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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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 ジェスターの泉より湧き出す白い水にはこの世のあらゆる呪いを解く力があるという。長い旅の果てにその水を手に入れて堂々マーブルクに凱旋したアレサンドロと俺含むその一行。しかし浮かれている暇はない。泉の水は持ってて嬉しいコレクションではなく、しっかりとした使う理由があるのだから。


「それで、これを口に含ませるだけでたちどころに回復するんですよね?」

「そうじゃ。そもそも呪いというものは闇の精霊を人体に取り憑かせる事によって引き起こされる現象。そしてジェスターの泉の水は闇の精霊を除く力を持っておる。ゆえに呪いを祓えるのじゃ」


 さすがに魔王と呼ばれた男だけあってデザイアは原理にも詳しいものだ。そもそもデザイアは魔法使いの中でも光魔法の専門家として屈指の存在である。


「しかし今は光球を作れぬほどに力もすっかり衰えてしまったがの」


 これは俺のせいなんだよね。悪いことしちゃったかな。でも力がなくなっても知識は不滅だ。生まれてこのかた三千年、本も読んだし世界各地を放浪して力を磨いた日々もあったと言う。脳に体に刻み込まれた知識は俺の三日月斧で切り裂かれた程度では流出しないものだ。


「光魔法の大家としては闇魔法の対策ぐらい立ておかねばの。ゆえにワシは闇魔法を祓うジェスターの泉に目をつけて領土としたのじゃ」

「それが今から千年ほど前でしょう?」

「よく知っておるのニーナ。ついこの間の話じゃ」


 魔王は長生きなので十数年しか生きていない俺などとは時間が流れる感覚みたいなものが全然違うようだ。


 さて、あの地に落ち着き居城を構えた当初はデザイアに打ち勝って名を上げたいという有象無象がうじゃうじゃ来て迷惑を被ったらしい。そんなのにいちいち付き合うのも面倒という事でビームのトラップを仕掛け、モンスターを放し飼いにして関門とした。


 本人としては「これぐらい抜けられぬようではお話にならぬ」というレベルだったらしいが普通の人間にとってはあまりにも強すぎるのでほとんど通り抜ける者はいなかった。そしていつしかデザイアは魔王と呼ばれるようになったらしい。


「世間の風評なぞ気にせんでおったが、それゆえに定着したようでな。人様の迷惑になる事はせずにいたはずが魔王とはのう」


 他人にどう思われようが自分には関係ないという姿勢が結果的に人々の畏怖を助長してしまったと言える。本人は案外話せる人だし、巡り合わせは時に残酷な結果を生むものだ。


 それはともかく、今大事なのはアレサンドロのお父さんだ。そしてもう準備は出来ている。俺達はアレサンドロの父が戦っている扉をくぐり、紫色に変色した顔と再開した。


 アレサンドロの表情は硬かった。これで大丈夫だと言われているがもしも、もしも駄目だったら。想像したくない最悪の予想が頭の中を駆け巡っているような恐怖心は俺にも分かった。


「お父さん、僕は帰ったよ。今お父さんを助けてあげるから」


 そして恐れを振り払うように力強く宣言すると、ジェスターの泉から採取した水を父親の口に注いだ。その効果は覿面、瞬く間に明確な変化が現れた。


 乾いてひび割れた大地を雨が潤すように、変色した肌は瞬く間に白く塗り替えられた。アレサンドロと同じ肌の色だ。痛ましいうめき声ももう聞こえない。そのうちに震えるような呼吸の音が響き、それも次第に安定していった。


「お父さん……!!」

「……むう、アレスか?」

「ああっ!! お父さん、目覚めたんだね、お父さん!!」

「長い夢を見ていたようだった。悪い夢だった」


 俺はニーナやルサカの背中をそっと叩き、静かに扉の向こうへと消えた。こういう場面に部外者は不要だからな。アレサンドロだって泣きたい時はあるだろうから思いっきり泣けばいい。


「とにかく、良かったですね。アレサンドロのお父さんはあれで完全に呪いは解けましたから」

「肉親が死ぬのって、辛いからな。俺も良かったと思う」


 ニーナとルサカは俺と同じく安堵感に包まれていたようだった。しかしデザイアは別の視点を持っていた。


「それにしてもあれはかなり強力な呪いじゃ。下手人はそれなりに腕の立つ呪術師のようじゃの」

「そうなんですかデザイアさん」

「並の呪術師じゃと習得するのに百年程度はかかるものじゃ。人間界でもそう多くはなかろうよ」


 さすがは三千年を生きたデザイア。百年とか平気で言ってるが普通の人間は寿命が尽きてしまう。ただ魔法とか使えば案外寿命伸ばせたり、しないかさすがに。でもじゃあ三千年生きてるデザイアって何なんだ。


 天使もいるしそういう世界だからと何となく納得してきたが、冷静に考えると彼が人間なのかそうでないのかも判然としない。しかしこれはどうやって聞けばいいんだろうか。「あの、デザイアさんって人間じゃないんですよね?」などと不躾に聞いていいんだろうか。でも何だか失礼な気もするし。


「ハッセ、そして皆ありがとう。父は無事に回復した」


 あれこれ考えているうちに扉の向こうからアレサンドロが現れた。まあそりゃあ無事なのは何となく分かってたからこっちも間違いのない笑顔で「良かったね、おめでとう」と心から祝福した。


「そして父も、お礼をしたいと言ってるから、さあこっちへ。デザイアさんも」

「ほう、ワシもかの?」

「特にデザイアさんにお礼がしたいそうです」


 再び戻った部屋の中、ベッドの上にはアレサンドロの父が上半身だけを起こしていた。その顔色は白い中に確かに赤くたぎる血潮の色がうっすらと浮かんでいて、生命の躍動を感じさせた。ヨウ素液をかけられたジャガイモみたいに変色していた面影はもはやない。


「マーブルク領主のレアンドロンと申します。いささか礼を失した態度で申し訳ないが、未だに体力が戻りきらぬゆえご容赦願いたい。詳しくは倅から聞きました。私のために本当にありがとうございました」


 さすがは本物の領主というくっきり力強い声でお礼を述べられると俺の方こそ恐縮してしまう。


「いえいえ、俺はただアレスに付き従っただけですから。結局はアレスが立派だったんですよ」

「倅はまだまだ未熟者で、迷惑ばかりかけたと言っておりました。特にデザイア殿をそのような姿にしてしまい、まったく何とお詫びすれば良いのか言葉もありません」


 デザイアには妙に下手に出ているお父さん。しかしデザイアは「案ずるには及ばぬ。ワシとてよい刺激になったわ。失った力はまた取り戻せば良いのじゃから」などと笑っているのだから、さすが三千年生きると器が違う。


 でも結局あれって俺達は親子喧嘩に巻き込まれただけだったからな。そう思うととんでもない無駄骨に思えてくるぞ。ピアニーは結構かわいかったけど結局眺めるだけに終わってしまったし。でも今考えると実際の年齢っていくつぐらいだったんだろうな。いや、もはや考えるまい。


「それにしてもレアンドロンとやら。お主は一体誰によってあのような呪いをかけられたのじゃ?」

「見当はついております。そうだアレス、中庭に皆の衆を集めなさい」

「はい!」

「そこで全てを話そうと思います。いえ、話す前から自ずと真実は暴かれるでしょうがな」


 アレスは「銀の森」を駆け回って官僚たちから見張りの兵士に至るまで全員を集合させた。彼らと少数の彼女らは皆一様に本来の領主の回復を心から喜び、手を叩き歌うような軽快さで庭に集まった。ただ一人を除いて。


「アレス、これで全員集まったかな?」

「いえ、まだです。実はですね、フィールの行方が知れないのです。門番が言うには交渉のため馬車で出たそうですが秘書官に尋ねても外出の用事などないと」

「ふうむ、そうか。いや、そうであろうと思っていた。あの男は私に呪いをかけた勢力の一派だったのだからな」

「そ、そんな!?」


 フィールと言えばあの蛇のようにどんよりしてた側近っぽい男か。陰険な見た目だったので俺としてはやっぱりあいつ悪いやつだったんだなと納得するだけだったが、アレサンドロは身動ぎして後ろの壁にぶつかるぐらいショックを受けていた。


「フィールは先代の頃より仕えてきた忠臣中の忠臣。そのような陰謀に加担するなど!」


 どうにかふらつきが収まったアレサンドロだが、声はやっぱり震えていた。信じられない、信じたくないというアレサンドロの姿は見られたもんじゃなかった。


「無論フィールも最初からそのような人間ではなかった。覚えておるかアレス。去年、我らが交渉のためパレストリーナ王国へ赴いた事を」

「はい、覚えております。とても美しい街並みでした」

「しかしパレストリーナ王国と言えば闇魔法が盛んな土地柄としても知られるが、まさか?」

「その通りですデザイア殿。かの宮廷内に我らに害なす陰謀を働かせる一派がおり、フィールは彼らに利用されたのでしょう。事実、私が呪われたのもフィールの導きによるものでしたからな」


 つまりこのような事があったらしい。その日、いつも通りに政務をこなしていたレアンドロンにフィールが黒い瓶のワインを贈ったと言う。


「これは一体どういう事だねフィールよ」

「はい。これはドラガニアの南西部、ダネット湖に面した地方にある小都市にて醸造されたワインです。ちょうど熟成された頃ですので」

「ふうむ……」


 レアンドロンはワイン好きで、特にドラガニアのワイン事情には誰よりも詳しいと自負している。そんなレアンドロンも見たことのないワインであった。


 訝しがるレアンドロンを尻目にフィールがコルクを抜いてみると、いささか濃厚過ぎる香りが部屋中に漂ったと言う。そしてグラスに注ぐと、黒いのは瓶ではなくワイン本体の色なのだと判明した。


「黒いワインか。このようなものがあるとはな。悪いものでも入っていないと良いが」

「それは口にしてみれば分かるでしょう」

「いや、やめておく。そもそも政務中にワインを飲むのはまずかろう」


 ここでフィールは豹変した。「分かったから早く飲め!」とグラスをレアンドロンの口に押し付けた。抵抗も虚しく、強引に流し込まれたワインが体中に染み込むと同時に体の自由は奪われていった。


「フィール、お、お前は……」

「ふふふ、それが貴様の辞世の句かな?」

「な、なにを……」

「どうせもう永遠に喋ることも、自分の体を自分の意志で動かすことも出来なくなるのだ。せいぜいあがくがいいわ。この時のために俺は機会を窺っていたのだからな。貴様さえいなければ補佐であるこの俺がこのマーブルクの、ひいてはドラガニアの中心となる。そうなれば……様に……」


 呪いは一瞬にしてレアンドロンの肉体を冒し、なおも勝ち誇ったように何かを喋り続けるフィールの言葉と姿が霞んでいき、意識を失った。そしてたった今まで昏睡していたのだ。この際フィールは興奮しすぎたからか下手人の名前をうっかり口走ったようだが、意識が混濁していたので聞き取れなかったらしい。


「しかしこんな事もあろうかとあらかじめ遺言状をしたためておいて助かったわ。アレス、お前がいなければ今頃マーブルクはあの男の手に落ちていた」

「実は遺言状が公開された後もフィールは自分が政務を取り仕切るのだから領主の座も与えられるべきだと主張していました。最終的には遺言状の通りになりましたが、そういう事だったんですね」

「奴は優秀だったが人望がなかったからな。補佐は出来ても領主の器ではない。とにかく、死ぬはずだった私が目覚めた事で陰謀が露見するのは時間の問題だった」

「だから逃げたと。そしてその行き先は」

「パレストリーナ王国、かな?」


 無駄に口を挟んでみた。俺の言葉にレアンドロンは力強く首を縦に振った。まあ話の流れをまとめるとそれ以外ないよねってところだったし。実際パレストリーナ王国とやらがどこにあるのかも知らないんだけど。


「それで、どうするんです? フィールの事は」

「無論、追手を差し向けて捕縛する。先方が拒否するようなら多少の荒事も致し方あるまい」


 どうやら平穏無事とはいかなさそうだ。さっき争いを終えたばかりだというのに、きな臭い匂いが再び立ち込めてきた。

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