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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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「いい加減認めたらどうだ? 聖典において神の広めし果実と書かれているナツメヤシをポーラティスにも広める。これは神の意志ではないのかね?」

「それとこれとは話は別です。それに聖典レドヴォ書簡において神はこうおっしゃられております。『汚れた土地の果実を口にすることなかれ』」

「何だと! じゃあ貴様は俺のバルゲ国が汚れた土地だって言いてえのか!?」

「そういう事ではありません。そもそもバンーグ派の解釈において汚れた土地は文字そのものの意味ではなく、遠くの土地から来たものは収穫から日が経っているため傷んでいる場合が多いから気をつけろという意味であるとされています。大体ですね、この……」


 俺達は無事ポーラティスに辿り着いたが、そこで足止めを食らっていた。と言うのも、入市する際にはいちいち何人がいつまで、どのような理由でと言った事を申請して、それが通らないと門前払いを食らうというシステムだからだ。


 俺達がいるのはあの丘から見下ろしたサークルの外郭に一つだけある城門の手前だ。遠くから見ても圧巻だった濠だが、いざ接近して見てみるとやっぱり本当に大きかった。


 あんな遠くからでもはっきり見えるって事は必然的にそうもなろうってなもんだが。幅は大体百メートルぐらいはあるのではないか。もはや川そのものだ。


 しかもそこから城門までに橋が存在しないのだから驚いてしまう。だから渡し船に乗って濠を渡る必要があるのだが、先客である全身に白い布を巻きつけたような服を着た、まあ常識的に考えて商人をやってるおじさんと係の人が入れろ入れないの激論を展開しているため待ちぼうけを食らっているのだ。


 しかも二人で何やら宗教の定義論争していて、部外者の俺にとっては意味不明な事甚だしい。神様だって自分がポロッとこぼした言葉の意味について大の大人がああだこうだと何百年何千年も論争してるのを見ると呆れ返ってしまうだろう。俺の横には神様の使いがいるんだけど、生温い笑顔と冷ややかな目つきで二人を見つめていた。


「ちっ、融通の効かない奴らだぜ。覚えてやがれ!」


 結局商人のおじさんは捨て台詞を残して退散した。係の人はゴミを見る目でその背中を追っていた。


「次の方どうぞ」

「は、はい!」


 機械的な声が響いたので俺はまっすぐに立ち上がった。今の俺達は勇者学校の受験という明確かつ正当な理由があるから本来は何も後ろめたいものなどあろうはずがない。


 なのに、前の人がああだった事もあるのでどうも妙に緊張してしまう。これで「駄目です」みたいな事になったらどうしようとか不要な心配が心の中を支配する。


「私達初瀬顕真、ニーナ、ルサカ、デザイアの四名は王立勇者学校の入学試験を受けるため入市を申請いたします」

「ふむ。では受験票を拝見いたしますのでご提示ください」

「はい、どうぞ」


 こうして俺は四人分の受験票を一気に出そうとしたが「受験する人物が個々に申請してください」と受付の黒髪を小さくかっちりとまとめたお姉さんに言われたので三人を呼んでそれぞれに受験票を手渡した。これだよなあ。いかにもお役所仕事。


 でもまあ、怪しい人を入れないようにと徹底しているのはいい事なんだろうけど。だから恨みはない。むしろお仕事ご苦労さまです、雑なやり方を押し通そうとしてすみませんでしたと頭を下げたいぐらいだった。


 まあ申請自体は無事に通ったわけだけど。何度も言うけど俺達には王都に入るれっきとした理由があるんだから。俺の仕事が雑でお姉さんの仕事は正確だったと、ただそれだけの話だ。


「やれやれ。一回受験票を押し返された時は心臓が止まったかと思ったよ」

「仕方ありませんよ。それぐらいこの王都は大事なんですから」

「そりゃあそうなんだけどね。これじゃまるで軍事施設じゃないか」

「実際ポーラティスは要塞としての機能もありますから。そうじゃないとこんな隔離されたような造りになっていませんよ」


 ニーナの答えに俺はへえと声を上げたが、まあ確かに言う事はもっともで、この大きすぎる濠のお陰でどうにも外界から隔離された存在となっている理由はと考えると軍事上の理由である事はもはや論を俟たないであろう。


 そもそもフェリス同盟自体が周辺の大国からの圧力に屈しないための小国連合なわけで、つまりは今までの歴史上においても常に有形無形の圧力が加えられてきたって事だ。


 更に北方ゴルトラント。常に血で血を洗う戦乱が繰り広げられるこれらの地方にも南部への侵攻を企てる国があると言う。そいつらとの前線基地がアイゼルモッケンという国家の存在意義でもあるらしく、常に敵国からの侵略に備えるのは同盟の成り立ちからして当然であろう。


 それとこの間のパレストリーナ王国、東方ヒューラントの陰謀もあるしね。言葉の通じないモンスターがわんさかいる魔窟も近いし。そう考えるとフェリス同盟って四面楚歌なんだな。そりゃあ勇者を育てたくもなるってもんだ。


 それにしても渡し船って何だよ。俺の松戸市も矢切の渡しってやつがあってその辺で有名ではあるのだが、それは歴史的な話であって俺も実際に乗るのは初めてだ。


 いや、正確に言うと観光用で乗せてくれるのもあるみたいだけど実用性という点においてはもう歴史的役割を終えた存在であるわけだし、現地の人間がそういうのを利用しないってのはありがちな事でもあるわけで。まあどうでもいいけど。


 ともかく、無事に申請を済ませて渡し船に乗り込んだ俺達だが、出航までは少し時間があるみたいで椅子に座って待っていた。


「どうせならさっさと出発してくれりゃいいのにな」

「そうはいきませんよ。この世界にもルールはあります。そしてそれが生まれるにはそれ相応の理由があり、簡単に打破出来るものではありませんから」

「それに焦る時間でもなかろうよ。どうせ試験は明日なのじゃから」

「それはそうですけどデザイアさん」


 こうも正論を言われるとさすがに沈黙で答えるしかなくなる。この船は手漕ぎ式だが大体十人ぐらいは載せられるみたいで、これがいっぱいになったら出るみたいだ。ちなみに俺達をここまで運んでくれた馬車は入市を許されなかったので用事が終わるまで手前にある厩舎で待機となった。そこまで厳密かよ。


「こんにちは」


 俺達の次に船に乗り込んで来たのはほんの小さな子供だった。ぱっと見五歳ぐらいで、福々しいまでにぷっくりと丸っこい輪郭に浮かぶ赤いほっぺと、その曲線的な柔らかさをより一層強調するような朗らかな笑顔が印象的だった。そして喋りがのんびりしているのがまた独特だった。


「ああ、こんにちは」


 俺がこんな素直に挨拶を返せるのだから、笑顔の効力とは大したものだと思う。顔だけでなく手足もぷっくりしててキューピー人形みたいだから、俺もついつい笑顔になってしまう。本当に可愛らしい奴だ。緑色の髪の毛が丸く輪郭を覆い隠し、メロンの妖精みたいだ。


「やあ、俺は初瀬顕真って言うんだ。ハッセと呼んでくれていい。君は?」

「ぼく、ラメニルス・ブルミングバーグ。ラネってよう言われるんよー」


 素朴な顔つきと口調に似合わず意外と派手な名前だったので一瞬真顔に戻った。それとラメニルスがどうしてラネになるのか、ちょっと気になった。繋がってるようで微妙にずれてるような気がする。まあ他人のあだ名にケチを付けるのもどうかと思うしそこまでにしておいた。ラネって言われるんならこいつはラネだ。本名がどうであろうと。


「そうか。それでラネはどうしてこの王都に? 俺達は王立勇者学校への受験なんだけど」

「じゃあ、ぼくと同じじゃねー」

「へえ、君もなのかい!?」


 こんな本当に年端もいかぬ子供が受けるのかと軽く驚いたが、ラメニルスは俺の言葉に激しく頭を上下させて肯定の意を示していた。ただ確かにラメニルスの服装をよく見ると腰には短い剣をしまう鞘をぶら下げていて、なるほど単なる子供とは一線を画している格好だ。


 今までマーブルクやら各地の街角で子供はいくらか見かけたが、冷静に思い出してみると確かに腰に武器を差している子はいなかったと記憶している。それだけに稲妻勇士でもあるアレサンドロのソードがなおさら立派に思えたのだから。


「ぼくのお兄ちゃんが去年稲妻勇士になったんよ。じゃけえね、ぼくも今年は受験してね、一緒になりたいって思っとるんよー」

「君のお兄さんがねえ。立派なんだね、優秀なんだね」

「うん! イルラスって言うんよ。強くて格好良くって、ぼくの村じゃお兄ちゃんみたいになりたいって皆が憧れとるくらいじゃけえね、ぼくも訓練とか頑張ったんよー」


 なるほどね。非常に納得の理由だ。受験に合格するのは五人とかそこらだから受かっただけで村とか町全体の名誉となる事は用意に想像出来る。ましてや自分の兄がその誉れに与ったのだから弟がもっと頑張ろうと思うのもまた道理。


 それにしても優秀な兄を持ってもぐれる事なく受験まで来られたんだからラメニルスも立派なもんだよなあ。それに誰でも受けられるものではなく勇者の推薦が必要だから見た目以上に実力もありそうだ。


 俺とか、思えば変なコンプレックス持ってたなあって自分で自分を恥ずかしく思う事がある。運動神経が兄と比べてちょっと鈍いとかそんな事を気にしすぎる事はなかった。その分別の知識はあるぞとか、何か誇りを持ってさえいればああはならなかっただろうに。まあそれも全部過去になったから言えるわけで、じゃあ当時の俺に誇れるものはあったのかと問われると弱いのだけど。


「ふふっ。まあ、お互い合格出来るといいよね。うん、一緒に頑張ろうぜ」

「ほうじゃねー! がんばろーね!」


 こうしてお互いに健闘を誓い合った。今の俺なら力が強いとか、そのためにいくつかの武勲を上げたとかあるけど、時々はそれがもらった力だって思い出さないとさも最初から実力者でしたみたいな面を平気でしてしまうような嫌な人間になるような気がする。でもそんな事は他人に気付かれるものでもないし、そういう時は爽やかに笑ってみるのだ。すればそこには何もなくなるから。


 などと考えているとデザイアの指先がいきなり光り、そこから放たれたビームはまっすぐ城壁へと向かっていたが、途中で見えない何かにぶつかったかのように四方へ散らばった。物理的な壁だけでなく、バリアみたいなものも張られているみたいだった。


「何やってんの?」

「いや、この街の防備を試したかったんでの。しかしあれを見るにかなり堅固じゃの」


 それをあえて今試すかねと俺は苦笑を禁じ得なかった。ただ改めて王都の堅固さを思い知らされた。それからもう少し黙っていると俺達の他にも数名の男女が集まったのでようやく出航し、俺達はポーラティスに侵入出来た。


 ポーラティス内部は七つの区画に分かれており、それぞれ縦横無尽に走る運河によってはっきりと区切られている。中央に王様のいるお城がある区画があり、その周辺に六つの区画がぐるりと取り囲んでいるという形状だ。ちょうどあの、六個入りのチーズみたいな形状。


 俺達受験生は宿のある区画で降りた。ポーラティスのホテル街って奴だな。だからと言ってネオンでギラギラに飾り付けられたカラフルなデザインが乱立とかでは全然なく、むしろ一番地味な区画なんだけど。


 ここは建物の壁が全部桃色に塗られている。受験生は全員個室が割り当てられており、しかも一度入ると誰とも接触出来なくなる。もちろん俺も、ニーナ達とさえ離れて一人で夜を過ごす事となった。


 部屋自体は清潔だしベッドも柔らかい。それに提供された食事もまあ悪くはなかったのだがまるで監獄のような孤独を味わった。テレビもないし聖書もない。どうしようもないので俺は明日に向けて精神を整えようと努力した。邪念のない男ではないから、それを発散させると疲労感と合わせて程よく眠たくなったのでその欲求に従った。

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