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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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 パレストリーナ王国にとって俺達はやはり招かれざる客であったようで、亡き者にしようという陰謀に直面したがどうにか切り抜けた。下り坂、大きな岩を転がすとかいうワイルドすぎる攻撃だったが、結構危なかった。


 これ以降は、また同じような目に遭うと大変なのでその前に察知しようという事でデザイアを毒ガス工場のカナリアみたいに使ってちまちまと進んだ。


「どうですかデザイアさん、何か異変は?」

「今のところは感じられんの」

「そうですか。よし、前進だ!」


 こんなやりとりを幾度ともなく繰り返してどうにか盆地まで辿り着いた。魔王をまで呼ばれた男をこんな便利使いしていいのかとも思ったが、今の部隊において一番魔法に習熟しているのは彼だから、効率的にやるにはこれしかなかった。俺のせいでそのパワーは大幅に減少しているのだが、今までに覚えた細やかな感覚は忘れるものではない。


「伊達に三千年生きてはおらんよ」


 本人も至って恬淡としているしまあいいやと、本人の好意に甘えてどうにかここまで一人の犠牲者を出すことなく目的地まで後一歩というところまで辿り着いた。


 しかしここおいて、ただでさえ遅れ気味だった日程をまたも遅らせる出来事があった。これは後一日で首都に到着するというのに大雨で川を渡れなくなったので足止めを食らっていた時だった。


「この川を越えれば首都パスカルに到着するのだが、どうやらもう少し時間がかかりそうだな」

「でも仕方ないよアレス。さすがに魔法使いだって天気をいじれるもんじゃないんだろ?」


 俺達は窓越しにどんよりとした空を眺めながら天の気まぐれをぼやいていたが、背中から「ふふっ、そうとも言い切れぬぞ」と老人口調の少年ボイスが聞こえたので振り向いてみた。


「そうなのですか? デザイアさん」

「雨を降らせるには水の精霊を空に集めれば良い。量が必要となるがかなりの使い手であればそれも可能じゃ」

「ふうむ、ではこの雨も何者かが意図的に降らせた可能性があると?」

「木々が倒れ、道はひび割れ、宿泊していた近くでは出処不明の火が燃え盛る。国境を超えて今までわずか三日のうちにこれだけの事件が相次いでおるのじゃ。到底偶然とは言えまいて。それにしてもここまで魔法に習熟しているのは本当に人間なのか、それも興味があるのう」


 この世界における魔法とは、つまり人間には行えない力を持った精霊たちと友達になって、友達に力を借りるというのが基本的原理なんだそうだ。


 精霊なんて目に見えない、手に取れないものと心を通い合わせるなんて俺にはとても出来そうにないが、とにかくデザイアなんてのは生まれて三千年も生きているから友達の数も多く、それゆえに強力な魔法を使えたのだ。


 じゃあ今のデザイアの力が落ちたのは友達をなくしたからなのかって事だが、俺がデザイアを斬った時に溢れ出た光のようなものはデザイアの体内にしまい込んでいた光の精霊だったらしい。


 まず基本となる火、水、風、土の四元素と比べて光とか闇の精霊はこの世界にうろついている数が少ないらしい。割合だと2:2:2:2:1:1ぐらいかな。多分。


 そこでデザイアは各地を渡り歩き、本来の量を超過した光の精霊を自分の体内に貯める事で驚異的な光パワーを維持していたのだ。それが俺との戦いで全部パーになった。だから光球に包む最終奥義なんかは光の精霊が足りないので使えないし、ビームの太さも俺が食らったものの半分か、もっと細いものしか撃てなくなっている。


 だからデザイアにとって今の行動は再び各地を巡って光の精霊を集める旅をしていると、こう言い換える事も可能だ。魔王とか言われてたものの特に酷い事してたわけじゃなさそうなので別に力を貯めようが何しようが彼の勝手だとは思う。出来ればもう戦いたくはないけど。強いし。


「その命もろたで!!」


 俺がぼんやりとそんな事を考えているといきなり関西弁っぽい叫び声が聞こえたので慌てて振り向いたところ、振り上げられた両手の先に銀のニ本の曲剣が鈍く光り、その輝きは俺の肉体に向けて一直線に進んでくるのがはっきりと見えた。


 確かに近づいてくる危険に、しかし俺の肉体は動いてくれなかった。奇襲に対して脳味噌は硬直して、ただ両の目を見開いたまま敵意の接近を見つめるのみであった。ああ、もはや一巻の終わりか。


 しかし暗殺者はなぜか両手に握られた剣を振り下ろす事なく目の前に着地して、腰にぶら下げてあった革製の茶色いナイフ入れに得物を収めた。


「よろしく!」

「よろしく、じゃなくてねえ! お前は何者だ!」

「ああ、確かに自己紹介がまだやったな。うちはマロール・ミュルク。ここからもうちょっと東にあるカーム国の出身や」

「カーム国!? だとすると君はまさか……?」

「ふうん、そっちのきりっとしたあんちゃんは察しがええなあ」


 ちょうど俺が小学生の頃地元に寄ったサーカスを見に行ったけど、そこで初めてライガーを見た時の感慨と同じようなニュアンスでアレサンドロは何か驚いていた。「うわあ」じゃなくて「へえ」って感じの。アレサンドロは何か知ってるみたいだった。


 そこで俺は「どういう事なの?」という視線を投げかけたが、アレサンドロが喋る前に他の奴らが口を開いた。


「『草の民』か。噂には聞いたことがある」

「わしも聞いたことはあるぞ。山の上にある神殿で育てられる正体不明の暗殺者集団」

「エザル朝、パハレス帝国など歴代の中東諸王朝がその力を我が手に欲さんとするも、あくまで中立を貫いたカーム国の力の源が彼ら『草の民』との事ですからね」

「おお、金髪の君、詳しいなあ!」

「まあこれぐらいはね。誰だって知ってるでしょう。ねえ、初さんも」

「え、ええ。うん、まあ、そうだな……」


 知ってるわけないだろ勘弁してくれよ。でも他の皆は知ってて当然って雰囲気だったし、こっちの世界ではその草の民って凄い暗殺集団の存在は自明の事なんだろう。


 こっちの世界で言うと、まあ忍者みたいなものとでも考えればいいか。確かに生で忍者見たら「おお、これが噂に聞く忍者というものなのか……!」ってなるわな、俺も。ライガーとかそういうレベルじゃなくて。


 しかし褐色の忍者、じゃなくて草の民マロールは闇という単語とはかけ離れた、口を限界まで横に広げたような笑顔をこちらに向けてきた。こんな笑顔をする男に敵意を持つのは、とても難しい。


「まっ、それはええわ。ええと、君。君や君。目がアホみたいに縦に長くておもろい顔のお兄ちゃん」

「だ、誰がおもろい顔だぁっ!?」

「自覚ないん? でもちゃんと誰のことか分かってるならええやん。まあお兄ちゃん、名前は何て言うの? 握手しようにも名前ぐらいは知らんとなあ」


 何という度胸、何という悪びれなさ。一分前ナイフを向けた相手にもう握手の右手を差し出すなんて。


 でもこの手の自分の言いたいことはとりあえず言ってみる系の人に押されるとすぐ俺も弱気になって言われるがままになってしまう。今回ものんきに「ええと、初瀬顕真、松戸出身」などと返してしまったのだから。


 このマロールと名乗る少年は褐色の肌の内側に白く輝く両目を訝しそうに細めた。銀色の瞳が俺を鋭く貫くと、これまた肌の色と対照的な白い歯を見せながら「マツド? 聞いたことあらへんなあ。どこら辺や?」と聞いてきた。すっかり相手のペースだ。


「ええっと、まあもっともっと東のほうに……」

「ふうん、知らんなあ。まあええ。うちはある人物から暗殺指令を受けて君らを殺しに来たわけやけど、やっぱやめたわけや。何でか知りたい?」

「うん。何で?」

「ふふっ、それはな……。いや、やっぱやめよーかなー。どうしよっかなー」


 そこでもったいぶるのか。ちょっといらっとしたので「じゃあ別にいいよ、教えてくれなくても」と言ったら肩をペシペシと馴れ馴れしく叩かれ「そんなつんけんしたらあきまへんってお兄ちゃん!」と来た。どうもペースを握れないなこのタイプは。


「もうどっちでもいいけど、理由があるんなら教えてほしいな」

「んっ? やっぱ知りたいんやろ? じゃあ特別サービス。ほんまの事を言うとな、君らあんまり悪党に見えへんかったからや。暗殺者ゆうてもうちらには仁義がある、誇りがあるんや。しょうもない争いに巻き込まれるのは嫌いねん。せやから、暗殺は受けるけどその対象を殺すべきかはうちら自身が判断する事になっとるんや」


 それで俺は悪人に見られなかったのか。それならありがたい話だ。まあ悪いことなんてほとんどせずに生きてきたからな。万引きぐらいしか。


「まあそれならそれでいいんだけど。それで、ええと、マロールだったかな」

「せや! それでお兄ちゃんは何って呼べばええんかな? 名前も今までに聞いたことない感じやったし、どこで区切ればええんや?」

「ああ、ハッセでいいです」

「ハッセか! 分かったで! それでハッセ、何や?」

「あれ、何だっけ。ちょっと待ってね。何を聞きたかったか忘れた」

「ドン臭いやっちゃな」


 悪かったな。でも確かにドン臭い性格してるのは本当なわけだし口に出して反論も出来ず、それがまた愚鈍丸出しだった。


「ああ、思い出した。それでマロール、君は誰に雇われたんだ?」

「悪いけどそればっかりはうちの口からは言えへんなあ。うちかてプロやもん。ただまあ、ある程度察しは付くやろ?」


 まあ察しがつくかつかないかと言われるとさすがにつかないはずもないってところだ。特にアレサンドロはすっと険しい顔付きになったしニーナも人差し指で唇を拭った。


 口には出せないけど皆が心の中で描いているシナリオ、それは彼の依頼人はこの王国の偉い人だろうという事だ。逃亡中のフィール個人がここまで大掛かりな罠を仕掛けられるはずもないし、じゃあ他に誰かと言うとそうならざるを得ない。俺達ってそこまで嫌われてるのか。


「まあそれはともかく、君は本当にそれでいいのかい?」

「んっ、何が?」

「いや、だって僕を殺すために雇われたんだろう? ならさ、雇った人に顔向けとか出来ないんじゃないの?」

「そんなん君が考える事ちゃうやろ」

「ああ、うん、まあそれはそうだけど。ごめんね、変な事聞いちゃって」

「ええんやで。うちかて何の考えもなくこうしたわけちゃうし。せや、この雨が止んだらはようパスカルにおいでな! 皆が待っとるで! ほな、また……!!」


 そう言い終えるとマロールの体からいきなり白い煙と強い光が放たれて目の前が真っ白になった。ようやく視力が戻った頃、マロールの体は霞のように消えていた。


「マロール・ミュルク、つむじ風のような男。何だったんやあいつ」

「口調が移ってますよ初さん」

「ああ、せやな。じゃなくって、そうだな、うん」

「まあまあ、それはともかくこの雨が止んだら明日にはパスカルだ。そしてどれほどの罠が待ち構えているか分からない。気を引き締めてかからないと」

「分かってるよアレス。後はちゃんと雨が止むかだけど」


 翌日、幸い雨は無事に止んだ。やっぱりこの天気は天の配剤であって魔法なんてものじゃなかったんじゃないのか。まあ仮に魔法だったにしても、デザイアによると精霊の負担が大きいのでそう何日も降らせるとはいかないものであるらしいが。


「これでようやく首都パスカルに到着する。さあ行こう!」

「おう!」


 さすがにもう嫌がらせの種が尽きたか、今日は順調に進んで午前中にはパレストリーナ王国首都パスカルへと無事に到着した。

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