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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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11/17

 事変を起こすにはお誂え向きな、月が雲に隠れた夜だった。南からの湿った風が手のひらのようなプラタナスの青葉をざわざわと揺り動かして音を鳴らしている。


「もっと涼しいものかと思ったら意外と熱気が漂うな。まあいい。それはそれで俺達にはふさわしい環境だ」

「そうですね道化師」

「そう言う天使も、ぬかるなよ」

「はい」


 ふふっ、昨日の特訓の成果もあり演技はばっちりだ。待ってましたと言わんばかりに無駄にドヤ顔で天使とか野人とか言いまくる。その姿は下っ端の業界人が殊更にそれを強調するために特別な言い回しを連発しているみたいで浅ましいものだと気付く脳は完全に麻痺していた。だって上手く言えるのが嬉しいんだもの。


「王宮の、どっちだったっけ野人」

「もう少し先の、エイバン通りだから王宮を大回りだな」

「了解」


 俺達仮面の四人組は見張りの兵士が多くいる正面の門を素通りした。仮面を付けた子供が夜にうろついてるとかどう見ても怪しいだろと思うのだが、今日はちょうど廿日夜と言ってこの仮面を被った子供たちが夜な夜な街をうろついてスティックをカチカチ鳴らすと福が来る、みたいな行事があるらしい。


 これは元々この地方にだけ伝えられていた風習で、子供たちは仮面を被る事によって単なる人間を超えた、それこそ天使だとか悪魔だとかの力を得た存在となるのだ。そして彼らの超越した力で我らか弱き人々を守りたまえという、そういうものだ。仮面が不気味だなって思ったけど、むしろ不気味なほうがパワーは強そうだから的確なデザインだったと言える。


 だから兵士としても俺達みたいな仮面の子供はよく見た光景だし、実際何度か俺達みたいな仮面を被った集団とも出会った。パレストリーナの子供たちは礼儀正しく、自分たちが今は魔力を持った存在であるという建前も忘れ素直な子供としてこんばんはと頭を下げてきたので、俺達も怪しまれないように、同じ事をして返事とした。


 適宜マッチ一本火事の元とばかりにカチカチ音を鳴らしつつ、王宮から少し遠い裏通りにぽつんと佇む古びた小屋へと入っていった。この手を添えると真っ黒になるほど煤けた木の壁に囲まれた十畳ぐらいの建物が王宮に繋がる秘密の脱出口などとどうして信じられるだろうか。


「本当に、ここでいいんだよな」

「言われた通りならここしかないだろう」

「いや、まあそうだけど。そして野人、お前の記憶力を疑ってるわけでもないよ。ただね……」

「ええ、はっきり言ってはなりみすぼらしいですね」


 あらかじめベラドンナに「秘密の入口があり、偽装されていてとてもそれとは気付かないほどです」とは聞いていたがまさかこれほどとは。ボロなんてもんじゃないぞ、これ。


 ちょっと地震でも起きれば瞬く間に倒壊不可避だし、台風が来れば簡単にバラバラになりそうだ。でもまあ、そういうのはあんまり来ないんだろうなあ。日本みたいに定期的に地震が起きるような世界とは根本的に違うのだろう。


 小屋の内部には俺の身長と同じぐらいの土管みたいな筒が横たわっている。今から百年ほど前の祖国統一の争いにおいて使われた大砲の砲身であるらしい。飾るには新しいし使うには古い、一番中途半端な時期のものだ。


 こういう本格的な兵器はあまり見たことないので四方八方から大砲を見回してみたところ、面白い仕掛けを発見したので俺は夏の街路樹で幹や枝にしがみついて叫び続けるセミの姿を確認した時のようにニヤリと口元を歪ませ、笑った。


「なるほどね。確かにここに間違いがないな。単なるみすぼらしいボロ小屋じゃ、こんな仕掛けあるはずないもんな」


 つまり、この大砲に入るのは弾丸ではなく人間なのだ。いや、別に葛城ユキや南斗の人達みたいに人間砲弾やるわけじゃなくて、この筒の先にあるはしごを下ると王宮へ至る地下通路に繋がっているのだ。


「光の精霊よ、我が指に集いて明かりを示せ」


 デザイアが光の精霊を呼び集めて、その指先を灯火として俺達は石の壁の中をゆっくりと進んでいった。うっすらとした光だが、先が見えるだけでも十分すぎるほどに心強い。


 なお、このような魔法の使い方をこっちの魔法用語で言うと光の白魔術と呼ぶらしい。つまり精霊を用いる時、誰かに害を与えない範囲で使いこなすのを白魔術と呼ぶようなのだ。


 反対に、攻撃などに使うものは黒魔術と呼ばれる。デザイアは本来この光の黒魔術の大家なのだ。俺が食らったビームとか光の球に閉じ込められたあの攻撃とか、ああいうのは全部黒魔術。相手にダメージを与えて、最終的には殺すための魔法だ。


 火や水などではなく光の精霊を用いてそういう攻撃的な魔法を放ったから光の黒魔術。何となく矛盾した言い回しにも聴こえるだが理屈としてはそういう事らしい。


 ただデザイアは俺との戦いによって溜め込んでいた光の精霊がかなり出て行ってしまったので、魔法の威力も激減してしまったらしい。本来光の精霊は攻撃に向かず、ダメージを与えるにはかなりの量が必要らしいから。何かごめんなさい。でも暗い通路をやんわりと照らす程度の力は残っているので今のところは問題ないと言える。


 ただ、この薄汚い通路は何だろう。むしろ見えないほうが良かったかもとさえ思えてくる。天井は蜘蛛の糸による十重二十重のレース編みが張り巡らされているし、コールタールでも塗られてるんじゃないのかってぐらい黒くてベトベトしたものがこびりついてる地面も気持ち悪い。一歩ごとにねっとりとしたものが足の裏に粘着してきて、本当に勘弁してほしい。


「ううん、嫌に薄気味悪いな。これ何か出てくるんじゃないの?」

「むう、どうした道化師よ怖気づいたか?」

「いや、そうじゃなくて、ひゃあっ!」


 俺の間の抜けた声にすわ敵襲かと皆殺気立ったが、背中に垂れた水滴に怯えただけだったので「何でもないよ。さっ、行こう行こう」と急かした。


 結構長く歩いた気がするがそれは心理状態が時の流れを狂わせただけなのかも知れない。ともかく、俺達はようやく行き止まりに突き当たった。目線を上げるとはしごがぶら下がっている。


「話の通りだとこれが今はもう使われてない暖炉に繋がってる。そうだったな野人」

「ああ」

「どれ、ではわしから行かせてもらおうかの」


 デザイアが率先してはしごをよじ登った。次にルサカ、ニーナの順番に出て殿が俺だ。決してびびってたわけではない。しんがりは大事だからあえて最後に残ったのだ。本当だよ。


 まあそれはともかくとして、はしごを上昇していくと大きく口を広げた黒いレンガがあって、これが出口だった。幸い後ろから襲ってくる敵なんかもいなかった。良かった良かった。しんがりも楽じゃないねえ。


「まずは第一関門突破、かな?」

「いや、むしろここからが始まりじゃ」

「そうですね。ここが確か現在は使われていない第二政務室になるはずですが」


 ベラドンナが昨日言ってた事を反芻したニーナの言葉を疑う要素はない。何か壺とか箱が無造作に置かれているだけで、それにかなり埃っぽい。印象としては単なる物置きってところだが、随分長いこと使われていないというこれ以上ない証拠とも言える。


 この倉庫を音を立てずに横切り、静かに扉を開くとそこは廊下に繋がっていたが、その廊下は物音一つ聞こえない、絶対的な静寂だけがひたすら広がっていた。明かりもない。それでも見張りがいないはずがないので抜き足差し足で慎重に進んでいった。


 昔アニメで見た記憶があるけど、足音を立てない歩き方ってのはつまりつま先から先に下ろして後からかかとを下ろすって事らしい。それを今、実行したのだが妙に疲れる。やっぱり普段からそういう歩き方に慣れてないとむしろ意識しすぎて失敗してしまいそうなので間もなく普通に戻した。


 カーペットの感触は隠し通路の冷たくヌルヌルした感触とは正反対の暖かさがあってそれも心地良い。分かれ道ごとに「ここを右」「今のまま直進」と野人が的確に指示を出す。昨日レクチャーされた内容なのだがよく覚えているものだ。記憶力いいなあ。沈黙の中、心臓の鼓動だけが早くなる。足音は残さない。


「よっ、また会ったな!」

「ひゃうっ!!」


 不意に背中を叩かれた瞬間、俺の心臓は爆発しそうな急発進をした。さっきまで何の気配もなかったのに誰だ、と思ったらどこかで見覚えのある白い歯がくっきりと浮かんでいた。


「うちやって、うち! 久しぶりやなあ」

「あっ、お、お前は……!」


 名前何だっけ。そう言えばそんな奴もいたなあとしっかり覚えてはいる。最初は白い部分しか見えなかったが目が慣れた頃にようやく歯の周囲を取り巻く褐色と黒髪が暗闇から分離してきた。でも名前が出てこないぞ。


 風の音さえ聞こえない、沈黙は俺の身を削るように斬りかかってきた。

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