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アレサンドロの父を救うために必要な素晴らしい力のある水を求めて魔王デザイアに挑んだ俺達。数多の苦難を乗り越えてついに魔王の居城へと辿り着いた。
そして姿を表した魔王デザイアはしわくちゃな老人のような姿をしていたがその魔力はまさしく本物で、俺とアレサンドロはいきなり炎に取り囲まれてしまった。
「くっ、炎の渦か。さすが魔王! これほどの高等魔法をあっさりと繰り出してくるとは」
「冷静に言ってる場合じゃないでしょ! どうしよう、どうすればいい?」
「とにかく脱出しないことには始まらない!」
それはそうだけど、どうやってだ。俺なんて手持ちは三日月斧しかないし、当然対抗できる魔法なんて持ち得ない。俺達の仲間の中で一番魔法に精通しているのはピアニーだ。ああ、やっぱりピアニー呼ぶべきだったのかなと思ったがいない人をあてにしても仕方がない。
「何か手はないの?」
「ないな。僕の魔法では話にならないし、でもとにかく脱出しないと」
やはりアレサンドロの魔法では太刀打ち出来ないのか。そのうちに炎が生み出した熱気が俺の肌にも伝わってくるほどになった。どうやら俺達を取り囲んでいる炎は次第にその直径を縮めているらしい。
まずい、これじゃ全身やけどで燃え尽きてしまう。その前にどうにかして脱出するしかない。しかしその方策を考えてる余裕も知識もない。
「ええい、じゃあ実力行使しかないのかよ!?」
俺は三日月斧をがむしゃらに振り回して気合を入れると、最大限の力を込めて炎に向かって斧を振り下ろした。
「はあああああああ!!」
刃が生み出した風の跡がほんの一瞬だけ炎を切り裂いたが、次の瞬間には完全に修復していてそれ以降は自らの傷を回復させるように更に強く燃え盛った。
「ああ、駄目だあっ!」
「いや、駄目じゃないぞハッセ! 今の要領だよ! まず君は炎を切り裂く。僕が炎に耐える。そして君は脱出するんだ!」
アレサンドロがいきなり何かを思いついたかのように叫んだ。でも何を思いついたのか俺にはまったく分からなかった。
「なっ、どういう事だいアレス!?」
「いいかい、つまりこうだ!」
そしてアレサンドロは簡潔にその作戦を俺に説明してくれた。大雑把に言うと、俺はもう一度さっきと同じように三日月斧を振り回して炎を一瞬切り裂いてくれればいいって事らしい。
「で、でも、さっきの見たろう? たかが一瞬切り裂いた程度じゃああんまり意味ないんじゃあ?」
「いいから早く!」
「お、おう」
わけわからんけど今はこれに従うしかない。ええいままよと、俺は三日月斧をもう一度力いっぱいに振り下ろした。そして炎が切り裂かれた瞬間、俺はアレサンドロに首根っこを掴まれてそのまま炎が切り裂かれた隙間へと投げられた。
「うあああああああっ!!」
肌の先端が炎に触れるが俺の勢いを止めることは出来ない。脳内に広がるドーパミンがダメージを耐えている隙に、どうにか熱さからは遠ざかった。どうやら炎の渦からの脱出に成功たって事らしい。俺だけは。
「アレスはっ!? 君も脱出しないと」
「僕はいい! このオリハルコンの鎧で耐えてみせる! その間に君はデザイアを倒すんだ! 頼む!」
「そ、そんな無茶な!?」
「いや、出来る! 真の勇者である君の力ならば! 君がいるからこそ僕はこの作戦を決行したんだ!! だから早く!!」
アレサンドロの叫びの合間に震える荒々しい呼吸が挟まっていた。いくらオリハルコンの鎧でも熱いものは熱いだろうに。単なる体操服な俺よりはよっぽど防御しっかりしてるだろうけど、それでもどれだけもつかは未知数だ。
やれるのか? 俺に。相手は魔王と呼ばれる男だ。今の炎の渦だってあまりにも強力過ぎてこんな無茶苦茶なやり方でようやく脱出出来ましたって程度なのに。
だが、男ならば、そしてアレサンドロの言うように俺は勇者なのだから、それならばもはややるしかない。俺はアレサンドロに聞こえるだけでなく世界中にこだまするぐらいの大声で「分かった!」と叫ぶと、魔王のいるほうへと鋭く睨みつけた視線を向けた。
「時間はないんだ。悪いけど一気に決めさせてもらうよ」
その返事も聞かぬうちに俺はすぐさま黒いマントに向かって突進していった。
「ええい、魔王デザイア覚悟!」
「無駄じゃ! 光の精霊よ! 収束して奴を貫け!」
光の収束? 俺が疑問に思う間もなく魔王の周囲に輝く黄金色のオーラが浮かんだかと思うと、それが伸ばした手のひらの前で収束し、一条のビームとなってこちらに向かってきた。
「うああああああっ!!!!」
直撃! 回避する暇はコンマ一秒もなかった。
インパクトの瞬間、俺は自分の身に何が起こったのかまったく理解出来なかった。何も聞こえない。ただスローモーションで魔王の姿が小さくなるのだけは見えた。
ようやく聴力が回復したのは背中からドンドンガラガラと壁が砕け散った時だった。
どうやら俺は壁まで吹き飛ばされたらしい。腹部を襲った刺すような熱気と背中にずしりと響く冷たい圧力。それは俺の肉体を襲った真実の痛みだった。
「ふふふ、どうじゃ? ワシの光魔法の威力は。炎の渦から脱出した相手を簡単に殺すのも惜しいので手加減したつもりじゃが」
これが光魔法なのか。ビーム砲みたいなものだったのか? しかも光の速さで向かってくるビームだ。かわせるはずがない。ガンダムみたいにビームライフル発射されてから回避行動取ってひょいひょいかわせたらどれほど良かっただろうか。しかしやはり俺のする事、いつもうまくいかないものだ。
喋ろうと思っても力が唇まで伝わらない。ただどうにか呼吸は出来ている。いささか弱々しく震えているものだが。
はっきりと肉体にダメージを受けたのは自分でも分かる。だが幸か不幸かチートパワーを得た肉体だ。一度は倒れ込んだものの致命傷にならないだけの体力は残っていた。
「俺は……、まだ、戦わなきゃ。期待してくれる人がいる。そのためにも……!」
その時浮かんだのは今この瞬間も炎の責め苦に耐えているであろうアレサンドロの顔だった。あいつは俺を信じている。あいつに信じられている俺が、こんなところで倒れてたまるものか。
俺は三日月斧を杖にして、よろよろとしながらも再び立ち上がった。
「ほう、ワシの光魔法を耐える人間がいるとは。何百年、いや、千年いなかったかの。見た目とは違ってかなり鍛えられとるようじゃな」
多少は驚いてくれてありがとう。でも俺に逆転の魔法なんてないぞ。俺にあるのはただこの三日月斧だけ。ならば、唯一にして最大の駒であるこいつを最大限の力で振り下ろす以外に手はない。
しかも相手は三千年生きてきたという魔王だ。半端な策はすぐに読まれるだけだろう。むしろ何の策もなくただ一太刀を浴びせるだけと目的をシンプルにしたほうが可能性は出てくるはずだ。ある程度のダメージは仕方ない。ただ一撃でも入れられれば。
後はタイミングだ。よろけながらも近づいていき、チャンスを伺った。肉体は既にズタボロだ。でも気力だけは負けるまいと、それだけしかなかった。
「じゃが、これで終わりよ。我が光魔法最大奥義を受けるが良い!」
最終奥義だと! ちょっと勘弁してくれという俺の思いなんて汲んでもらえるはずもなく、魔王は「光の精霊よ、光球となりて奴を包め!」と叫んだ。
間もなく俺の体は光に包まれた。しかもその光はまるで熱気を帯びているかのようだ。熱い。とても熱い。これはさっきの炎の渦以上に熱源が迫っていて、しかも光球の中を不規則にビームが飛び回っているかのように全身を痛覚が貫いてくる。
痛い。とても痛い。声すら上げられないほどに全身が焼き尽くされ、打ちのめされているみたいだ。
ああ、これはまずい。
もう駄目かも知れない。
俺は偽りのない心の奥底に確かな諦めを感じ取った。




