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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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 グロス山は三千メートル級の山々が連なるスバラルト山脈においてもかなり高い方に属する山で、その標高は四千メートル近くにも達するという。


 その白く染まった先端はナイフのように切り立っており、本気でアタックしようと思ったら重厚な装備とシェルパも必要になってくるだろう。


「しっかし、凄いもんだなグロス山。まさに威容、まさにでんと待ち構えているって感じだな」

「ああ。ここから先は命を捨てたい奴しか進まないという、まさに魔窟だ」


 ただ眺めているだけで思わず身震いしてしまう。そんな危ない山という前評判の割に途中まではボロボロでほとんど未整備ながらも石造りの道が通っていたのだから人間の活動って凄いものだ。


「古代は魔物が封印されていたのでむしろ今より平和だったんです。その時代の人間がこのように整備していたのですが魔物の活動が活発になるにつれて人は去り、しかしこうしてかつて人が暮らしていた痕跡は確かに残っているんです」


 ニーナがこのように説明してくれた。こういうのってむしろ昔のほうがモンスターの動きが活発で、近年人間が力をつけてきたからモンスターの領土に攻めていくみたいな流れかと思っていたが、どうもそうじゃないらしい。


 ともかく、現在はグロス山の標高二千メートル近く、馬車で進める限界地点で俺はその先を見据えて佇んでいる。しかもその手には三日月斧を構えながら。そう。これからは本当に戦いの本番となってくる。


 だからアレサンドロもアーベンさんに作ってもらったオリハルコンの鎧でガッチリと身を固めている。見た目は金属の棘の集合体でとても重そうなのだがこれが意外と軽いのだ、オリハルコンってやつは。


 俺の三日月斧の刃の部分もオリハルコンだが、体感的には棒の重さだけしか感じないぐらいだ。買った時は本当にずっしりとしていたのにこの軽量。これも魔法なのか。


 魔法といえばピアニーは何も装備していないのだが、彼女の魔法は本当に凄かった。これは出発前の話だが「その前にやはり試しておかないと」とアレサンドロがピアニーにどれだけ魔法が使えるのかを尋ねた。


「魔法が使えるとは聞きましたがどれほど習熟しているのか確かめさせてください。危険な旅路です。命は大事にしなければなりませんから」


 場合によってはここで降ろすという前提の言葉だ。そんなに女を信頼出来ないのか。それに対してピアニーは表情を変えずに「分かりました。では少しだけ」と言いながら立ち上がった。


「一度外に出ましょう。ここでは危険なので」


 そして俺たち一行はゼルタの城門を抜けて誰もいない荒野へと向かった。「ここならいいでしょう」とピアニーは立ち止まり、両手を合わせながら目を閉じた。


 ちょっと仏教徒っぽい仕草だけど、こうやって体内の魔力をチャージしているようだ。そして再び見開かれた瞳には、陽炎のように揺らめくエネルギッシュなオーラに満ち溢れていた。


「火の精霊よ、あの岩を燃やし尽くせ!」


 ピアニーは無造作に転がっていた、二メートルぐらいの幅を持つ大きな岩を指さして鋭く叫んだ。次の瞬間、ピアニーの言葉通りに岩がぼうぼうと真っ赤な炎を上げながら燃え始めた。


 岩ってこんな燃えるものだったのかとびっくりしたが、隣にいたアレサンドロも「むう、これはかなりの……」と唸っていた。魔法に関しては少なくとも俺よりはるかに詳しい現地人アレサンドロでもこの反応なんだから多分相当凄い事をしたんだろう。


「水の精霊よ、あの炎を消し去れ!」


 今度は燃える岩に向かってこのように指示したが、たちどころに炎は消えてプスプスと煙だけが立ち上っていた。俺がその岩に近づいたところまったく熱気を感じず、岩はしっとりと湿っていた。


「本当に燃えたり濡れたりしてるんだな。まさかイリュージョンじゃないよね?」

「少し下がっていて下さい。次は風の精霊を呼びます。風の精霊よ、あの岩を動かせ!」


 そう言うといきなり強い風が吹き荒れたので踏ん張らないと飛ばされそうになった。しかし足を持たない岩は耐え切れずにゴロンゴロンと転がっていった。


「そして土の精霊よ、隆起させて岩の動きを止めよ!」


 隆起ってそんな無茶な! と思いきや本当に地面が猛烈に盛り上がって土の壁が出現した。岩はその壁にぶつかって回転を止めた。


「極めて基礎的な魔法ばかりでしたがどうでしょうか」


 ピアニーは平然とこのように述べていた。明らかにとんでもないパワーなのにこれが基礎なのか。さて、アレサンドロはと言うとしばらく言葉を失っていた。しかしその目つきを見るにもはや疑いの余地が入り込む隙間などなくなっていた。


「……率直に言うと、予想以上の魔力でした。確かにあなたは素晴らしい力を持っています。しかしそれほどの技量があれば自分で魔王デザイアと戦う事も出来るのでは?」

「いえ、魔王デザイアは三千年の命を誇り、その間常に魔力を高めてきたのです。それに対抗するには、私はまだ若すぎます。悔しいですが……」


 ええ、マジかよ。ピアニーの魔法も無茶苦茶に見えたのに魔王はそれ以上なのか。大体俺って勇者のくせに魔法とか全然使えないよな。言ってみれば単なる腕力自慢で、本当に勝てるんだろうか。


 今更とても不安になってきた。それはアレサンドロも同じだったはずだ。しかしアレサンドロは逃げようとしなかった。


「たとえ魔王に敵わぬとしても、僕はグロス山に赴く理由があります。そのためには一人でも多くの頼もしい仲間が必要だ。ピアニーさん、あなたの命を僕に預けて下さい」

「ええ、あの魔王を倒すためなら喜んで差し出します。一緒に行きましょう、たとえ魔窟でさえも」


 とりあえずピアニーは正式に俺達の仲間として認められたようだ。ついでにこっちも試したい事があったので今のうちに試してみた。


「ダルビーッシュ! ダルビッシュ、来い!!」


 もっと綺麗な発声で行きたかったが力が入りすぎたようでかなりざらついた声での叫びとなってしまった。


 それはともかく次の瞬間、俺の目の前に三日月斧が出現したので柄を掴むと「ええい!!」と岩に向けて三日月斧を振り下ろした。刃はまるでケーキを切るナイフのような感覚でするりと岩を切り刻んでいく。まさに一刀両断。真っ二つに裂けた残骸だけがそこに残った。


「おおっ……」


 見事に割れた岩を見て、ピアニーも言葉にならない感嘆符が頭にいっぱい突き刺さったみたいな声を上げていた。


「ええと、あなたはハッセさんでしたか?」

「はい! 俺もやれることはやってみますので、一緒にあの魔王を征伐しましょう!」

「そうですね。お願いします」


 話しかけるのはちょっと苦手だけど話しかけられたらちゃんと反応ぐらいはするぞ。でもやっぱり緊張したから返事なんか我ながらとてもいい声だったと思う。


 それはともかく、手に持っていなかった三日月斧が手元に出現するという今俺が見せたマジックは昨日の夜ニーナから授けられたものだ。


 ニーナはいくつか妙な魔法を使えるようで、確か昨日は「物質転送魔法」とか言ってた。以下は昨日のベッドで繰り広げられた会話だ。


「これはですね、あらかじめ契約を交わした物質をいつでも手元に送り込めるというとても便利な魔法なんです」

「ふうん、それでどうやるんだ?」

「必要なのは血と合言葉です。まず僕が呪文を唱えるので、僕が言い終えると契約者の血を物質に擦り込みます。そして何か合言葉を決めるんです。それが終われば僕が終わりの呪文を唱えます。以降はその合言葉を口にすれば物質は目の前に転送されます。ねっ、簡単でしょ?」

「合言葉、ねえ」


 ここで俺はしばらく考えた。それを口にすれば無条件に召喚されるわけだからあんまり日常的な言葉だと甚だ不便になる。だから出来れば元の世界の固有名詞がいいだろうと考えた。それでいてこの武器にふさわしいのは、と考えると一つ思いついた。


 この三日月斧の元いた世界における呼び方だ。正式には忘れたが確かこんな名前だったな、という事で合言葉はダルビッシュ。


 三日月斧の刃で自分の指の腹をちょっと切った。やっぱり痛い、でも泣かないぞ。ここでニーナがこの世の言葉とは思えない、理解不能な呪文を唱え始めた。喉の奥から絞り出したような声で正直怖いぞ。


 それが終わると「さあ、血を塗って下さい」と促されるまま刃と柄に血を塗りたくった。そして本当なら叫びたかったが夜なので小さく囁いた。


「ダルビッシュ」


 ここでまたニーナが例のきもい声で謎の呪文を唱えた。一分ぐらい後に、やっとあの声が止まった途端に三日月斧が青白く輝き、その光が収まった時には表面にべっとりなすりつけられていた血の汚れがすっかり消えていた。


「これで完了です」


 終わってみると確かに簡単で、本当にあっさりとしていた。だから本当に上手く行ってるのかと今実際に試してみたのだが、何の問題もなく転送されていたので安心した。とにかく、魔法を使える人が二人もいるんだから俺としても心は軽かった。


 さて、過去回想が二重に続いたが本筋に戻ろう。えっと、舗道はもう行き止まりってところだったかな。一応石の舗道自体はもう少し続くのだが、このあたりからやたらと大きな穴がいくつも空いており馬車では進めなくなっているのだ。これも魔王の力なのだろうか。


「最後にもう一度だけ確認する。これからは命を捨てる覚悟がなければならない。僕は父のために命を賭ける理由はある。しかしあまりにも危険な旅路、無理強いは出来ない。今ならまだ戻る事だって可能だし、止めはしない。それでもいいというのなら、一歩前に進んでくれ」


 戦場跡のように荒れ果てた道を目の前に、アレサンドロは俺達にこう語りかけた。ただでさえきりりとした目つきがいつも以上に鋭く、そして透き通った視線が俺を強く捉えていた。もっとも、いまさらこんな事を言われようが言われまいが俺の心はとっくに決まっていたのだが。


「まったくもう、今更水臭い事を言うなよアレス。俺は俺を信じた君をずっと信じてここまで来たんだから、とっくに覚悟は出来ているさ」

「ハッセ……」


 口ではこんな事を言いつつ、昨日の夜は「やっぱまずかったんじゃないかな。これで死んだりしたら怖いなあ」と悩んではいた。いたが最終的にここに来るのを選んだのは俺の意志だから、もう後戻りは出来ない。


 ましてや俺は勇者としてこの世界に送り出された男なんだからなおさらだ。勇者として生まれたからには勇ましく生きねば甲斐がないってもんだ。


 かくして、俺は決然と一歩を踏みしめた。


 俺の思いを補強するようにニーナが、ルサカが、そしてピアニーも揺らぎない意志を行動という形でアレサンドロに伝えた。


「僕もあなたと同じ気持ちでいます」

「俺も、俺に出来る事をしたい」

「私もです。魔王デザイアを倒すためならばすべての力を使い尽くしても構いません!」

「分かった。では進もう。危険の住む世界へ。そして何としても勝ち取ろう」

「おう!」


 こうして俺達五人は穴だらけの荒んだ道を進んでいった。

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