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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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「私の名前はベラドンナ・ソニア・オメガトロス。メルクリシス国王の妹です。神に仕えるべく修道院で暮らしていましたが、今はあのように命を追われる立場となっています」


 風雲急を告げる宿舎の一室。ベールを自らの手で剥ぎ取った修道女はその柔からなピンク色の髪をふわりとなびかせながら、あっさりと重大な事実を告白してきた。


 黒いベールの少女、なんて持って回った言い回しは不要になったが、その正体は王様の一族だったという事だ。確かにお兄さんと同じ髪の色をしている。近くで見ると本当に鮮やかなピンク色で、俺は思わず息を止めた。


 しかし瞳の色は異なっている。ベラドンナの瞳は吸い込まれそうなほどに鮮やかな黒色だが、メルクリシスは確かほとんど無色透明に近い消え入りそうな銀色だったと記憶している。まあ遺伝の問題とかでそうなるものなのかも知れないが。とにかく話の続きを聞いてみた。


「兄上が王となった以上、私は母上にとって不要な存在なのです。それゆえに私は修道院に入りました。しかし母にとっては、私が生きているだけでも邪魔に思えているのでしょう」

「何でそんな」

「兄上が王となったのは一年前。未だに前王を慕う者も多く、その立場は安泰とは言えません。一ヶ月ほど前にそのような旧臣が兄上を廃して私を王に据える動きが露見されましたが、あれも私のあずかり知らないところでうごめいていた陰謀です。あるいはそんな陰謀は最初から存在せず、敵対勢力と私を排除するために母上が仕掛けたという可能性もあるでしょう」


 美しい街並みを舞台に繰り広げられる生々しい姦計にはさすがに絶句してしまう。まったく恐ろしい話で、やっぱりあの厚化粧ババアは権力欲に取り憑かれたケダモノだったか。


「今のパレストリーナの国王は兄上ではなく母上です。兄上は、何もするにも母上の顔を窺いながら生きています。たったひとつを除いて!」


 そのたったひとつが何を示しているのか、まあお察しと言うべきなのだろうか。でもまだ十歳かそこらの幼気な少女に「お前のお兄ちゃんは毎日女装して春を売ってるよね」なんて言えるはずもない。俺だってそれぐらいのデリカシーは備えているつもりだから。


 それにベラドンナだって本来口に出したくもないはずだ。だから黙っていた。言わなけりゃ知らないも同じだから。


「そこでです、異邦人の皆さん、兄上を救ってくれませんか?」

「救う?」

「はい。兄上はその闇魔法の才能を利用せんとする母上を始めとした大人たちに誑かされて間違った道を歩んでいます。でも兄上は本当はあんな人間ではないはずなんです。優しくて頭も良くって、私達の故郷マセティアに広がる夏草の草原に寝転がって星を眺めていたのもたった二年前の事なんです。街と権力は兄上の心を犯してすっかり変えてしまいました。でも今ならまだ、まだきっと間に合うはずです!」


 少女の悲痛なる叫び! しかし確かに、いくら女の格好であそこをギンギンにさせるようなしょうもない変態としての顔があると知ってはいてもこの世にたった一人しかいないお兄さんなんだから、それを大切に想うのは人間として当たり前なんだな、きっと。


 俺にも兄はいた。俺より出来のいい人間だった。しょうもない事をしてしかられた事もあったけど、そんな俺がいなくなった事できっと悲しんでいるんだろうな。いや、変にセンチメンタルになっても困るな。過去に関しては忘れたいわけじゃないけど、思い出しすぎると辛くなるからそこそこにしておかねば。


 その後、ベラドンナは自分と兄の思い出を何か色々語っていた。結構長かったけど途中からはやや集中力がなくなってきたので大事なところを掻い摘んで言うと、まず兄のメルクリシスと妹のベラドンナが生まれたのはここパスカルであるらしい。


 母は前の王様のお姉さんで父は法務官や王国南部を統括する長官を歴任した有力者だったみたいだ。この母ってのがあの厚化粧お化けパカバーナだ。あれで昔は美人だったらしい。まあ若き日の美しさを保とうとするあまり、客観的にどうなってるかって視点が欠落したらああもなるかなってところか。


 しかしそんな真面目な長官と美しい妻の幸せな暮らしはそう長く続かなかった。ベラドンナが生まれた直後あたりに父は王宮内の権力争いに敗れて彼の故郷である南部のマセティアという小さな町に移り住んだと言う。


 他の人はともかく生まれた時から都会しか知らなかったパカバーナは田舎暮らしに耐えられなかったようで、いつも再び王都へ帰還する事だけを考えていたらしい。これは気持ちは分かるかも。


「今に見ていなさい。パスカルは私のものなんだから」


 これがパカバーナの口癖だったと言う。その後、ベラドンナが五歳の時に父は亡くなり、母を止めるものはこの世から存在しなくなった。


「その頃からです。兄上は闇魔法の素質があると分かってきました。それも並の王族をはるかに凌ぐほどの。母はこれに目をつけたのです」

「魔法の素質かあ。そう言えばベラドンナさんは?」

「私にあそこまでの力はありません。王族であっても皆が力を持っているわけではないのです。母も力はありませんから」

「なるほど。自分では成し得なかった野望を息子に託したと。ああ、続けてください」

「はい。母は兄上の力を伸ばすべく毎日何かを迫っていました。兄上はそれをずっと拒否していました。それが何かは分かりません。でも、何か特別に奇妙な事なんだろうという予感は胸にありました。それをした後は今と同じではいられなくなるだろうって事も……」


 母が執拗に何かを迫るようになったのが大体今から二三年ほど前の話だったようだ。年齢的に言うと兄メルクリシスが八歳、妹ベラドンナが七歳頃。メルクリシスは一年ぐらいはどうにか拒否していたが、それはいつまでも続くものではなかった。


「その日は明らかに違っていたんです。兄上は寂しそうな目つきでいたんです。私がいつもの草原に行こうって誘った時も笑ってはいましたけど、何か名残惜しむようで。そして私が眠る前、兄上はこう囁きかけてきたのです。『それが運命だとしたら悲しい事だけど、どうか誰も恨まないでほしい。誰も傷つけたくないと願っている。傷つくのは自分だけでいいんだ』と」


 ちょっと意味が分からない台詞だけどベラドンナも俺と同じ感想だったらしく「どういう事なの?」と聞き返したが「おやすみ、僕の大好きなベラドンナ。明日もきっと晴れるね」とはぐらかされたようだ。そして頬に優しく口付けされると、すぐ眠りの底に沈んだという。


 そして翌日、メルクリシスは変わり果てていた。情熱的な黒い瞳が静か過ぎるほどに澄み切った銀色になっていたのが最大の変化だったが、毎日のように虫や草、世界や勉学の話をしてくれた優しい兄は消え去り、ベラドンナとは目線を合わせようともしなくなったという。その時彼女は「ああ、とうとうあの何かがなされたのね」と悟った。


「それ以降、兄上は母の指導のもとで闇魔法に傾倒していきました。それから一年、王位継承権を持つ人が次々と急死してついにはレヴォー前国王までもが……。原因不明の病死という事になっていますがこれは兄上の闇魔法によるもので、裏で糸を引いていたのは母に違いありません」

「闇魔法でどうやって、その、暗殺みたいな事をするんですか?」

「一番多かったのが食べ物や飲み物、例えばワインなどに魔法をかけるのです。魔法がかかったそれらのものを口にすると体中が紫色に変色して体を動かす事が出来なくなり、やがて死に至るのです」

「ワイン、体が変色して動かす事が……。あっ!」


 そのような奇妙な状態に陥ってた人物を俺は知っている。それは言うまでもなくアレサンドロの父親だ。あれとやり方が同じって事は犯人が誰かという問題とイコールになる可能性が高いのは言うまでもなく、そうなるとやはり今回の件の犯人は当初の推測通りなわけか。分かる奴には分かるもんなんだな。


「そして残された王族の血を引く男子という事で兄上は王に任命されたのです」


 かくして王都パスカルに凱旋したオメガトロス一族だが、メルクリシスはまだ若いということで母のパカバーナが摂政となり、事実上の最高権力者として君臨している。


 これに対しては「結局パカバーナが権力を握りたかっただけじゃないか」などと反対する者も多かったが、彼らは間もなく「原因不明の急死」を遂げている。王は摂政の「提言」に何も反対せず、まったくもって完璧な操り人形に成り下がっているのだ。


「そして母は野心の矛先を他国に向けるようになったのです。『パスカルにパレストリーナ。手にした今となっては取るに足らない小さな宝石よ。私の闇魔法があればこの世界さえも射止めてみせる』と母が言うのを私は聞いてしまいました」

「だから命を狙われるように?」

「はい。その時点では素早く修道院に入る事で難を逃れましたが、公然とあのような親衛隊を送り込むようになったのです。もうこれ以上修道院に迷惑はかけられませんし、だから脱走したのです。母の野心を止められる者はもはやこの国には存在しません。あなた方のような勇者でなければ」


 確かにこの世界へ来たのは勇者やるためだけど、まだ勇者を名乗るにはいささか足りない部分が多いような気もする。だがこう頼まれて拒否するような奴に勇者の資格なしって事ぐらいは分かる。となると出すべき答えもおのずと決まった。


「分かりました。あなたの心に応えてみせましょう」

「ほ、本当ですか!?」

「はい。俺はそれでいいと思います。少しは気持ちも分かりますし。それで……」


 勝手に話を進めすぎたのでちょっと振り返って他の皆の顔を見たところ、言葉などなくとも心はひとつにまとまっていたようだった。ニーナに至っては親指を立てるというファンキーな仕草。このジェスチャーの意味が分かるのはこの世界に二人だけだと思うと何だか、グッと来た。

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