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戦いたくもない相手との勝負は心をかくもすり減らすものなのか。ただでさえマロールは強いので肉体のダメージも大きいのに、そういうモチベーション的な問題もあって、とてもしんどい戦いとなってしまった。
そもそも俺がここに来たのはマロールと戦うためなんかじゃないし、さっさと切り上げたいのに向こうがやる気満々で仕掛けてくる。俺だって死にたくないし抵抗する。それでまたマロールの心を燃やす事になろうとは。もはやどちらかが倒れるまで戦い続けるしかないのか。
「うちが任務でこんな目に遭ったのは初めてや。ほんまにやるもんやなあ」
「マロール、もういいだろう? 君はとても強い。そんな強い君か俺、どちらかが倒れるまで戦おうなんて馬鹿らしいと思わないか? 無意味だって思わないかい?」
「この期に及んで何寝ぼけた事言ってんのや! こんな楽しい事ってそうないで。引き分けのなあなあで終わりなんてアホや。そんなん認めるかいな。最後まで続けさせてもらうで!」
「ええい! もう知らない!」
うまく話し合いで解決出来ればいいのにと思ったが、取り付く島もないとはまさにこれ。マロールは血に飢えた獣のように闘志が走った目をぎらつかせ、俺との決闘を楽しんでいるようだった。向こうが聞く耳を持たないと言葉なんてかくも無力なものかと唇を噛みしめた。
ただこうなったら仕方がない。俺だってこんなところで死ぬわけにはいかない。向こうがその意志なら俺だって戦うしかない。三日月斧を構えて、突撃のタイミングを窺った。
しかし戦いとなると、さっきの突撃を決められなかったのがかなり致命的だ。あれはまるで考えのない特攻だったが、それが逆にフェイントとなっていた。しかし奇襲はあくまでも奇襲。一発限りであって次はない。見透かされてしまうだろう。
「でも、俺には突貫あるのみだ。ええい!」
ノーアイデアな突撃。しかし今の俺にこれ以外の何があろうか! 俺にはパワーがある。知恵はない。ならば下手な考え休むに似たりだ。もうそれが逆にフェイントとか考えず、パワーで制圧するしかないじゃないか!
「その手は食わんで! 風の精霊、壁や!」
案の定マロールは対策を練ってきた。猛烈な向かい風が俺の足を止めたのだ。
「ぐぐっ、そんなのありかよ!」
「なしなわけないやろ!」
それはそうだけど、でもずるいぞ。俺の肉体は台風直撃クラスの向かい風をもろに受けて直進を止められた。気を抜くと三日月斧が吹き飛ばされそうなので、俺は自分のいささか華奢な二本足を軽く折り曲げて地面にへばりついた。しかしそれも一瞬で終わった。
マロールは風に乗って飛び蹴りをかましてきたのだ。俺にとって向かい風って事は、相対するマロールにとってはこれ以上ない順風、スペイン語でいうところのブエノスアイレスだ。一回南米にも行きたかったなあ。フォルクローレとかで使うビョーって音の笛とか格好良いよね。
「くらえやああああああああ!!!!」
タイプ的には何となく南米の人っぽい雰囲気があるマロールの、推定22cmの右足が俺の顎に直撃した。
仮面を被っていたのでキックのダメージ自体は大した事はなかったが体勢を崩したのがまずかった。向かい風を直撃して俺は瞬く間に、壁に磔にされた。
「む、むうっ、ここまで吹き飛ばされたのか!?」
「見たか! 草の民が誇る必殺奥義を! 名付けて閃光疾風蹴り!」
勝ち誇るマロールにそうはさせじと素早く立ち上がり「くっ、やるな。だが、まだ!」などと吠えてはみたものの、やはりノーアイデアで勝てる相手ではない。足元もふらつく。
「戦乱渦巻くこの世界、うちらの活躍する範囲は広まってきとる。このパレストリーナ王国も普通にやっとったらうちらなんて出る幕はなかったのに、あのパカバーナのおばはんの権力欲は相当のもんやで。まあ、そのお陰でうちもこうして活躍の場が与えられとるんやから感謝せなあかんわけやけどな本当は」
「……パカバーナ。やはりあの女に雇われていたのか」
「おっと失言。まあ、ええわ。どうせばればれやったろ? それにあの手の権力者は最近多くなってんねん。今に大陸全体がゴルトラントみたいになる戦国時代が来るんや。そうなったらうちら草の民は大陸全土に派遣されて大活躍する事になるはず。草不可避の世界、素敵やん?」
やたらと饒舌になった暗殺者が滑らかにまくし立てるその内容を、俺は認める事が出来なかった。どこがどうとかじゃなくて、とにかく否定したいという感情だけが頭のなかをぐるぐる渦巻いてそれだけになった。
「な、何が草不可避の世界だ。笑わせるなよ」
「ん?」
この時の俺の心は俺にも分からない。ただ何か自分を超えた大きなものに操られているかのようだった。
「戦乱が起こるより、そんな事が何もない世界のほうがいいに決まってるじゃないか。マロール、君の事はそんなに嫌いじゃない。でも君達の考えは、間違っている!」
「じゃあ何や? うちらは永遠に日陰者として過ごせっちゅう事か? 冗談きついで」
「そこまでは言ってない。でも、人を殺める力なんて使わずに済むならそれが一番だろう。血で血を洗う世界になってほしいなんて、そんな事望むのが正しい人のあり方であるはずがない。君とだって、剣を交えるんじゃなくて心の底から握手を交わしたかった。そんな世界を夢見ちゃいけないのかい?」
「何が言いたいねん!」
「一撃で終わらせる。覚悟しろよ」
俺は三日月斧を構え、再び立ち上がった。壁の前で。最初からここにいれば向かい風が来てもダメージは少ないと睨んだからだ。
「そっか。ならうちもここらで決着つけたるわ! こいつでな!」
マロールは細いナイフを構えて腕を交差させた。その向こうでギラつく視線は確かに俺の心臓を射止めている。負けじと俺も目つきを鋭くして睨み返した。
奴は本気だ。俺も本気だ。いざ勝負!
「風の精霊よ、渦巻け!」
マロールの指示で巻き起こった強風は上下左右に俺を揺さぶる。だがここで倒れるようではお話にならない。軽く身をかがめてマロールの動きを見た。どこからどう来るか。それがどのタイミングか。嵐の中を漂う丸太船より心細い。でも確かに風の向こう側を睨みつけ続けた。
「はあああああああ!!」
来た! しかし速い! マロールの動きがまるで見えないのだ。まず正面から来たはずなのにいきなり視界から消えた。馬鹿な。限りなく集中していたはずなのに。
「右です!!」
瞬間、甲高く響いたニーナの絶叫に引き寄せられて目線を右に向けると暗殺者はもう目の前に迫っていた。いや、そんなもんじゃない。既にその右腕はナイフを俺の左胸を叩くモーションに入っていた。
動けない!
俺の命は既に丸裸にされてて、一瞬の後にはそれが永遠に奪われる。その事実が俺の肉体を硬直させた。俺は当然だが人を殺した事はないがマロールはある。だからマロールにはためらいがない。それが過ちとも思っていない。だから人を殺すというおぞましき任務を帯びているにも関わらずこんなに素早く動けるのだ。
「だ、駄目だ! やられる!!」
俺の心は絶望に叫んでいた。しかし現実はそうならなかった。本来俺の胸に刺さるはずだったナイフが突き刺さったのは、いつの間にか俺の目の前に入り込んでいたニーナの心臓だったからだ。
「な、アホな!? くっそ、どかんかい!!」
「初さん今です!」
俺もびっくりしたがマロールはもっと驚き、焦っていた。ナイフを手放して離脱しようとするマロールの両腕を掴みながらニーナは絶叫した。確かに今、マロールの動きは完全に止まっている。この千載一遇のチャンス、逃す訳にはいかない。
「ええい、このおっ!!」
「くっ、ぐああああああああああああああ!!!!」
三日月斧の長い柄でマロールの首を引っ掛けると、後は力のままに薙ぎ払った。マロールの体はゴムマリのようによく跳ねて床と天井を二三回ドリブルして、最後は刺さりかけていた天井から落下して止まった。
「マロール!!」
激情から我に返った俺は荒い息をそのままに、まずはマロールの元へと駆け寄った。大丈夫だろうか。俺は力一杯に戦った。でも殺したくはないとずっと思っていた。まったくもって自己矛盾だ。でも全部俺の頭が思い浮かべた本当の感情だった。
幸い、マロールは虫の息ながらも確かに呼吸をしていた。
「よ、良かった」
「良くなんかあらへんわ……。つ、強いな。うちの……、負けや」
「ごめんよ、傷は? 死なないよね?」
「何や、お前……。うちより……、金髪の子は心配やないんか?」
「ああ、それは……。とにかくそれよりも今はお前だよ」
実際のところニーナは不死身だから刺されたところで何でもなく、それよりもまっとうに命あるマロールを心配するのは俺としては当然の倫理観であったが、他人に理解出来る範疇であるかの自信はない。
「しっかし、やられたわ……。あの子、名前は何て言うの?」
「ああ、あいつはね、ニーナって言うんだ。この世界で最初に出会った、俺が一番信じてる奴だよ」
「そか。ニーナくんは、凄いな。自分の命を……、ああも平気で捨てられるなんて、考えられへんかった……! そして、君も……、ニーナ君を心から信頼しとる。それが、うちの、敗因……や……」
消え入りそうな声の果てに、マロールの全身は急激に脱力して動かなくなった。
「大丈夫です。気絶しただけですから」
背中越しに響く声の主はニーナの魂だ。やはり肉体としては一度死に至ったのだがこいつの場合はこれがあるからな。そのうち粘土をこねるように肉体の傷を治して、あるいは直して平然と復活するのだから恐ろしいものだ。
「気絶なら、良かったけど。こういう世界だからな。俺もいつか誰かを殺さなきゃいけないんだと思う。でもそれがマロールじゃなくて良かった」
「そうですね」
崩れた石の空から月明かりが差し込んでマロールを照らしていた。確か曇りだったのにいつの間に晴れたのか。随分時は経ったようだ。しかしこれで終わりではない。もう一つ、やる事を果たさねばと気持ちは逸っていた。




