表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
稲妻勇士  作者: 沼田政信
26/79

13/13

 はっきりと覚えているが、あれは小学二年生の秋だった。家の裏の道路でサッカーの練習をしていた時にボールのコントロールをミスして電信柱を支える斜めの黄色いカバーにぶち当てた。


 その黄色いカバーの内側には蜂の巣があって、怒った蜂二匹が俺の体に毒針を突き刺した。確か一匹は首筋、もう一匹は左の肩から背中にかけての箇所だったと記憶している。


 近くで見ていた母は慌てて病院に電話を掛けて、俺は運び込まれた。首筋に何か薬を塗ったりして、傷跡にはシップが貼られた。先生は「一晩眠ったら治ってますよ」と優しく声をかけてくれたが俺は気が気じゃなかった。


 眠ったまま二度と目が覚めることはありませんでした、なんてバッドエンドを頭の中で幾度ともなく反芻しては必死で否定した。眠るのが恐ろしいなんて初めてだった。


 唐突にこんな事を思い出してしまったのはもしかすると走馬灯なのかも知れない。今、俺は魔王デザイアの繰り出した光球に閉じ込められてあの時蜂に刺されたのと同じぐらいの絶望的な痛みを全身に受けてのたうち回ることさえ出来ずにいる。声さえも出せないくせに、なぜか涙だけはボロボロとこぼれてきた。


 何と情けない。男が涙を流していいのは小学生までと相場は決まっているのに。ただこんな姿を人には見られていないのが不幸中の幸いだろうか。


 それにしても俺はなぜ涙を流しているのだろうか。痛いから? 蜂に刺された時も大泣きした。それはとても痛かったから。今もとても痛む。でも今の場合、痛いから泣いているんじゃない気がしてならなかった。


 ただこの世界でいつも何かに流されるまま何も成し遂げられずにせっかく拾った第二の人生を終えてしまう不甲斐なさに涙しているのかもしれないとぼんやり思った。


 それが全てじゃないかもしれない。でもただ痛いから涙しているわけじゃないのだけは真実だった。誰にも伝えられない真実。俺は本当はこの世界にいるはずじゃなかった存在だと、結局誰にも伝えられずにいるなんてのも酷い話だ。俺は嘘つきのまま死んでしまうのか。


 それに、俺はこの世界の勇者として生まれたはずなのに。勇者はもてるって、ニーナも言ってた。それなのに今のところあまり出会いらしい出会いもないまま光に焼かれている。これはいけない。


 ああ、やっぱりまだだ! 俺は死ねない! 人間としての本質、女も知らぬまま死んでたまるか!


 そう思い至った時、ただ涙が流れ落ちるだけだった瞳に輝きが戻ったように感じた。肉体を司る力が少しずつみなぎってくる。俺は前を見据えて睨みつけ、歯を食いしばり、そして叫んだ。


「負けてたまるかああああああああああ!!」


 その刹那、心臓の奥深くから爆発的なエナジーが湧き上がってきた。熱く、しかしどこか心地よい波長が全身を包んだかと思うと、もうどこからも痛みを感じることはなくなった。


「むうっ、この感覚は一体!?」


 体内を満たすエナジーは止まらない。戸惑いはある。しかし止めようとは思わずその反対でこの爆発的な何かにただ身を任せるだけだった。


 奇っ怪なエナジーはついには肉体というフィールドを抜け出して、俺を包んでいた光球を一瞬にして吹き飛ばした。遮る光が消えた向こうには、皺の合間に埋まっていた目を丸くして狼狽する魔王の姿があった。


「ば、馬鹿な! 我が最終奥義を破る人間が存在するとは……! ありえぬ、そんな事がありえてはならぬ……」

「なめるなよ魔王デザイア! 人間をなめるな! そして!」


 体内の爆発的なエナジーは俺に走る力を与えた。もはや何の打算もない。ただ一目散に魔王の方へと走り出した。魔王は慌てながらもビームを繰り出した。


 しかし見える! 今度ははっきりと見える! 光が収束して太く直線的なビームが俺に向かって伸びていくのが、まるでスローモーションのようだ。


「ええい、ここだっ!!」


 タイミングを見計らい、薙ぎ払うように三日月斧を振り回すと光の棒は真っ二つに割れて左右に逸れていった。


「ビームを切り裂いたじゃと!? まさかっ!!」

「俺はお前を倒さなければいけないんだ! アレスやルサカ、そしてピアニーのために!!」

「なっ……、ピアニー!?」


 その時一瞬、魔王の動きが止まった。もはや今しかない!


「はあああああああああ!!!!」


 俺は力の限りに三日月斧を魔王に向けて振り下ろした。確かな重みとともに三日月斧の刃は上から下へと流れていく。刃が硬い石の床に突き刺さる音が響くまで、力を込めきった。


 まさに会心の一撃! はっきりと肉体を切り刻んだ手応えがあった。今、この暗黒空間に響くのは魔王の地響きのような断末魔だけだ。


「ぐおおおおおおおおおお……!!」


 胸からは赤い返り血ではなく黄金色のオーラのようなものが飛び散っていた。これこそ魔王を魔王たらしめるエネルギー源なのだろう。オーラが放出されるに従って空気の抜けた人形のように姿形までが小さくなっていくのだから。


「ピアニー! そこにいるのかピアニー……!」


 断末魔の中、魔王はピアニーの名をしきりに叫んでいた。と言うかなんでこの魔王はピアニーの名前を知ってるんだ? その疑問は魔王の呼びかけに応じてか、いてもたってもいられずという感じで飛び出してきたピアニー本人が解決してくれた。


「ああお父様! しっかりして下さいお父様!!」

「ぐうう、ピアニーよ……」

「ごめんなさいお父様、全部私が悪いんです! 大地の精霊たちよ、お父様の傷口を塞いで!!」


 ピアニーがこう詠唱すると次第に飛び散る黄金のオーラは少なくなっていったが、完全に止まるまではもう少し時間がかかった。そして全てが終わった時、魔王デザイアはマントだけになっていてドサリと地面に崩れた。


 一応前提条件を確認しておくが今の戦いは確かに激しかった。俺の肉体に与えられたダメージもかなりのものだった。だから俺の耳かあるいは脳がおかしくなっている可能性は否定出来ない。


 しかしおかしくなってないと仮定した場合、ピアニーがデザイアに向かって「お父様」などと言ったように聞こえたのは一体何なのか。


 紛れもなく俺の目の前で巻き起こった光景に、俺の思考は全くついていけずにただいつもより少し多くまばたきをするだけが精一杯だった。


「ハッセ!! 勝ったのか!?」


 炎の渦を耐えぬいたアレサンドロがこっちに向かってきたが俺はどうにも返事出来なかった。「おい、どうしたんだハッセよ」と肩を叩いてくれたからどうにか顔だけをアレサンドロのほうに向けたが口をだらしなく開いて眼の焦点が合っていない間抜け面を晒すだけだった。


「大丈夫かいハッセ、何があったんだ?」

「ああ、ごめんアレス。俺にもよく分からない」


 世にも情けない声をどうにか絞り出した後、アゴでピアニーのほうを指した。


「一体どうなったというのですか、ピアニーさん」


 正気を失いかけている俺に変わってアレサンドロがこの場において一番真実を理解していそうなピアニーに問いかけた。するとピアニーは額を床に向けながら「本当にごめんなさい!」と叫んだ。


「全部嘘だったんです! ただ私のつまらない感情のためにあなた達をこんな戦いに巻き込んでしまって。今ようやく私は自分の間違いと罪の重さに気付いたんです!」


 つまりどういう事だ? ピアニー自身は何かに気付いたみたいだけどそれが何であるかはさっぱり不明なままだ。何か言いたいことはあるんだろうけど溢れ出る感情が先立って言葉として成立していない感じだ。


 アレサンドロも「まずは一度落ち着いて下さい。すべてを話すのはそれからでも遅くありません」などという上品な言い回しで俺と同じ感情を告げていた。しかし当分は無理そうだった。ピアニーは過呼吸になってて、何か言おうとしても言葉にならない様子だったから。


「それにしてもアレス、よくぞあの炎の渦を耐えぬいたな。どうやったんだ?」

「ふふっ、まあ、な。これもオリハルコンの鎧の力だよ」


 今回もそうだが道の雷対策でもオリハルコンは八面六臂の大活躍だった。本当にアーベンさんは命の恩人だ。


「まあとにかく、俺もアレスも無事だった。それが何よりの朗報だよ」

「ああ、だがニーナくんは……」

「あいつなら大丈夫だよ。そういう奴だから。きっと今にも追い付いてくるだろうよ。満面の笑みを浮かべてさ」

「信じてるんだな。僕が君を信じている以上に、君はニーナくんの事を」

「まあ、ね……」


 だって天使だから蘇生余裕だもん。でもまだ正体を明かす事もないからそこは言わないでおいた。それとルサカは心配していないらしく名前は出なかった。まあ大丈夫だろう、あいつは。


 そのうちピアニーの感情も落ち着いて、真実を吐き出す準備ができたみたいなので拝聴してみた。


「まずはここから話しましょう。デザイアは私の父なのです」

「うん、それは今さっき言ってたよね。それでピアニーさん、なんで君はお父さんと僕達を戦わせるように仕向けたのだ? しかも洗脳まがいの事をしてまで」


 ええっ、洗脳!? 以上に物騒な単語がアレサンドロの口から飛び出したので俺はびっくりした。俺達って洗脳されてたのか? いつの間に?


 アレサンドロが言うにはピアニーがあの、口付けを交わしたのはまさにアレサンドロの頭脳を支配しようとしたものである、らしい。それを聞いて俺は多少救われた気がした。出来てるわけじゃなかったんだなって。


 ちなみに俺は城の前で弱気な事を言ってた時、ピアニーが視線を向けた時にもう洗脳完了していたらしい。確かにあの時自分でも不思議なくらいやる気満々になったから、なるほどあれはそういう事だったのかと非常に納得した。


 同時にアレサンドロにも視線を向けたところ洗脳されてた様子がなかったので、あの口付けなどをしてより強力な洗脳を施したって事らしいけど。でもアレサンドロが言うにはそれでも効いてなくて、でも洗脳されたように振る舞ってみたとか。ややこしいな。


 ともかく、誰がどう見ても一番知りたい疑問である親子が争うに至った動機についてピアニーは「そ、それは……」と言葉を濁していた。まだ何か隠しているのか?


「まあ理由は何にしてもね、親子で戦うなんて悲しい事だよ。ずっといられる期間は長いようで案外短いものなんだから」

「それは、その通りなんだけど、でも、だから……」


 しばらくはそうやって口ごもっていたのだがしばらくすると顔を真赤にしたままながらも目を閉じて、意を決したかのようにこう叫んだ。


「だってお父様ったら、ピクルスを食べる時の音が凄くうるさいのよ。それが本当に嫌だったの!」


 世界は言葉を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ