幕間 ハッセ、人には言えない趣味を持つ
パレストリーナ王国からマーブルクに戻って、しばらくは平穏な日々が続いた。今だって俺は猫じゃらしをくわえつつ、トチノキが作り出した日陰に身を委ねて寝転がっている。今日もまたサボり? 違う違う、休憩中だ。湿り気のないドラガニアの風は夏であっても涼しく思える。
今まで色々続いたから一時期はどうやって一日を穏やかな心のまま過ごせばいいのかを忘れ、何かする事はないのかときょろきょろしていた。幸い今は状況にも慣れ、こうしてのんびりやれているというわけだ。
そう言えば、前回の件に関して政治的なあれこれはとりあえず全部フィールとパカバーナが悪いという事になった上に、フィールはもはや亡くパカバーナも発狂して政治の表舞台からはすでに退場済みなので誰に罪をかぶせるという事もなく終わりそうだ。強いて言うなら国王のメルクリシスだが、彼は恐喝され利用されたという判断なのでどうって事もないみたいだ。
つまり実質あんな要人殺人未遂かましておいてほぼお咎め無しというゲロ甘な判決に終わったわけだ。いや、賠償金とか一応払ったりはしたらしいけど、それとてあんまり法外な数字ではなかったらしい。下手に外交問題にしたくないという意向が働いた結果と言える。闇に葬られた事実関係も多いしね。
「まあ何はともあれだ、どんな世界にあっても平和に過ごせるのが一番だよなあ」
「そうですね」
俺の横にはいつも天使が微笑んでいる。ニーナは俺の邪魔をしない。そよ風の様にただそこにいるだけなのに、それだけで俺の心は満たされている気がする。当たり前なんだな、こいつがそこにいるのが。今となってはいなかった日々を思い出せないほどに。あの頃はどうやって心を癒してきたのだろうと疑問にさえ感じる。
「さて、そろそろ秘密特訓でもするかな。じゃあニーナは向こう行っててね」
「分かりました。ではお気をつけて」
「おう!」
すっくと立ち上がった俺と反比例するようにニーナはこの場を立ち去った。以心伝心。俺の思う事を言葉にしなくてもニーナにだけは分かってるみたいだ。さすが天使。
ところで今俺がいる場所についてだが、この度の様々な騒乱における俺の功績が認められてアレサンドロの父でありマーブルク領主のレアンドロンさんから郊外にある小さな丘を貰い受けたのだ。
元々特に名前のなかった丘なので、アレサンドロは「そうだ。ここをハッセの丘と名付けよう」などと言い出し、レアンドロンも「なるほど、いいアイデアだ」と言わんばかりに満足気な表情を浮かべつつ首を縦に振っていたので、俺は上ずった声で「勘弁してください」と頭を下げた。
「いくら功績があったとしてもですよ、さすがについこの間このマーブルクに訪れたばかりの人間の名前を冠した地名ってのは、いささか自分としても気が引けるものでありましてね……」
「ううむ、そうか。それは残念だな」
「そうだ! じゃあ、この丘はハッセ、君が名付け親になってはくれないか?」
アレサンドロがこう提案してくれたので俺は心底ほっとした。いくら何でも俺の名前が付いた地名ってのは恥ずかしすぎる。そういうのはせめて死んでからにしてほしい。
でも今度の提案は今度の提案で悩みどころは多かった。ネーミングセンスってあんまりないからなあ。で、考えついたのは俺の故郷の名前ぐらいだったのでそのようにした。
マツドの丘。ここ自体はずっと名前さえ付けられていなかった事からもお察しの通り大した歴史もなく、広さ的にも位置的にも何かに使えるというものでもない。しかしせっかく与えられた土地なんだから、特に何もなくても毎日この丘を訪れてはごろごろしたり素振りの練習をしたりしているのだ。
そして今、俺が一番熱中しているのがこの秘密特訓だ。ニーナにさえも秘密なこの特訓で俺が何を得ようとしているのか。それは言葉にすると極めて単純なものだ。
必殺技。
おお、なんと甘美な響きであろうか。そう、俺はオリジナルの必殺技を編み出すべく日夜努力している真っ最中なのだ。
現状、俺の攻撃方法と言えば三日月斧を力任せに振り回すだけ。まあそれだけで魔王と呼ばれるほどに驚異的な魔法の使い手であったデザイアとか、草の民などという本物の暗殺者であるマロールを打ち破ってきたわけだが、どっちもかなり苦労した末に最後はパワーゴリ押しで無理やり奪いとったような勝利だった。
血反吐を吐きながらの泥臭い勝利、と言うのはさすがに美化しすぎかな。まあそれならそれで悪くないのだが、やはり勇者たる者もっと美しく勝利せねば。いやまあ、結果的に泥臭くなるんならそれはしょうがないけど、最初から泥臭さを狙うのも違うし。
という訳で、強さと美しさを兼ね備えたパーフェクトな必殺技を生み出すべく日々奮闘しているのだがなかなかうまくいかない。しかしだからこそ楽しめるというものだ。
一応アイデアはある。それにはもちろんこいつの手助けが必要だ。
「よーし、やるぞ! ダルビッシュ、来い!」
叫びとともに俺の手元に召喚された三日月斧。見てくれだけで選んだだけあって雄々しく美しく、格好良い武器だ。オリハルコンの刃が真夏の陽光を反射させて熱を持っているかのようにきらめいている。この輝きと力強いフォルム、活かさなければ損ってなもんだ。
「たああああああああ!!」
俺は三日月斧を肩で担ぐように構えながら全力で走った。程よく加速がついたところで三日月斧を地面へと振り下ろす。斧が地面に刺さったところで俺は柄を掴んだままジャンプする。
イメージとしてはフィーエルヤッペンだ。あのオランダにおいて運河を棒で渡る技術から派生したと言われる競技。まあ実際には見たことないんだけど、ああいう風に棒を使って移動するニュアンスだ。
で、地面に突き刺した斧に飛び乗ってから柄が地面とちょうど垂直の位置になったあたりで棒からまたジャンプする。そして空中で一回転するなどして体勢を整えて敵に飛び蹴りを食らわせる。名付けてドラガニアキック。
これが完成したらまさに俺の代名詞的な必殺拳となるだろう。でも現実は厳しいもので、ここまで一度も成功出来ずにいる。まるでSTAP細胞の追試みたいだ。
「ぐふっ!!」
今回は斧を地面に突き刺す角度を間違えたか、棒が腹部を強かに打ちつけるだけの結果に終わってしまった。
「うううううう……。くうっ、上等!!」
そりゃあ痛いは痛いけどいつまでももんどり打っているのも無様だし、再び立ち上がって何回かチャレンジしてみた。しかし体に擦り傷を増やすだけであった。まさに骨折り損のくたびれ儲け。俺は涙を流さない。しかし流れる汗は無念の涙を代弁しているかのように噴き出し続けていた。
「ふう、なかなか難しいものだな。それとももしかすると物理的に無理があるのかな?」
確かにチートパワーを得た俺だがメンタルは元の平凡な中学生を未だに引きずっている。だから失敗が続くとこのような邪念雑念が入り込んでしまう。だが諦めはしない。今の俺には力がある。出来ない事なんてないと信じているからだ。
それに見果てぬ夢を追いかけ続けるって生き方も、まあ悪くはないよねって。必殺技とは男のロマン。それがたとえ幻に近いものだとしても、俺は追い求めて行きたい。いつまでも。




