表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
稲妻勇士  作者: 沼田政信
23/79

10/12

 森は不気味な沈黙と霧に覆われていた。このどんよりと湿り気のある静寂を破るのは俺達の足音と何かの鳥だと思われる、キーキーというか細い鳴き声だけだった。


 思えば俺がこの世界に降り立ったのもこういう気味の悪い森の中だった。つくづく森に縁があるものだと一瞬思ったが、むしろ逆で前の世界だと森や自然に縁がなさすぎたのかも知れないと考え直した。


 道路沿いに植えられたイチョウ並木とか校庭の周囲を取り囲むソメイヨシノとか、そういう人間の意図を反映した自然ならいくらでも知っている。しかしこの森は太古の昔から人間を寄せ付けずに生まれ育った。


 だから人間に都合よく道が開かれていたり、明るさがあったりはしない。あるのはうっすらとした獣道と、無限に育った葉の隙間から静かに漏れる細い光ばかりだ。


 そんな野生の王国に俺達人間が足を踏み入れる。部外者を快く思うモンスターはいないだろう。しかしすぐに出てくる事はない。奴らは俺達を見張っている。そして懐深くまで誘っているのだ。抜け出せなくなるまで密やかに、息を潜めて俺達が罠にはまるのを待っている。それが不気味だ。


「さすが魔窟。薄暗くて嫌な雰囲気だな。いつ魔物が現れても不思議じゃない」

「確かに。いつ来てもいいように構えておかないといけないのはきついな」

「大丈夫だ。まだ奴らの臭いはない」


 俺は言うまでもないとしてアレサンドロもその額に大粒の汗を溜めている。確かに蒸し暑く感じられるのだがそれだけではあるまい。マーブルク育ちのアレサンドロにとっても、この静かな敵意に満ちた森を歩くのはプレッシャーがかかるものなのだろう。


 逆にこの場で一番冷静だったのはルサカだった。ぼそっとした小さく低い声で特に感情を交えない物言い。それだけに普段は無口なこいつが言うのだから間違いないだろうと納得出来る説得力があった。


 しかし多少安心したところで不穏な空気が失せるわけではない。案の定、しばらく進んだところでルサカが「待て」と手をかざした。


「どうしたんだルサカよ?」

「囲まれてる」

「何! 魔物にか!?」

「ああ」


 俺とアレサンドロは周囲を見回したが何も見えないし、足音も聞こえなかった。


「……何も見えないが」

「ルサカよ、本当に囲まれてるのか?」

「間違いない。獣の臭いだ。後ろにもいるし横にも。どこかに誘い込む気か」


 ルサカは俺達には感じられない何かをおそらくかなり的確にキャッチしているようだった。街でいる時はちょっと行儀が悪いなと思っていた前傾姿勢の歩行スタイルもこういう場所だと妙に頼もしく思える。


 その軽く身を屈めたスタイルのまますいすいと歩くルサカに俺達はついていくしかなかった。


「そうか。もう少し行けば空間が広がっている。どうやらそこに誘い込まれたみたいだ」

「それじゃあどうする? 突っ切る?」

「無理だ。数が多すぎる」


 こういう場面に一番慣れてそうなルサカにこう断言されてしまってはひとたまりもない。


「じゃあ、戦うしかないって事か」


 あえて声に出したのは誰よりも自分に言い聞かせるためだった。


 ああ、ついにこの時が来てしまった。しかし恐れてはいけない。アレサンドロも腰に括りつけられた鞘から剣を抜いて臨戦態勢に入っている。柄に嵌め込まれた瑠璃色の宝石がキラリと輝いたのは彼の勇気の証明にも思えた。


 最大の恐怖、緊張感! だがやるしかない。覚悟を決めて、俺達は前へ進んだ。


「ギャウッ! ギャウッ!」

「ゴワオ! ゴワオ!」


 得体の知れない鳴き声が四方八方から響き渡る。「ええい、さあ来い化け物ども! お前たちなんて、お前たちなんてちっとも怖くないんだから!」と震える声で叫んだところ、それに呼応したわけではないんだろうがぞろぞろとモンスターたちが現れた。


「で、出たあっ!」

「そりゃあ出るだろ!」


 年下なのにルサカは冷静だ。でも俺はあんなものを見ても平然といられるほどの肝っ玉を持ち合わせてはいなかった。地球上には存在し得ない異形のモンスターたち。


 例えば正面にはモスグリーンの体毛をくゆらせながらこれみよがしに牙を見せつける虎のような野獣が今にも俺達に飛びかからんとしている。その隣には赤茶けた色の皮膚がひび割れたリザードマンが長い舌をチロチロ出して俺達を睨む。


 そのグロテスクな威容に思わず目をそらしてみても、今度はコウモリのような翼が生えた水色の猿がキーキーと声を上げて威嚇しているのが目に入る。空には黒く鋭いくちばしを持った鳥がグルグルと飛び回っている。


 武器を構えようにも腕が震えて三日月斧の柄をうまく握れない。なんと情けない。俺はチートパワーをもらったんだ、こいつらなんて恐るるに足りず。頭の中で何度も叫んだ。それでも恐怖心は俺の肉体をすっかりと支配して滑らかな動きを自ら封じていた。


 一方でアレサンドロはしっかりと構えているし、ピアニーは魔法使いなので構えこそしていなかったが目つきは完全にやる気満々だ。そしてルサカはどうかと見たところ、これまた獣のように鋭い目つきでモンスターたちを睨みつけていたかと思うと何やら叫び始めた。


「グオウッ! ガウッ! グオオオオオ!!」

「ギャウッ! ギャウウウッ!!」

「グウウウッ! ギャウッ! グオオ!!」


 ルサカの喉から発されるのは声というよりも音だった。いや、これはまさに獣の叫びだ。それでモンスターと、まるで会話でもしているかのように唸り声を双方で上げ続けていた。


 一体何がどうなってるんだと俺の隣で浮遊しているニーナの魂に聞いたところ「ルサカは獣の言葉が分かるんです」という答えが帰ってきた。


「じゃああれは何って言ってるんだ?」

「それは僕も分かりません。あれはかなりの特殊技能ですから。それと僕はそろそろ肉体を取り戻さなきゃいけないのでしばらく離脱します。それじゃ、頑張って!」


 頼りのニーナもいまいち要領を得ない回答しか出来ていなかった。これはどうすればいいんだとアレサンドロのほうに顔を向けたところ「僕にもさっぱりだ」とばかりに首を振った。やっぱりアレサンドロにも分からないのか。


 そう思っているとルサカがいきなり人間に分かる言葉で「今のうちに正面を突破するんだ!」と叫んだ。


「ええっ、どういう事だいルサカくん! 君は何を叫んで」

「あいつらをちょっと脅した。それで奴らは怯んでる。今なら突破出来る」

「そうか、なら迷う暇はないな! 行くぞ!」


 アレサンドロは一目散に中央突破を始めた。ちょっ、ちょっと待ってと思ったらピアニーも走りだしたのでじゃあ俺もとばかりに全力で突撃した。


「はああああああ!!」


 アレサンドロは剣で目の前にいたリザードマンを一刀両断に切り捨てると、そのまま走り去っていった。強いぞアレサンドロ!


「炎の精霊よ! 私の敵を焼き払え!」


 ピアニーは走りながら詠唱した。瞬く間に赤く燃え上がった炎が獣を包んだかと思うと断末魔が聞こえ、続いてバタリと地面に倒れ伏す音が響いた。ピアニー、やりすぎじゃないか?


 そして俺は、と思ったが特にやる事なかった。アレサンドロとピアニーが俺の分の仕事もこなしたからね。仕方ないね。そしてルサカは、こちらへ走っては来なかった。


「おいルサカも早く来いよ!」

「俺はこいつらを抑える! ハッセ、お前たちだけでも早く進め! 後で追いつく!」


 一人だけじゃ無理だ、とは思ったが今はあいつを信じるしかない。俺は返事の代わりに全速力でその場から走り去った。モンスターから離れても全力で走って、ようやく森の出口が見えてきた。


「この森を抜けたところに魔王デザイアの城があります!」


 背中越しにピアニーの声が響いた。いつの間にか抜いていたらしい。こう見えても前世では陸上部に所属していたから走りには多少自信を持っている。とは言え土地勘のない俺が先頭に立っても一利なしだからな。もうちょっと冷静になるべきだ。


 ともあれ、ずっと走っていると次第に木々がまばらになってきた。森は無事に抜けることが出来たようだ。本当に良かった。ルサカは気になるが、今は大丈夫だと信じるしかない。


「さて、ようやくここまで辿り着いたな」


 アレサンドロは目の前にある建造物を睨みつけていた。今の俺に出来る事、それはこの黒い石造りの壁の中にいるであろう魔王を一刻も早く倒す事だけなのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ