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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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「いやいやいやいや、ちょっと待って!」

「んんっ、何や? うちの仕事は完璧やで」


 マロールの足元には血が抜けて肌が白くなった、かつてフィールという名前だった肉塊が力なく横たわっていた。彼の言葉は確かにその通りで少しの間違いもない、いつの間にか侵入して一瞬で獲物の命を奪うという完璧な暗殺だった。


「死んでるの? 殺したのかい? 君が!」

「せやで。うちの他に誰がやったって言うんや?」


 さも当然のように、武勲を誇るように、マロールは胸に手を当てて堂々と答えていた。


「ドラガニア出身ながら己が栄達のためパレストリーナ王国に取り入った売国奴。こんな奴の居場所はこの世界にあらへんやろ。どこ行っても蔑まれるだけや。せやから今頃はフィールもうちに感謝しとると思うで。あっちの世界でな」

「いや、だからそういう事じゃなくてねえ!」


 正直動揺はあった。たった今まで生きていた人が永遠に動けなくなる瞬間に立ち会うのは生まれて初めてだったから。だから俺も思わず声を荒らげたのだが、マロールにとっては俺が何でそんな態度を取るのか根本的に分かっていないようで、腑に落ちないとばかりに首を傾げていた。


「ならどういう事なんや?」

「殺す事はなかったじゃないか! こいつを捕らえてねえ、もっと聞きたいことだって色々あったんだから」

「ああ、せやなあ。そっちからするとそうなるわなあ。でもこっちの依頼主様からするとそれがあかんのや。余計な事をペラペラ話されるとなあ」


 言われてみると確かにその通りだ。マロールはこのパレストリーナ王国の者、もっと具体的に言うとパカバーナから依頼を受け、そこで与えられた任務を果たしただけなのだ。


 俺達はフィールを生きたまま捕まえる必要があった。しかしマロール、というよりマロールに暗殺依頼を出したと思われるパカバーナにとってフィールはもはや利用価値を失ったどころかその存在自体が不都合であり、始末するしかないと考えるのはもはや必然。だから殺害を暗殺者集団に頼んで、その中でも腕利きのマロールは依頼を忠実に遂行した。


 何の事はない。俺達は出し抜かれたのだ。


 そこまで理解した時、やっぱり悔しくは思ったが、失った命はもう還らない。まあ一回死んだ俺とか何度も復活を繰り返すニーナが言えた口じゃないのだが一般論としてはそうだからね。俺達が例外だって事はさすがに知ってるから。


 とにかく、真相を知ってそうなフィールの死によって今回の件における多くの事柄は闇に葬られた。今はそれが悔しくてならなかった。勇者として、真実を詳らかにする仕事を果たせなかったのだから。


「そっか、じゃあ俺らって体よくやられたんだな? 一杯食わされたんだな?」

「まっ、そういうこっちゃな」

「……お前の事、素直に信じなきゃ良かったよ」

「この世界、素直は悪徳やで? そこはちゃーんと覚えなアカン。あっ、それとな、うちは他にも任務があってな、そっちも果たさせてもらうで」


 マロールは大きく口を横に開いて、しかしその目はギラギラと邪悪なる輝きを増していた。まるで獲物を狙う野生のハンター。冷たい石に囲まれた部屋は一瞬にして有機的なサバンナへと変貌したようにざわわとぬるい風が吹き抜けた。


 弱肉強食が公然たるルールとなった野生の楽園。ここでは人間もまた動物としてそのルールに従わなければならない。俺達はマロールというライオンに目をつけられたようだった。


「あれ、何か雰囲気変わってきたなあ。どうなのこれは」

「向こうはやる気満々ですよ。フィールを倒すだけでなく、僕達も元々は彼のターゲットなんですから」


 剥き出しの殺意を前にしてもニーナは冷静だった。まあ確かにその通りなんだけど、さすがに天使って慌てないものなんだな。でもその堂々たる態度が俺にも感染、とか都合よくはいかないので俺は不安なままだが表面上だけは強気を取り繕ってみた。


「ふ、ふん。結局あの日、宿で俺達を殺さなかったのは一時の戯れだったのかな?」

「まさか! うちはいつでも本気や。本当は君らかて殺したくはないんやで。ただ任務やからなあ。ここまで近づかれたらさすがに誤魔化しも利かへんやろ。うちも辛い立場やねん」

「じゃあさ、殺したくないのならさあ!」

「せやから、フィールと違って半殺しまでで済ませたるわ。感謝してや!」

「そうじゃないだろ!」


 腕をクロスさせつつ細いナイフをかざすマロール。もはや戦いは避けられない。しかも相手はプロ。いくら俺の力が強いとは言っても勝てるかは分からない。でもやるしかない。生きるためには草の民だろうが何だろうが打ち破るしかないのだから。


 どうせなら戦わずして終わりたかったがそれもかなわぬ夢。あいつがライオンだとして、俺達はシマウマじゃあいられないからな。逃げるのではなく反撃せねば食われてしまう。溜息一つで未練を捨てると、俺はありったけの力を込めて石壁に叫んだ。


「ダルビッシュ! ダルビッシュ来い!!」


 叫びに呼応して血の契約を交わした三日月斧が俺の目の前に出現する。このマジックにマロールは思わず口笛を吹き鳴らしたが、すぐに臨戦態勢を整えた。


「えらい物騒なもん持っとるなあ。それに斬られたらうちとてただでは済まんやろなあ。一発でも当たればな」

「むうっ!?」

「うちらが草の民言われてるのはなんでか、分かるか?」


 知らねえよ。と言うかどうでもいいわ。何でこんないざ勝負って段階でそんな事を聞きに来るのか。でもそれをあからさまに叫ぶのもちょっと格好悪いかなと思ったので沈黙をもって答えた。


「草ってな、風に揺られてざわめくやろ。うちらはな、風が友達なんや。例えばこうやってな!!」


 マロールが両腕に持ったナイフの切っ先を俺に向けた瞬間、強風が通り抜けたかと思うと俺の肘と肩に痛覚が走った。一体何が起こったのか。恐る恐る痛みの発信源に目を向けると、衣服と俺の肉体が確かに切り裂かれていた。


「どや、うまいもんやろ? ほな次は両足や!」

「な、何だってんだよ! ぐああっ!!」


 マロールの宣言通り、今度は両足の皮膚を切り裂かれた。何故だ。まさか風が質量を持って俺を切り刻んでいるわけでもあるまい。しかし確かに俺の体は風とともに傷ついている。


 まるで本物のマジックを見せられているみたいだ、とか脳天気に言ってる場合じゃないぞ。この世界では魔法が平気で使われているんだから、マロールのこれも魔法に違いない。


 しかし何の魔法なのか。最初に思いついたのはかまいたちだった。つむじ風が真空を発生させて俺の皮膚を傷つける。しかし直後に俺は首を横に振った。このえぐられるような痛みはかまいたち程度で生み出されるものではない。切れるだけではなくもっと実感を持った、物理的に傷つけられた重みのある痛みだからだ。


「初さんこれはですね、ほら、マロールは腰に袋をぶら下げているでしょう」


 ここでニーナが何か解説し始めた。まあマロールだって男の子だから、とかそういう話ではなく腰の左右あたりに目を凝らすと確かに薄茶色の、多分革で出来た小さな袋がぶら下がっていた。


「あの中には黒曜石の破片が入っているんです。それを風に飛ばして道化師の手足を切り裂いたんです」

「なるほど、そういうタネだったのか。でも対策ってあるのか? どうすればいい?」

「頑張ってください!」


 結論はそれかよ。しかし頑張ってとかよくもまあ気軽に言ってくれる。俺が鬱病の患者なら即自殺ものだ。でもまあ、実際自分でどうにかするしかないわけだし、ならばどうすればいいか。考えようとしたもののどうせ短時間でいいアイデアなんて浮かばないだろうと適当に思考を中断した。


「……突撃しかない!」


 結局この結論に至るのはもはや仕方のない事だと思う。大体考える頭もないし、肉体的にも多少は無茶が効くわけだし。


「なかなか打たれ強いやっちゃな。ほんなら次は胸や。そろそろ倒れてくれてもええんやで」

「もはや問答無用! うおおおおおおお!!」


 俺はぎらりと睨みつけ、その瞳に映ったターゲットであるマロールに向かって一直線に駆け出した。ハッセの勇気が世界を救うを信じて……! ご愛読ありがとうございました。


 とまあ、それぐらいの勢いで俺はマロールに向かって走り出した。胸にチクチク痛みが刺さるがもう多少のダメージとかどうでもいい。効かないと強く思えばこの程度の痛みなんてどうって事もなくなった。


 難しい事は俺には分からない。でも力はあるんだから、ただそれを信じて体当たりで生きるのが結局一番うまいやり方だ! もうそう思い込むしかなかった。


「そ、それはさすがに無理筋やで!!」


 脳味噌をこれっぽっちも使ってない突撃に、逆に狼狽したマロールの動きが遅れた。でもそんな事はどうでもよくて、俺は三日月斧を力いっぱいに振り上げた。それ以外の何かを知らないのだから、一意専心でやるしかなかった。


「アカン! 風の精霊、回避や! 回避するんや!!」

「やああああああああああああああああ!!!!」


 振り下ろされた三日月斧はマロールの肉体を捕らえる事はなかった。オリハルコンの質量が彼の肉体を引き裂こうとした一瞬前、マロールは風の精霊に自分の肉体を任せる事で窮地から脱出したのだ。


「や、やるもんやな……!」


 マロールの目は完全に開かれていた。余裕ぶろうとしているのか笑ってはいるもののその笑顔は引きつっている。さすがにびっくりしてくれたらしい。


「俺だってやらずしてやられたくはないからな」


 ハアハアと荒々しい呼吸の合間を縫って俺も応える。と言うか力を入れすぎた。三日月斧の刃は床の石に深く刺さりすぎてちょっと簡単には抜けなくなっていた。


「こら前言撤回せなあかんかも知れへんなあ。殺らん程度でとか考えて勝てる相手ちゃうわ。本気で戦わなあかん」


 マロールは再びナイフを逆手に持つと、腕をクロスさせた。正確に言うとクロスしてるわけじゃなくて正面から見るとちょうど「入」って漢字の形に構えているのだ。そこに一切の隙は見当たらない。


 俺だって死にたくないから全力で向かっていった。その結果マロールだって死にたくないから全力を出して向かってくる事となった。冷たい石の牢獄に命を賭けた情熱という心の嵐が吹き荒れていた。

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