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「皆さんの熱い思い、しかと受け取りました。では続いて実技試験になります。ではそれぞれ私達の仲間を先頭にして五列に並んでください」
稲妻勇士の筆頭であるヘサッキがこう言った途端、アレサンドロとか同じ服を着た一団がそれぞれこっちに歩み寄ってきて「ここに並んでください」と大声で指示を出した。
白い制服の彼らはその両腕で何やら白い木箱を抱えている。それがどのような意味を持つのかは知らないが、とりあえず言われた通りに並べば問題ないのだろうから気にしない事にして、俺達も一番近い列に加わった。
「はい、並びましたね。では今からくじを引いてもらいます。各列、一人ずつ前にでて、中に入っている封筒を一枚引いてください。取った封筒は指示があるまで開かないでくださいね。それと魔法なんかは使わないように。分かりますよ。違反が発覚した場合即時退場となりますので気を付けてくださいね」
そして粛々と始まるくじ引き。誰も何も言わずに、ただひたすら箱の上部に開いた穴へと手を突っ込み、その中に入っているであろう茶色い封筒を掴んでいる。ドラフト会議かよ。
でもこの作業自体は全然時間がかかるものでもないので、列でもやや後ろのほうにいた俺に回ってくるのはあっという間だった。
「じゃあ次の方どうぞ」
「はい」
俺の番が来たので、可能な限り元気に返事をして前へと進み出た。箱を持っているのはアレサンドロではなく知らない人だったので、それがまた緊張を誘発する。身長はそこそこ高くて、俺と同じくらいだが俺以上にほっそりとした体つきだ。
そして何より鋭い目つきだ。深く濃い紫色の瞳はあらゆる違反を見通してきそうで、無駄に緊張してしまう。別に悪い事をしようと思わないしそもそも魔法なんて使えないんだから少なくとも俺がそんな事を考える必要はないのに。
俺は右手を箱の中に突っ込むと、無駄に手首を時計回りに動かして封筒を混ぜっ返したりしつつ、箱の中では手前の左にあった封筒を掴み、やや勢いをつけて大袈裟に取り出した。その間、目線はずっと箱の反対側に向けていた。「邪なことは一切しないし考えてもいませんよ」ってポーズだ。
「はい、ありがとうございました。頑張ってくださいね」
「ええ、はい!」
名前も知らない稲妻勇士の人はクールそうな見た目とは裏腹に暖かな心を持っていたようで、細い目をさらに細めながらこうやって激励の言葉をかけてくれた。俺はいっぺんに緊張がほぐれ、笑顔で返事出来た。
この作業が全員分終わったのを確認すると、ヘサッキが「それでは一斉に開けてください」と指示を出したので、俺はその通りにした。ガサガサという紙の擦れる音がそこかしこに響く。ここに集まった百人ぐらいがまったく同じ動作をしているのだから無理もないだろう。
「むっ、何だこれ」
中には紫色の紙切れが一枚入っているだけだった。隣にいるニーナは黄色、ルサカは赤色、デザイアは紺色、マロールはオレンジ色の紙切れが入っていたみたいだった。特に文字なんかも書かれてない。
「つまりニーナよ、どういう事なんだ?」
「すぐ説明してくれますよ」
こんな問答があった直後、ヘサッキはニーナが言った通りの行動をとった。つまり、これは組み分けであったらしい。例えば赤色とか紫色とか、その色の紙を持っている奴同士でバトルを行う。同じ色の紙は大体七枚ほどで、つまり一対一ではなくて多対多の乱戦となるのだ。
「戦いにおいて一騎打ちを申し込まれる事はそうありませんからね。敵がそこかしこにいる中で集中力を切らさず対応出来るかって事ですよ。無論、一対一の実力も要求されますが」
「なるほどねえ。それでニーナよ。これで勝ち抜けるのは何人?」
「基本一人ですね」
「一人、かあ……」
正直やっかいだなと思った。俺は今まで、基本的に一対一のバトルばっかりこなしてきたから。まあモンスター相手なら最初に降り立った森とかは一対多数のバトルをやった事はあるけど、それとはまた違ったシチュエーションでつまりは未体験ゾーンって事だ。
しかも相手は全員勇者候補生。多分徒党を組んでいないからいつ誰が誰を攻撃するかも分からない。正面の敵と正々堂々戦うだけなら負ける気はしないが、後ろから殴られて無事でいられるか。
まあ考えても仕方ない。とにかく開き直って、頬をぺちぺちと軽く叩いて気合を入れた。当たって砕けろだ。でも砕ける気はないけどね。
「では始めに模擬戦を行うのは、黄色の皆さんです。黄色の紙を持っている方はこちらへ集合してください」
「あっ、僕ですね」
「おおニーナいきなりか? 頑張れよ」
「ありがとうございます。すぐ終わらせますからね」
余裕綽々といった態度でニーナは延々広がる草原へと足を進めた。天使なので当然なのかも知れないが運命を決める一戦を前にして平然、好きな歌を口笛で吹いている時のような表情に緊張やプレッシャーという状態は欠片も見られない。
「おい、ニーナってあいつ戦えるのか?」
「知らんよ。でもまあ、大丈夫だろう」
ルサカが俺に話しかけてきたが、俺だってニーナがちゃんと戦うシーンは見たことがない。今までは戦うよりもとりあえず死ぬのが仕事みたいなところあったし。
でもまあニーナならどうにかしてくれるだろうという根拠のない期待もあった。だってニーナは天使なんだから。まさかあこそまで大物風を吹かせておいて「実は戦えませーん」なわけないだろうし。まさかね。俺は俺の心配以外が原因で変な汗を流す羽目になった。
そんな俺の気持ちもどうせ知らず、延々と広がる草原にある程度距離をとった状態でニーナ達黄色組七人が遠すぎず近すぎずという均等なポジションに配置されている。
「絶対に勝ってみせる!」
「ここでアピールして稲妻勇士になるんだ!」
遠くから見ているだけでも受験生たちのこんな心の叫びが聞こえてくるような張り詰めた緊張感。剣や棍棒など、武器を持っている奴らは既に構えており臨戦態勢を整えている。ニーナは何も持っていない。
「では、模擬戦、始め!!」
ヘサッキの叫びと同時に、草原に散らばったいかにも腕の立ちそうな受験生達がジリジリと間合いを詰めるべくにじり寄る。そしてそのターゲットとなるのは、模擬戦とは言え真剣勝負の場にいささかそぐわない柔和な顔つきを崩さないニーナとなるのはもっともな事であった。
「まずはあのニヤニヤしてるガキをのして俺の実力をアピールするか」
これぐらいの気持ちであろう。殺気立った六人に囲まれて早くも逃げ場はなくなった。これいつもなら滅多打ちにされて死ぬルートだろうけど、今日はそうはいかないぞ。どうするニーナ?
「ふふっ、全員が射程に入りましたね。では終わらせるとしましょうか」
ニーナがこうつぶやいた次の瞬間、天使の体がいきなり光り輝いたかと思うとオーラみたいなものが四方八方に放出された。あまりにも眩しくて俺は、いや、俺以外の受験生やアレサンドロ達稲妻勇士の面々でさえも腕で目を覆うほどの強烈な光だった。
光が収まった時、ニーナの周辺には六つの肉体が横たわっていた。
「す、凄いな……」
「な、何やこれは! 今何が起こったんや? ハッセ分かるか?」
「いや全然……。デザイアさん、デザイアさんはどうですか?」
「う、ううむ……。ワシも初めて見る技じゃ……!」
暗殺者として様々な技に詳しそうなマロールや三千年を生きるデザイアですら分からない技だ。いわんや俺に何がどうなったのかなんて分かるはずもなかった。
とりあえずニーナはとんでもなく凄い魔法によってほんの一瞬で戦闘を終わらせたらしい。それがこの場に残った唯一の真実だった。
稲妻勇士の中でも身長が低い、子供っぽい二人がわちゃわちゃと慌てながら走って行き、倒れた受験生の顔を覗きこんで状態を確認していた。一人はおかっぱみたいな髪型で、もう一人はとりたてて特徴のない普通の少年ヘアーだ。彼らの検分はすぐに終わった。
「うーん、凄いなあこれは」
「だねえ。あっ、確認終わりました! 全員気を失っています!」
「そ、そうか。ならばそこまで! 救護を頼む」
「それは僕にお任せください」
ヘサッキも他の稲妻勇士の人達も驚愕のあまり明らかに動揺と混乱に頭を支配されていたが、当のニーナはこの場においても冷静さをまったく崩さなかった。まあ自分の術だから当然なんだろうけど。
そして今さっき自分で倒した六人の受験生に治癒魔法を施して、すぐさま気絶から目を覚まさせたのだ。なんというマッチポンプ。
ニーナの奇妙な技を受けた六人は一様に不思議な、腑に落ちないといった表情を浮かべていた。それで自分の手を見たりニーナのほうを見て首を傾げたりしていた。その様子は「俺は今さっき確かに気絶していた。でも何で気絶したのか理解出来ない」と言わんばかりだった。
驚愕と混乱に満ちた大地を悠然と見下ろしながら滑空する、さしずめ鷹にでもなった気分であろうか。ニーナは平気な顔で俺達のところへと戻ってきた。
「見てくれましたか初さん。これが僕の秘術です」
「秘術って……」
「今何をしたんや? 一瞬すぎてうちでも分からんかったわ!」
「ワシもじゃ。出来る事なら聞かせてもらいたいものじゃな」
俺以上にニーナの技に興味津々だったのはマロールとデザイアだった。いずれも最強となるべく日々努力している男だけに、未知の大技を見ると探求者としての血が騒ぐのだろう。
「ええ。あれはですね、平たく言うと魔法のちょっとした応用なんですよ。何度か反射させてエネルギーを高めたんです。だから、今の技を受けた皆さんは痛みなんかは全然感じなかったと思います」
いまいちよく分からなかった。まあニーナはそういうところがある奴なので仕方ない。とにかく、実力的には合格間違いなしだろうしそこは安心した。後は俺もしっかりやらなくちゃな。空は相変わらず雲ひとつなく澄み渡っている。




