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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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「おーいハッセ! ハッセいるかー!!」


 日々の平穏を破るべく俺達の住む家へと息を切らし駆け込んできた叫び声の主は、意外にもマーブルク領主代行を務めた経験のある我が友アレサンドロ・マイルだった。


 他の誰かであれば「何だよいきなり騒々しい」と嫌な顔の一つでも浮かべていたところだが、今回に限ってはまさかアレサンドロほどの男にこうもさせているのだからよっぽどな事情に違いないと思い、俺も外の声に負けないように返事をした。


「俺はここにいるぞアレス!」

「はあ、はあ。良かった、いたんだな。じゃあ、お邪魔します」

「入って、どうぞ」


 明らかに疲れきっているアレサンドロだがその表情に苦しさはまるでなく、むしろ嬉しそうに笑っていた。その理由が俺には分からなかったが、少なくとも悪い話ではなさそうなので少し安心した。前みたいに陰謀が張り巡らされていますとかそういうのは勘弁していただきたいからね。とりあえず立ち話も何なのでソファに座らせた。


「しかしどうしたんだいアレス。そんな息を切らしてまで急に訪ねてくるなんて」

「それがね! それがね! いいかい、よーく聞いてよ、凄い知らせなんだから!」


 アレサンドロはかなり興奮しており、今何を言ってるのかさえ分からなくなっているだろうという程であった。事情を飲み込めない俺からすると異様と言う他になかったのだが。


「実はね、かねてから申請していたこれが今朝届いたんだ」


 興奮のままアレサンドロはこうまくしたてると、何か文字がびっしり書き込まれた書類のようなものを俺の目の前にバーンと差し出した。でも相変わらずこっちの世界の文字はさっぱり読めない俺だ。何と書いているのか不明なわけで頭の中に巣食うクエスチョンが解明される事はなかった。


「ふうん。で、これは?」

「えっ、知らないのかい? これはね、王立勇者学校の受験票だよ。君のね! それとね、みんなのもある。これがニーナ君のでルサカ君のも。それとデザイアさんのがこれだ」

「はあ。そりゃまあどうも」


 それが何なのか判明したが、それでもやっぱり俺の心は完全なる納得とは程遠かった。俺が何かを求めたわけでもないのにいつの間に受験する事になっていたのか。でもこのアレサンドロのテンションを見るによっぽどの事なんだろうし。


 そう言えば、アレサンドロは前から勇者学校に通ってる事をやたらと誇りにしてたみたいだし、多分こっちの世界においては相当名誉な事なんだろう。とりあえず俺は掃除中のニーナを呼んだ。アレサンドロはルサカも呼ぶように言ったが、今は外出中なので無理だった。


「なんかそういう事らしいんだけど」

「凄いなんてもんじゃないですよ初さん! 王立勇者学校と言えばフェリス同盟が誇る名門中の名門で、同盟国内は当然の事、南のパダルカ教皇国や西のゼノラビア、そして北方ゴルトラント諸国の王侯貴族までが入学を渇望する程なんですよ!」


 いきなりすごい剣幕でこんな事を叫び始めたニーナのテンションに俺は驚いたが、これはつまり「こっちの世界においては普通ならこのような態度になるのが当然」というニーナ一流の演技であり、やっぱり相当驚くべき事に巻き込まれているのだと改めて認識した。


「そもそも入学試験に至るまでが大変ですからね。学校を卒業した王国公認の勇者からその資格ありと認められなければこの受験票は手に入りませんから。そうして各地から集められた精鋭が大体百人ぐらいで、そこから試験に合格して入学を認められるのは毎年五人前後と言われていますからね」

「そりゃあ凄いな」

「例えばですね、初さんも見たでしょう? 僕達がジェスターの泉に向かう際にドラガニアからギザミアの国境で審査を受けている時、アレスさんが胸のエンブレムを見せた途端に通過が認められたのを」

「ああ、うん」


 そんなのあったっけって感じだが、ここで中途半端に「ごめん、覚えてない」などとほざいて話の腰を折るのもまずいのでそういう事にしておいた。


「あれこそまさに黒字に光る稲妻と赤い不死鳥が描かれた、王立勇者学校のエンブレムをアレスさんの胸に見出したからです。稲妻が描かれたエンブレムから、勇者学校に通う生徒は稲妻勇士と呼ばれて少なくともフェリス同盟やその周辺でしたら知らぬものはいない程のアイドルとなるんです! 世代によってはその知名度や人気は教皇以上とも」


 アイドルかよ。別になりたいわけじゃないぞ、と思ったがここで言うアイドルとは顔が良くて歌って踊る人達って意味じゃなくて、まさにその原義である偶像のような存在になるって事なんだろう。


 つまりは凄い人だって世界に広く認められると言い換える事も可能で、それならまあ悪くはないな。将来優しい世界を作る俺だ。知名度が高まって悪い事はない。


「教皇様を超えるなんておこがましい事は言うもんじゃないよ、ニーナ君。ただ注目を集める存在となるのは事実だ」

「広く注目を集める、ねえ。やっぱそれは老若男女に?」

「当然だ。一時は僕も前のように街を歩き辛くなっていたからな。うら若き乙女たちに囲まれてね」


 一見とんでもなく嫌味な発言をかましたアレサンドロだが、実際聞いていると別にそう感じなかったのはまさにアレサンドロの人徳ゆえだろう。ただ羨ましいとは思った。率直に言ってね。やっぱり、もてたいものだから。特に老とか男を除いた若女に。


 世界を救うと言うがやっぱりそっちの欲望が消え去ったわけじゃないからね。ほら、英雄色を好むって言うし。例えばキング牧師なんかも結構乱交パーティーとかやってたと言うし、崇高な魂とエロスは不可分じゃないんだ、多分。


 優しい世界ってのもそれは自分を犠牲にしてとまでは言わない。俺も幸せになる。皆も幸せになる。それが本当の意味における優しい世界ではないか。自己犠牲、もっともだがそこまで捨て鉢になりたくはない。まあどうしてもって事なら仕方ないにせよね。


 ともかく、こんなどうでもいいイメージを散り散りと浮かべながらも、俺の心は少しずつ満たされていくのが分かった。そう、あえて言うと道が見えてきたとでも表現しようか。今までは知らなかった道が、今は目の前にはっきりと浮かんでいる。そうなると気持ちも決まってくるものだ。


「なるほどね。それで受験はいつなの?」

「十日後だ。場所は王都ポーラティスの校舎内で行われる。まあ君達の力があれば合格は間違いないものだと思うが、しっかりやってくれ!」

「うん。分かった。とりあえずは頑張ってみるさ」


 俺は心の底からの笑みを浮かべた。やはり持つべきものは友。素晴らしい福音を届けてくれたアレサンドロに感謝せねば。


「よし、その意気だ。デザイアさんのものは僕がまた手渡すから、ここには三枚置いていくよ。ルサカ君にもしっかり渡しておくれよ。それじゃ!」


 そう言うとアレサンドロはまた走って俺の家から出た。俺はまたねと手を振り見送った。


 嵐が去って、俺は改めてニーナにどういうことなのかを確認してみた。


「いや、本当に凄い事ですよ、これは。それにしても上手くやりましたね初さん。いきなりこんなコネクションを入手するなんてそうないですよ」

「コネってか、偶然だけどね。それともこれも天の配剤なのかい?」

「まさか。僕が知っているのはこの世界がどのようなところかってだけで、今後どうなってどうするのが正解かなんてものを知らされているわけではありません。攻略本とは違うんですから。全ては初さんの人徳です」

「ふっ。俺に人徳ねえ。まあ、そういう事にしておくよ。そうであると俺に良い」


 まあ人生に攻略本があるものでもないからな。でも俺に関しては一度ゲームオーバーになったのにこうしてまだ人生を続けられているわけで、そこは普通とは違うところだが。その積み重ねが人徳とやらにつながっているのかも知れず、ただ俺にそんなものが備わってるとは思わないけど。


 もっと自信を持ってもいいのかも知れない。でもそういう人生を送ってこなかったから、王様や貴族のように力を持った人生を当然だとは思えない。ましてや今の力も自分で得たものではなく授けられたもの。どうして傲慢になれようか。


 しばらくするとルサカが帰ってきた。どこへ行ってたのかを聞くと、森に行って果物を採ってきたらしい。


「ノイチゴにヤマモモ、それとキノコもある。獣たちに教えてもらったんだ」

「そうか、ありがたいな。ところでルサカよ、今日こんなものが届いたのだが」

「何だそれ?」


 山育ちの野生児ルサカは案の定俺と同じようなリアクションだったのでちょっとだけ嬉しくなった。皆知ってるのに俺だけ無知だときつかったから。この紙切れがどんな価値を持つかの説明はニーナに任せたが、それを聞いてルサカは「ふうん、そうか」とだけつぶやいた。


 一見素っ気ない態度。しかし俺は知っている。ルサカはやる気満々だと。こいつは本当にその気がない場合はっきりと拒否するタイプなわけで、それをしないって事はイコールその事象について極めて肯定的に捉えているという事だ。


「じゃあ、十日後って事だから。忘れないようにね」


 そう言いつつルサカの採ってきたヤマモモを一つ手に取って口に放り投げたところ、想像以上に酸味がきつかったので思わず咳き込んでしまった。甘味を強化された栽培品種に慣れた舌からすると野生種はきつすぎた。


「おい大丈夫か!?」

「だ、大丈夫大丈夫! ニーナ、お茶ちょうだい!」

「はいはい」


 結構こっちの世界にも慣れたと思ってたけど、まだまだだなあと実感した晩夏の午後であった。

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