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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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10/17

 しばらくするとアレサンドロが戻ってきた。


「ああ、お帰り」

「ただいま」


 力のない声、目を細めてうつむき気味の表情。かなり疲れがたまっているようだった。これを見るだけで交渉は上手く行かなかったんだなと伝わってくるようだった。


「それで、どうだった?」


 一応聴いてはみたが、案の定手を横に広げて首を振った。


「けんもほろろだよ。完全に知らないの一点張りだ。大体変だと思ったんだ。会見の前に僕は大臣かと思しき赤や青の宝石に埋まったローブで着飾った集団とすれ違ったんだ。それで挨拶してみたところ、彼らは単なる理髪師だって言うんだから驚いたよ」

「理髪師。髪を切る人達がそんなに偉そうなのかい?」

「それがね、実際に王様の髪を切るのはその中で一番経験豊富そうな白髪の老人一人だけなんだ。他に十人ほどいたけど彼らはね、例えば黒いあごひげを蓄えていかにも屈強そうな肉体の男は髪を切る時に王様の体を支える役だって言うんだ」

「な、何だいそりゃあ。戦士とかじゃなくてただ支えるだけの?」

「そうなんだ。他にも支える役を支える役とかハサミを持つだけの役とか妙なのが一杯いてね、そんなのが王宮を我が物顔で闊歩しているんだから。ここまで文化が違うとそりゃあ結果も推して知るべしだよね。『もし情報が入れば追って連絡する』なんてよくもまああんな白々しい台詞が吐けるものだってほとほと感心したよ」

「大変だったんだな。本当にお疲れ様です。ところでね……」


 ここで俺は部屋の奥にいるベラドンナの事を話した。アレサンドロは目を丸くして慌てて「い、今の聞かれてないよね」と冷や汗をダラダラ流しながら言ったので「多分大丈夫だと思う」と返した。


 たった今さっきまで交渉していた王様の実の妹がここにいるというシチュエーションはさすがにアレサンドロにとっても想定外だったようだが、すぐ平静を取り戻すと事情の説明を求めてきた。


「それは本人に話してもらったほうが良いと思うから、さあこっちへ」

「う、うむ」


 王女のいる部屋に赴いた俺とアレサンドロ。あの柔らかなピンク色の髪の毛が目に入った瞬間、アレサンドロの表情はこわばったが幸い聞かれてはいなかったみたいで一安心と柔らかな笑みを取り戻した。ベラドンナは俺達にしたのと同じ説明をアレサンドロにもした。


「そういう事でしたか。そしてやはりフィールはこの国が匿っていると確信出来ましたね」

「申し訳ありません。母の野心があなたの肉親を傷つけていたとは」

「いえベラドンナ王女、あなたのせいではありません。しかし問題なのは想像以上に話が大きくなりすぎたという事だな」


 確かにその通りだ。フィール個人が勝手に逃げ込んだだけなら王国の協力も期待出来るだろうが、むしろ王国の中枢が組織的にフィールを匿っているのだから。本気でやろうと思えば戦争さえ起こりかねない危険な状態と言える。


「うーん、でもね。要は問題点を取り除けばいいんだろう?」

「ほう。ハッセは何かいい考えがあるのか?」

「うん、ちょっとね」


 そこで俺は思い浮かんだ考えを披露した。つまり、問題なのはフィールの身柄確保と闇魔法による陰謀が今以上に拡大しないようにする、この二点に尽きる。そして闇魔法を実行する力を持っているのは黒幕であるパカバーナではなくメルクリシスだ。


「だから、逆に言うとメルクリシス国王さえどうにかすれば闇魔法の被害は止まるって事でしょう? ベラドンナ王女」

「はい。今の王宮において人を殺められる程の闇魔法を使えるのは、兄だけですから」

「よし。だから、アレスは何もしなくていいんだ。俺とデザイアにルサカ、それとニーナでフィールと王様を確保する。王宮に忍び込むとかしてさ。まあいわゆる実力行使って感じで。どうかな?」


 うん、我ながらパーフェクツなアイデア。それもこれも俺たちの実力あってこそ。これにアレサンドロ本人が加わっていたら外交問題不可避だが幸い俺達はマーブルクともドラガニア王国とも直接的な関わりはない。まさに二重の意味で異邦人なわけだ。


 しかしこの提案を聞いた瞬間のアレサンドロは、かわいそうな人を見るような目で俺を見てきた。う、ううむ、確かにちょっと強引すぎるかなとは思わないでもないんだけどね。


「いや、でも結局話し合いで解決する相手じゃなさそうだし、じゃあ傷つけない範囲での実力行使やむなしだと思うけど」

「しかし、それは危険すぎるのではないか? それに僕達が攻め入るとなるとそれはもはや戦争になるし」

「そりゃあね、アレスは直接的に関わるから無理だけど俺達は外様でしょ? だからこそやれる事だってあるだろうから。とにかくどうにかして役に立ちたいわけよ。ねえ」


 ふわっとした説明による説得が続くが、とりあえず俺と皆のやる気は伝わったようでアレサンドロも少し態度が変わってきた。


「ううむ、確かに。しかし警備も大勢いるようだったし、せめて王宮の地図でもあれば」

「……私が案内します」

「ベラドンナ王女!?」


 ベラドンナの決然たる声にアレサンドロはびっくりしていたが俺もびっくりした。


「私なら王宮の勝手も知っていますし、それに……」


 ここで言葉を詰まらせる王女の表情は暗く思い詰めており、実際しばらくの間を置いて紡がれた単語は物騒なものだった。


「もしもかつての兄が戻らないと分かったその時は私の手で……」


 ああ、やっぱりお兄ちゃんが変態ってのは心に相当堪えてるんだな。今のベラドンナは悲しみに包まれている。心の中に生き続けている快活な兄と現実の兄とのギャップは限りなく大きい。


「……お気持ちだけは受け取っておきます。王女ベラドンナ、あなたこそ万が一があってはならない人ですから。命を捨てる任務ならば俺達に任せてください」


 俺はただ、怒りと悲しみでこわばった王女を救いたかった。兄と妹、お互いに命のやりとりをしようなんて悲しい連鎖は断ち切りたかった。だから勢いでこんなことも言えたんだ。


「そうだな。いろいろ策を練ろうとも最後はハッセの言う通りだ。ベラドンナ王女は僕が保護しよう。そしてハッセと皆には辛い任務を課す事となるが……」

「アレスは気にしないで。大事なのはただ生き永らえるだけじゃなくて使い道だから。俺は、やるよ」


 この世界に生まれ、生きる中で本当に辛いのは誰からも必要とされなくなる事だと思う。命を賭した任務とて、それは俺がそれだけ信頼されているという証左。ならば俺だって、そんなに信頼されているのならそれに応えるべく頑張ろうと思うのは自然な事だろう。


 この世界に地縁もないし、いつ死んでも悲しんでくれる家族なんていやしないのだから。何も背負っていない俺だから「命を捨てて頑張る」とかそういう無責任な事を平気で言えるようになるんだ。でもその一言で心安らぐ人がいるのだから、俺はそれを嬉しく思う。


「あっ、でもね。変な事言うけど、もし俺が死んだ時は、出来るだけ忘れないでね。それだけが約束。あっ誤解しないでね。ここで死ぬ気はないよ。でもね、いつそうなるとも知れないから……」

「分かった。男の約束だ」

「良かった。お願いね。俺が戻れば約束なんて忘れればいいんだから」


 アレサンドロと俺は腕を力強く重ねた。完熟したオリーブのように鮮やかな黒い瞳の奥に熱いものが浮かんでいたが、俺はそれに目を逸らす事なく受け止めたいと思った。この世界で誰よりも俺を信じてくれる大事な存在の瞳を。


「それで他の皆は?」

「ふふっ、僕の返事は言うまでもなく決まっていますよ」

「そうだな」

「わしらも当然協力するぞ。なかなか面白そうな話じゃしの」


 ニーナやルサカは概ね想定内として、デザイアも案外ノリノリだったのには安堵した。これで俺の一人相撲だったら嫌な汗ダラダラだったろうけど、数千年単位で生きてても好奇心はまるで尽きない人だから。


「それでアレス、いつ頃に結構すればいいのかな?」

「そうだな。次回の交渉は明後日だから、それまでにケリを付けてくれるとありがたい」

「じゃあ明日の夜が限度かな? うん。今日は準備とかして明日バシッとやっちゃおう」


 一度決まると後は一気よ。かくして外国でひと暴れする事が決まった。目標はアレサンドロの父親を殺そうとした実行犯フィールと、そのフィールを闇魔法、いわゆる呪術で意のままに操ったパレストリーナ国王メルクリシスをなるべく生きて捕まえる事。


 特にメルクリシスはその後説得なんてする必要もあるし骨が折れそうだ。でもベラドンナの言葉が全て正しいとすれば、その心の奥底には熱い情熱が息づいているはずだから。


 こっちの世界の事情にあまり明るくなくて頭もそんなに良くない俺に出来る事はただひとつ、王宮を守る兵士たちを蹴散らして血路を開く事。まあ、やってやるさ。万が一説得って事になったら困るけど、まあその時はその時よ。


 今日のうちに「正体を明かさないため」ということで仮面を購入した。この地方の伝統的な舞踊に用いる仮面との事だが、舞踊内の役職を示すペイントで目元と鼻の穴以外を覆い隠してくれている。


 今回の作戦に参加するのは俺とニーナ、ルサカ、そしてデザイアの四人だが、それぞれ異なったデザインの仮面にした。それぞれ仮面の役職で名前も呼び合うためだ。


 ちなみに俺は道化師。右の目元には青、左には赤い丸がそれぞれ描かれていて頬には黄色い星みたいなマークがある。「俺はどれでもいいから」と格好付けたところ一番派手でへんてこなのを押し付けられた形だ。言うんじゃなかった。


 ちなみにニーナは天使。おいおいネタバレか。目元は黄色く塗られて頬は赤く染まっている。ルサカは野人。これまたひねる気なしの直球勝負だ。頬に茶色い斜めの線が何本も引かれているのが特徴で目元も鋭く描かれている。そしてデザイアは悪魔。全身真っ黒で夜に出会いたくないぞ。これは正直怖い。


 ついでに服も買った。木綿を青く染めたちょっとゴワゴワした服で、デザインは全体的には丈の短い着流しって感じだ。その下にベージュのペラっとした短いズボンを履くのでポロリの心配もない。


 これはパレストリーナ王国では日常的な子供服で、逆に言うと何の個性もないどこにでもいるファッションであるらしい。まあジャージとか熊の毛皮でうろついたらよそ者丸出しで警戒されそうだからね。こういう偽装工作も大事だ。


 と言うかもっと服がほしいわ。いつまでも異邦人面するのも違うしファッションからしてももっとこの世界になじまないといけないだろうって常々思っていただけに今回のコスプレは俺にとっては非常に嬉しいものだった。


 それからニックネームで呼び合う練習をした。


「ニ、じゃなくて天使は右へ、俺と、えっと何だっけ黒いの」

「わしは悪魔じゃ。しっかり覚えんか!」

「ああっ、ごめんなさい。じゃあもう一回お願いします。天使は右へ、俺と悪魔は左へ行くから」

「了解。野人は待機で」

「分かった」

「よし、では行くぞ道化師」

「はい、デザ、悪魔……」

「また本名出たな。しっかりしろよ道化師」

「だからごめんって。えっと、野人?」


 なんか俺がとちってばっかりだった。ニーナが演技得意なのは知ってるしデザイアも年の功ってあるだろうから仕方ないとして野人ルサカが想像以上にナチュラルにこなしているのが意外だった。


 なんかこうなると二十一世紀の日本でのんべんだらりと生きてた俺のだらしなさがくっきり浮かんでしまって恥ずかしい。やっぱり三日月斧振り回すだけが取り柄のパワー馬鹿に過ぎないのか、この世界の俺。


 やっぱ文化祭の劇でもうちょっと真面目に演技すべきだったかな。小学生の頃ももらった台本をまずはしっかり見て、台詞が少ない役を徹底的にサーチしてから「じゃあこの役やりたい人ー」って先生が言った時に何も知らない、適当なふりをして手をあげてたからな。


 でも実際の演技はそれなりに迫真にやったつもりなんだけど、いざ本番となるとなかなかうまくいかないものだ。俳優のセンスはなかったらしい。


 そんなこんなで演劇の練習をするうちに一日はあっという間に過ぎて、ついに実行の日となった。

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