではいられないのだから。
戦力として弱っても愛してくれる人が多くいてくれる。こっちのほうが優しい世界っぽいじゃないか。無論、弱くても愛されているという状況に甘んじる事なく常に上を目指して努力すべきなんだけど、それに関しては十分すぎるほど出来ていたので問題はない。
弱い時も頑張ってチーム力拡充、土台作りに奔走したからこそ今の栄光がある。その努力は確かに賞賛されて然るべきだけど、だから市民球場跡地にスタジアムをとはあまり思えないってところだ。
思えば前身のチームだって昔は強くてリーグ四連覇とかしていた。でも最後の優勝である一九七〇年からは凋落の一途で、何度も名前を変えて二度降格して、今のエンブレムにSINCE 1992と書かれている事からも分かるように最終的にはその歴史さえも捨て去られた。
それから現在のクラブになってからも二度ほど降格を経験しつつ優勝するまで何年かかったか。結局積み重ねじゃないか。サッカーではそれを理解しているのにこと政治に関しては随分不器用なようで、いい場所があったからとハイエナのようににじり寄ってきて今は成績いいからってそれだけに乗っかかるような薄っぺらい意見だから選挙でも負けたんじゃないか。
ただまあ広島市の言ってる事が正しいかって言うとそれはそれで全然なんだけどね。大体今のスタジアムがアクセス悪いって事になってるけどあそこだって当初の計画通りにさっさと整備されてればそんな大問題にならなかっただろうに。
そもそも今の市民球場だって決まってた計画が一回全部チャラになって凍結してたよね。旧市民球場のボロっぷりも酷いものだったし、野球は優遇されているとか言ってる奴はその頃の事をもう忘れてしまっているのだろうか。今優遇されているように見えるのはそれは人気があるからであって野球だから無条件に優遇とは言い難いのではないか。
ともかく一事が万事、何を決めるにもとろとろとろとろ、しかもいざ決めてみると空港とか大学とか変な方向にばかり思い切りが良くて結局衰退を助長している。
今、宇品が優勢だって言うけどここも流通業界から懸念の声が上がっているらしい。この懸念を解決するには道路の整備などが必要になろうかと思うが、そうなると金と時間がどれだけかかるやら。
しかもそれでも完遂させるんならいいけど平気で計画中断一時凍結ってなるからね。それこそアストラムの環状化とか、駅前の闇市なんかも長々と居座っててまあ今は無事に撤去されたけどあまりにも遅すぎる、惜しまれぬ死だった。行政のリーダーシップと正確な判断力が足りないんじゃないか。
こんな奴らを信じられるもんかって気持ちは確かに分かる。でも、彼らみたいに自分たちの狭いドグマに拘泥してそれ以外の意見をもつ人間は全員憎むべき敵だと言わんばかりに罵詈雑言を連ねるやり方は誰が相手でも絶対に間違っていると断言出来る。あれに辟易して離れていった、本来は味方になってくれた人間だって大勢いる。
まとめると、やっぱガンバ方式で自分たちで金を出すから作ってくれとやるのが一番適切じゃないかな。マツダがロータリーエンジンにつぎ込んでる金をちょっと流してくれればどうにかなるんじゃないの、とか適当に言ってみる。まあ死んで元の世を離れた俺如きが心配する話でもないけど。
話を戻すけど、俺がこうして勇者学校を受験しているのは昔からそうなりたいから、ではなくて「肩書が何もないよりは稲妻勇士でしたってほうが箔が付くだろう」程度の安直な発想がメインだった。
でもまあ、こうなったら俺だって俄然燃えてくるぜ。多少制服がダサくても気にしない。乗りかかった船なんだから。
「おいお前!」
こうしてやる気をみなぎらせていた時、いきなり背中を叩かれた。しかもその叩き方ときたら加減やぬくもりがまったくなく、まるで動物にムチを打つかのような無慈悲な冷たさだけしか感じられなかった。
驚きとちょっとしたいらだちを込めた表情を背中に向けると、いかにも高そうな黒っぽい服を着た少年が無表情に顎を上げていた。身長はそれほど高くないが、きっちり左右に整えられた茶色の前髪がいかにもいいところのお坊ちゃんって雰囲気だ。でも態度は悪い。
「何だい君は?」
「お前も抽選で紫の紙になったよな?」
質問に質問を返されてしまった。でもこいつの態度ときたら、俺を奴隷か何かと勘違いしてるんじゃないかという無遠慮さでずけずけと入り込んでくるので、困った。自分のやる事は全て正しいと確信しているようだ。
それに対する俺も俺で、いつもなら弱気が顔をのぞかせて向こうの質問におずおずと答えていただろうが、今の俺は目の前でバトルが繰り広げられていたのもあっていつもより気分が高揚していた。だから自分でも驚くぐらい大胆になっていた。
「先に質問したのは俺のほうだ。君は誰だい?」
「貴様、この俺様を知らないとは、正気か? それともよっぽどの田舎で今まで暮らしてきた世間知らずかな? まあいずれにせよフェリス同盟が誇る稲妻勇士にはふさわしくないクズである事だけははっきりしたな」
「知らないものは知らないよ。君ねえ、井の中の蛙って知ってるかい? 自分の狭い世間じゃあ有名人気取りかも知れないけどねえ、世界は広いんだよ? 君の事なんて少し国境を越えれば誰も知らないんだから、よくもまあそんな傲慢になれるもんだね」
ちょっと強気な態度で出たところで向こうが全然引かないので、俺にも意地があるって事でだんだんと攻撃的な態度になってしまった。俺はこいつの言葉にむっとしたからそういう気持ちで言葉を返したら効果覿面、向こうもむっと来てたようだった。眉間に皺を寄せ、左目をひくひくと開閉している。
「生意気な田舎者め。貴様、ここがシソリオなら貴様の首なんて瞬く間に飛んでいたぞ」
「ここはシソリオとやらじゃなくて王都ポーラティスだろう? そんなどことも知れない街のルールを押し付けるなよ」
「ええい! 貴様よくもドラガニア第六の名門貴族であるシュタール本家次期当主であるこのバビロ様を愚弄してくれたな!!」
やっと名乗ってくれたので俺はほっとした。とりあえず相手のバビロってのは貴族らしい。でも第六の名門って言われてもよく分からないので驚きようがなかった。そんな俺の平然とした態度がまた癪に障ったらしく、バビロは顔を真赤にして罵倒の言葉を並べ立てた。
「こっちが下々まで降りてみればこの無礼! 貴様のような礼儀知らずのクズがのさばるようになったのは貴族の影響力が落ちて無知な凡人が中心に立つようになったからだと以前父上はおっしゃられた。まさしくその通りだな! やはり世界は優秀なる一握りの貴族によって動かされなければならぬ。あのヘサッキ・ヤイェスも所詮は釣り堀から這い上がってきた成り上がりの鵺。本来あの程度の愚物が誉れ高き稲妻勇士の筆頭に立ってはならぬのだ」
「……随分とつまらないプライドを持ってるようだね」
「何だと!?」
実際のところ、ただでさえ怒り狂っていたバビロが延々と続けていた汚い言葉を俺はほとんど聞き流していた。ただ言葉の端々からいけ好かない嫌な臭いが漂っていたのでこう言わずにはいられなかった。
「貴族が何で貴族になれたかって言うとご先祖様が頑張ったからだろう? 貴族が偉いんじゃなくて頑張った人が偉いんであって、君は何だい? ご先祖様の偉大なる足跡にぶら下がって威張り散らしているだけの愚物と言わずして他にどう形容すればいいのかな」
「言わせておけばあっ!!」
さすがに怒らせすぎたか、バビロは腰の剣を抜いて斬りかかってきた。さすがに怒らせすぎたか。俺は三日月斧の柄を顔の前にかざしてそれを受け止めた。
「こら! そこの君たち! いい加減にしないか!!」
さらなる鍔迫り合いは不可避かってところで稲妻勇士のリーダーたるヘサッキが一喝してくれたので、バビロは動きを止めた。今さっき凄い悪口言ってたはずなのに一応その人の言う事は聞くんだな。やっぱり根は素直なのかも知れないとちょっとだけ見直した。
「血気にはやるのは仕方ないが、指示も出ていないのに戦闘を始めるのは良くない。それでは単なる野獣だ。君達は紫だろう? 紫の模擬戦はこの次なのだから、持ち前の闘争心は正しい場所で発揮してほしい。二人とも、分かったかい?」
ヘサッキは非常に調和の取れたリーダーだと思う。だから俺は素直に「はい。すみませんでした」と詫びた。バビロは俺と比べるとあからさまに不満気な顔をしていたが、苦虫を三匹同時に噛み潰したような表情で「分かっている」とつっけんどんに言い放った。やっぱり不満自体はあるんだな。
俺が下げたのは頭だがバビロは男として株を下げたものだ。貴族だっていいやつはいるんだろうがとんでもないのもいるもんだなと思った一瞬だった。




