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魔法を用いた数々の罠や暗殺者の襲来をどうにか生き延びて、と言うか暗殺者に関しては向こうが勝手に剣を収めてくれたからどうにかなっただけだけど、ともかく無事にパレストリーナ王国首都パスカルまで俺達は辿り着いた。ここまで一人の欠員も出ていないのは奇跡だと思う。まあ死んだ奴が約一名いたけど間もなく生き返ったしセーフって事でいいだろう。
「ここがパスカルですか。訪れるのは僕も初めてです」
その「奇跡の生還」を果たしたニーナはいけしゃあしゃあと窓から外の景色を眺めながらこんな事をほざいている。ただ俺もここは初めてなのでどんなところなんだろうみたいな興味はないでもないわけで、ニーナが独占していた窓の風景をちょっと借りて覗いてみた。
まず第一印象としては、やっぱり人が多いな。今までの旅路は不自然なほどに人との出会いがなかったが、さすがに首都だけあって田舎の街道とは格が違う。この王国の住人は東方にルーツを持つ民族が主体であるらしく、確かに顔つきはドラガニアの人たちと違っているように見えた。
しかしジロジロと観察できたわけじゃないのでそれは単なる印象論だったかもしれないが。と言うのも、彼らの民族衣装は基本的に可能な限り肌を露出させないようなデザインとなっているからだ。甚だしきは素肌を黒いマントとベールで完全に隠した女性までいた。
そんな彼女は道の端で本を開き、おそらくその中の一節を詠唱していた。どんな内容なのかは分からないが、それが聖典の一節なんだろうとはなぜか容易に想像がついた。肌の色さえ分からない彼女の、それでも全身から漂ってくる敬虔さが俺にそう確信させたのだろう。
「ああいうのはね、最近は廃れ始めてるみたいですけど信心深い女性は被ってたりするんです」
「ふうん、じゃああの衣装は宗教的な信念によってるわけ?」
「そうですね。これも東方の教えがここまで流れ着いたって事なんですよ。こっちの言い方をするとヒューラントって言いますけど、そういうヒューラント、つまり東方って意味なんですけどその文化の西限がこのパレストリーナ王国なんですよ」
「隣り合ってるドラガニアにはあんまりこういう風習ないよね」
「そうですね。かつては南部山岳地帯にそういった衣装も存在していたようですが、今はもうないですから」
山岳地帯と言えば峠の道で印象的だった白と黒のログハウスは山岳地帯特有のものであったらしく、盆地に降りるといつも通りと言うか、ドラガニアと似た雰囲気を持った石造りの建物が並んでいた。
でもドラガニアと比べるとドアや窓枠のデザインや装飾がいちいち凝ってるのが印象的だった。欄干にさり気なくライオンの透かしが入ってたり、先端に炎のような紋章が刻み込まれていたり。この細やかなこだわりが東方文化なのだろうか。
よく整備されてがたつきのない石畳を行き交うのは白い馬たちだった。この国では白馬と茶色い普通の馬がほとんど半々の割合で存在しているみたいだ。ゆえに非常に日常的な場面、例えば荷物を引く馬車にも白馬がナチュラルに使われており無駄にはっとしてしまう。
木材を運ぶ白馬の上にはしわが深く刻まれた行商人がまたがっている。猫耳のような飾りを付けた白いターバンがちょっとかわいくて、苦みばしった表情とのギャップが何となくおかしくなった。
「そしてこれが王宮です」
「ひえー、凄いおっきいなあ……」
言葉を失うとはまさにこの事を言うのだろう。それほどにパスカルの王宮は立派で壮麗なものだった。壁には大小様々な彫刻がどっさりと盛りつけられている。一つ一つの彫刻はそれだけでも一級の芸術品だが、それがまた絶妙なバランスで並んでおり、個性を潰す事なく大きな世界を作り出している。
虎やライオンの顔をした人間とか体がタコのおさんとか変なのがいっぱいいたが、これを見たアレサンドロが「ふうむ、これが噂に聞く精霊像か」と溜息をついていたのでこいつらは精霊をかたどったものなんだろう。
門の横にでんとそびえる柱にも王国の象徴である藤の花のレリーフが盛り込まれていて、しかも彩色までなされているので最初は本当に植物そのものが巻き付いているように見えたほどだった。藤の花ってモチーフからしていかにもオリエンタルだし、何となく親近感を抱きそうにさえなった。
しかし冷静に考えるとむしろこここそが陰謀を企てている悪党どもの本拠地。どうして忘れられるだろうか魔力を秘めた大岩を、暗殺者の襲来を。安心どころかさらに気を引き締めないといけない。面倒な話だが、実際にそういうきな臭さを秘めているだけに仕方がない。
「とりあえず明後日、高官達と面会する事になった。今日はしっかりと休んで、疲労を回復させよう」
「そうだなアレス。この旅路は何より精神的にきつかったから」
「ずっと罠が仕掛けられていないか警戒しながらここまで来ましたからね」
「ニーナは一度死にかけたからな。しかし明後日までにもまた罠があるかもって思うと、まだ安らげないよ」
「ハッセの心配ももっともじゃ。今のところ邪悪な気配はなさそうじゃが、相手の意図が掴めぬ以上は迂闊な行動は慎むべきじゃろうの」
とにかく俺達は疲れていた。今は一刻も早くこの肉体以上に精神にこびりついた疲労を回復させたいと心から思っていた。今日明日はしっかり休もうとまとめて、一旦解散した。
「でもこうなると、この美しいパスカルの街並みもくすんで見えるな」
「そうですね」
夕焼け色に染まったパレストリーナ王国首都パスカルの街並みを宿舎の窓から見下ろしつつ、いささか疲労した俺の心はそんな感想しか出てこなかった。隣で首を縦に振るニーナの微笑みも霞んで見える。
なるほど確かにこの街並みは美しい。まるで積み木のように線がきっちりとした建物たちが整然と立ち並んでいる。道も北から南へと伸びるメインストリートを中心に放射状に整っており、しっかりとした都市計画に基づいて建設されたんだろうと一目で分かる。
後でニーナに聞いたところ、このパスカルは今から百年ほど前に完成した、比較的新しい都市だと言うのだ。それまでは同じくらいの規模の小さな都市が林立していたパレストリーナ王国の中心にふさわしい王都を建設するために、それらの都市のほぼ中間地点にあった寒村を大改造した人工都市であるらしい。
それまではこの一帯に住む、いわゆるトワナ人の内部でも争いばかりしていたが、それを今の王族の祖先となる人が収めたのがだいたいその頃だったようだ。そして争いを終わらせる原動力となったのがその一族に代々受け継がれてきた闇魔法をベースにした強大な軍事力であった。
「そんなに新しい国だったんだな、ここって」
「現在は西部のゼノラビア、南部のパダルカと大国が多いですからね。そして北方ゴルトラント諸国も非常に好戦的ですし、自分達の身を守るためには統一するしかないんですよ」
「こっちの世界も大変なんだな」
「人間が生きてるって事ですよ」
「そうだな。とりあえず今日は寝るとして、そう言えば明日はどうするんだろうな。確かここの偉い人と会えるのは明後日だろ?」
ニーナは人差し指を顎に当てつつしばらく考えていたが、間もなくこれしかないとばかりに微笑みながら言った。
「ホテルに缶詰でしょうね」
うん、まあそうなるだろうな。
「どんな陰謀が張り巡らされているか分かりませんからね。少なくとも明後日までは、誰も死ねませんよ」
結局はこういう事だ。俺だって好奇心はあるが、その代償に命を投げ出そうとは思わない。
いや、今回の件は色々面倒臭い陰謀とかありそうだから結果的にこの地で命を落とす事になるかもしれない。でもそういう場合でも「勇敢に戦って死にました」ってなりたいものだ。「やめろと言われてたのを無視して街をほっつき歩いてたら襲われて死にました」なんて勇者の名折れだから。
「そうなるとこっちも心を決めるしかないか。ゆっくり休んで疲れを取るさ」
「ええ、それがいいでしょうね。では、おやすみなさい」
考えてもどうにもならない事は明日考えればいい。何はともあれ、無事にこのパスカルまで到達したという事実が俺のまぶたを重くしていたのは事実だ。余計な事をする暇もなく俺は眠りに落ちていった。




